第28話

 壊れていない。背後で苦しそうな呼吸が衝撃に唸る。相変わらず高い体温。少し脈拍は落ちてきている。

 硬い地面に手をついて四つん這いになって体を起こすと、背中のトキコがごろりと転がった。トキコは薄く目を開けて、朦朧としているのか、途切れ途切れに口を開き、サクの名前を呼び、うわ言を吐く。


 待ってて、とアイは崖を二メートルすいすいと登る。崖の対岸のすぐ下にまさか足場になる場所があるなんて。それよりも、そんなことに気づかないなんて。

 人間が合理性に欠ける行動を取ったり、簡単なことに気がつけないのは、ロボットで言う計算が追いつかなかったり能力が不足しているのと同じなのだろうか。


 アイは崖からぴょこりと顔だけを出す。崩れたビルの街を背景にした、前方数メートルに小型のガーディアンタイプが十メートル先にいる。半球の頭にレンズと砲台が付いたロボットで、子供サイズしかないアイの数倍大きい。昔は自走式で動き回り、敵とみなしたものを斬り払っていたのだろう。

 こいつがいるとトキコが危ない。アイの邪魔になる。


 遠距離射撃タイプの場合、近距離は射程外になる。アイはすでにロボットの射程外にいる。早いところロボットを、砲台だけでも破壊しなくては。

 アイは崖によじ登り、ロボットに向かって走り、カッターを装備する。切り刻む。こんな危険なロボットは二度と動けないように、二度とトキコに手を出せないように、壊してやる。


 先ほどよりも高音の警報音が忙しなく鳴る。攻撃の合図だが、どんなに攻撃しようとしてもアイには絶対に当たらない。

 アイが勢いをつけて飛び、砲台の稼働部位に狙いを定めたその時、ロボットは突然閃光を放って、爆音を掻き立てた。


 爆風で空中に吹っ飛ばされて、アイはロボットが自爆したことを理解した。体は地面に叩きつけられ、橋までゴロゴロと転がり、柵に背部をぶつけた。自分の方が凹んだ感覚がした。飛ばされた角度が悪ければアイは一人で崖下に落下していた可能性が高い。幸運だった。


 「ほら、言った通り。自爆した」


 「じゃあ、こいつは元はガーディアンじゃなくてスーサイドアタッカーってところか。勿体ねえの」


 「最終手段だよ。攻撃が最大の防御とはよく言うよね。死んだら防御とか言ってらんないのにさ」


 男女の声がする。アイは、起き上がりながらトキコを見下ろした。寝返りを打った程度に体勢が変わっている。体温を確認できるし、大きなロボットの残骸が飛んできたわけでもなく、目立つ出血もない。ひとまずは無事……と言っても良いだろうか。

 立ち上がって、アイはロボットがいた場所を見る。ロボットは散開しており、二人の人間がロボットの残骸を拾っていた。会話がよく聞こえる。


 「それにしても、橋の向こう側を攻撃してたな。野生動物でもいたのか?」


 「ならちょうどいいじゃない? 久々にがっつりお肉が食べられる」


 「無理だろ。橋はもうねえし、一緒に落ちて死んでるだろ」


 「やっぱ? まあ、残念だけど、そのお陰でこちらは安全にハッキングをかけられたんだし……あともう一体はどこかな」


 女の方がそう笑うように言う。男女二人ともカーキーの防護服を着て、ガスマスクを着けているため、顔が見えない。

 声色から二人ともまだ若い。何者だろうか。防護服は規定のものではなさそうで、女の方にはキャラクターのワッペンがいくつも縫い付けられている。ガスマスクも彼らが手にする機械類も、手作りか、修復したのか、粗さが目立つ。そんなもので外に出てきて生きてられるのが疑問でならない。

