第29話

 シェイリは笑いながら立ち上がる。アイの行動に対して、ツルギのように怒るのは理解できる。悲しんだり、動揺したり……そういった類いの感情が湧くのはわかるのだが、ここで笑うのは理解できない。時折、極度のストレスで気が狂って笑う人もいるが、シェイリは冷静だった。おそらく率直に楽しいのだろう。


 「Cタイプは救助タイプの中でもケアの部分に特化しているはずよね!! なのに、救助用のレーザーカッターを人に向ける!? どんなプログラムで書き換えられてるのかな!?」


 「おい……」


 ツルギも引いたように呟いた。拳銃を右手にぶら下げるようにして持ち、シェイリの肩を掴んだが彼女はお構いなしにアイと手元のタブレットのような機械を交互に見ている。


 「攻撃特化にされたわけではないね。そうだとしたら今の行動には矛盾がある。なら、あれ……失礼、あの子を守ることに使命でもある……の、かな」


 「シェイリ!! 頼むからいい加減にしてくれ!!」


 ツルギが叫ぶと、シェイリは「ごめんごめん」とツルギの肩を二回叩いて、アイの方を向く。


 「ロボットちゃん、仲直りしましょう。お互いのこと知らないのに余計なことをしたみたいね、あたしたち」


 シェイリはツルギの横に並んで、アイと目線を合わせようと少し屈んだ。

 もう一度、人間の言葉を借りるとしたら彼女の腹の中が読めない。思考が読み取れない。例えば、ツルギはわかりやすい。彼は得体の知れないアイというロボットへの好奇心と恐怖を持っている。だから、一歩下がって遠目から見ようとしているし、攻撃されたから防御としてこちらに敵意を向けた。だけど、彼女は殺しにかかったロボットに好奇心だけを向けている。それは、アイの持つ記録にはないタイプの人間。謂わば、異常な思考だ。


 「……」


 じっと、シェイリを見つめた。肩で息をしているのは興奮なのか緊張なのか、不明だ。


 「不安なら今持ってる武器、全部捨てようか?」


 シェイリは拳銃を砂の地面に捨て手をひらひらと上げて、ツルギの方を見た。ツルギは首を振って拒否をした。


 「怖えよ。得体も知れないのに、武器を捨てるなんて、お前よくそんなこと」


 「イイ、捨テナクテ、構ワナイ」


 アイもシェイリの真似をして両掌を顔の前に挙げて見せた。ツルギは数歩退がるが、シェイリの方は肩を震わせて、くすくすと笑った。


 「物わかりが良い子。良かったね、ツルギ」


 そう言われたツルギはマスク越しに頭を押さえた。小さくため息が漏れる。


 「ツルギ……シェイリ……」


 「そう。あたしはシェイリ。こいつがツルギ。今ここにいる目的は食糧調達と、あとは日用品の部品回収。ついでにハッキングはただの趣味だから君と、あいつの情報を取らせてもらった」


 アイに名前を呼ばれてシェイリは明るく声をあげた。

 趣味がハッキングだなんて、変わっている人というだけで片付けて良いのだろうか。アイは手を下ろした。


 「まあでも大した情報は得られなかったね。君のタイプと、製造年と位置情報くらいしか出てこなかった。相当厳重に対策してるんだね」


 「五〇年も前なのに対策は最新なんだな……」


 ツルギがボソリと呟くがシェイリは気に留める様子もないようだ。

 この様子だとツルギからは猜疑心は持たれているだろうが、少なくとも二人から強い攻撃性は認められない。ならば、アイのことを多少なら話しても問題ないだろうか。恐らく、シェイリなら喜んで聞くだろう。


 「名前……アイ……。目的……助ケタイ」


 「あの子のことか?」


 コクリと頷いて返す。


 「デキル?」


 「……オレらのこと殺しにかかってきておいてだけど、まあ、人を助けるのに──」


 「条件がある」


 シェイリがツルギの言葉を遮った。そんな彼女にツルギは驚いたような呆れたような、そんな風に息を吐いた。

 ツルギは良さそうだ。慎重で常識人。正義感や慈愛の精神が強いタイプに見える。問題はシェイリの方。彼女が変わっていることはわかるが、どういうタイプなのか見えてこない。条件がアイをバラバラに分解して日用品にしたいとも言いかねない。


 「調べたいの。君と、あの子のこと」


 シェイリはアイが聞くよりも先に答えた。


 「ナゼ……」


 「好奇心!! それ以外に何があるの」


 少し大袈裟なくらい、シェイリは両手を広げて上擦った声で笑い、アイに近づく。


 「君たちは何か訳ありなんだろうけど……別にその訳には興味ない。あたしが知りたいのはアイ、君のプログラムと、あの子の生態。それだけ」


 シェイリはアイの凹んだ頭部を手袋をした硬い指先でなぞる。


 「……」


 「それに、助けを求めてきたってことは、君は一人じゃどうにもできないことわかってるんでしょう」


 最善を理解した。

 シェイリはアイの頭をするすると触れている。その手を払い除けるよう、アイは顔を挙げた。


 「助ケテ。トキコヲ助ケテアゲテ……」


 「生きてんなら最初からオレはそのつもりだ」


 ツルギはその言葉を待っていたと言わんばかりに、弾かれたように動き出す。崖から脚を下ろして、慎重に素早く滑り落ちる。アイも急いで、崖から降りようと地面に手をついた。その時にシェイリのくぐもった笑い声が響く。


 「君はポンコツちゃんだね。最善が考えられなくて、前言撤回なんてロボットあるまじきだよ。時代が時代ならスクラップ行きだね」


 「否定シナイ……」


 アイは崖下二メートルへ向かって飛び降りる。ツルギは防護服を砂塗れにして、トキコのそばへと駆け寄る。アイはツルギを通り越して、トキコの真横に膝をつく。状態は先程と変わりない。声をかけると薄く目を開けるが、相変わらずぼんやりとしていた。

 ひとまずは崖の上に引き上げて、そこから手当てをしなくては。


 「調べ甲斐がありそう。君もあの子も」


 シェイリの小さな独り言は、アイだけ響いた。

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