 トキコを発見されてしまったら危険だろうか。


 「あ、いた」


 明るい声色がアイに向けられた。女の声に男もこちらを見た。女の方がパタパタと走って橋の前まで来た。


 「おい、シェイリ!! 気を付けろよ!?」


 「だいじょーぶだって。この子、たぶんCタイプだから、攻撃性は低いよ」


 そうでしょと彼女は笑う。アイはシェイリと呼ばれた女性をじっと見た。十代から三十代だろうか。おそらく敵意というものは無いと判断できそうだ。だけど、こちらの動き次第では危険の可能性もある。


 「珍しい。Cタイプの子供モデルなんて今や都市伝説レベルだよね。面白い、持って帰りたいな」


 「お前、またそういうこと言う。いい加減にしておけよ。オレたちの今日の目的はそんなんじゃねえだろ」


 「ね、君はどこから来たの?」


 シェイリは彼の話を無視してアイに話しかける。


 「凹みや損傷が激しいね。ずっと一人だったの?」


 どうする。相手にしたくないのだけど、変に逃げたり攻撃したりすれば、向こうも攻撃してくるだろう。シェイリの腰には拳銃が二丁と、男も長銃とナイフを持っている。更に……少し離れた先にバイクが置いてあり、そこには鋸や手榴弾もある。敵意はないが彼らはいつでも戦える状態にある。

 アイは無言のまま、シェイリを見つめた。


 「んー……発声機能がないのかな。いや、でも人型でそんなこと……あるなぁ……」


 「なあ、シェイリ。あれ……」


 シェイリを無視してツルギが崖下を見ている。目線の先にはトキコが横たわっている。防護服なんて着てない。普通の人間なら死んでしまうのに、あり得ない状況だ。


 「死体? 死体にしたら綺麗すぎない……?」


 「死体じゃねえ!? 生きてるぞ……!?」


 ツルギは崖から今にも降りて行きそうだった。正体もわからないのに彼らをトキコに近づけるのは危険だ。危険は殺してでも排除しないと。

 アイはカッターを携えて、シェイリを通り越し、しゃがみ込むツルギに飛びかかろうとした。


 「近ヅク……ナッ……!!」


 「ツルギ!! 危ない!!」


 シェイリが叫んでアイとツルギの間に割り入った。硬く分厚い布を切った感触がした。シェイリがよろけて転びかけたのをツルギが素早く受け止めた。


 「シェイリ!?」


 「び、びっくり……した……」


 「大丈夫か!? お前、服が……!!」


 ツルギはシェイリを自分の前に座らせて、彼女の肩に掴みかかり息を切らせる。シェイリの防護服は左脇腹のあたりにスッパリと切れ込みが入っている。シェイリはその切れ込みにそっと触れて確認していた。


 「大丈夫!! 防護服は三重構造でしょ。切れたのは一枚目だけみたい」


 シェイリはなんでもないように明るく言う。ツルギは力が抜けて、肩から手を離した。そうかと思えばツルギはシェイリの腰から拳銃を抜いて立ち上がり、アイに向けた。


 「てめえ、どういうつもりだ!!」


 今、ツルギが震えながら怒っているのは確実にアイのせいではあるが、それも仕方ない。トキコを守るためだ。このくらい想定内だ。

 だけど、もしかしたら……彼らに頼った方が良かったのだろうか。この先、人に会うことがあるかさえ不明だ。出会えた人がまた善人か、トキコを治すために繋げる力量があるかどうかもわからない。確かに彼らがどんな人物かわからないが、いきなり斬りかかるのはまずかったのかもしれない……。こうなると和解には時間がかかる。緊急を要している以上、アイにできるのはもう殺すか逃げるかの二択だ。そうなった場合、トキコはどうする? 


 その時、くぐもった笑い声が高らかに聞こえた。マスクの下でシェイリが笑っている。


 「あっは……っ!! 今のレーザーカッターでしょ? 使ってるロボットなんて初めて見た!!」


 何が面白いのか、ロボットだから理解不能なのかと考えたが、ツルギもシェイリを見て言葉を失っているようだった。

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