第17話

 休憩を終えてしばらく歩く。青空は灰色の雲に半分くらい隠されてしまい、高くあったお日様も傾き始め、影はだんだんと伸びていく。もうあと数時間で、また空は赤くなるのだろうか。もしかして、海から離れてしまうと空は赤くならなかったりするのだろうか。そうだったら少し残念だ。

 辺りにあった白い街は、建物も道も、緑色の怪獣にゆっくり食べられてしまったように、木や草といった自然物に侵食されていった。だけど、歩いていくうちにそれもいつしか見なくなり、今は黒くて大きいけどボロボロで、それこそ怪獣が暴れたあとみたいな道を、ひたすら歩いていた。

 アイ曰く、工場地帯と都市を繋ぐ道路の跡らしく、この道を辿ればあの工具の集まりのような都市に行けるらしい。道路自体は森というよりは山の中に作られていたようだけど、道順がとなってくれるのは有り難かった。


 道のりはなかなか険しく、トキコはただ無心になって歩くしかなかった。時々、何も変わらないあたりの風景も相まって、歩くのに飽きてしまい、大して疲れてもないのに休憩をしたくなる。

 そんな簡単に休んでたら、到着が遅くなる。そうしたらツバメに会うのも、アイの持ち主を探すのもどんどんと遠ざかって行く。

 トキコはパシパシと自分の頬を両手で叩いて、サボりたい気持ちを消し潰そうとした。そんな時に、茶色くてほっそりした生き物がトキコの前を跳ねるように横切っていった。トキコが驚いてよろけると、「鹿サン」とアイは教えてくれた。アイ曰く、それは哺乳類という人と同じジャンルの生き物で、草を食べて生きているという。オスは角が生えていて、それで戦うんだとか。「よく見えなくて残念」と笑うと、アイはカニの時みたいに捕まえにいくなんて言い始めたため、慌てて止めた。



 「あのね、なんでもかんでも捕まえなくていいからね、アイちゃん」


 これで何度目の注意だろう。暗闇の中でトキコの声が反響する。アイも注意する度に「ワカッタ」と声を響かせるが、鹿の一件以降、虫と呼ばれる生き物を捕まえてはその都度見せてきた。最初は面白く見ていたが、何度もジッと見ていると、ウネウネと動く体が気持ち悪くてたまらなくなってきた。この、アイの人の言ってることを理解しているのかしていないのか、そこはロボットとしての欠陥とも言えるんじゃないだろうか。

 アイはトキコがそんなことを考えてるなんてきっと知らないで、暗闇の中を瞳のライトで照らしていた。赤いレンズなのに、不思議なことに白い光が鋭く伸びていた。

 ここは、山の中を掘って造られた穴であり、トンネルと呼ぶそうだ。トンネル自体は聞いたことがあり、なんとなく知っていたのだが、目隠しされたような暗闇に加えて、冷たい空気と反響する声が何か恐ろしい怪物を隠しているようで、足が竦んだ。

 

 ただ、それも何度も繰り返し歩いていると段々と慣れてしまうものた。現に六つ目のトンネルに入った今は、転ばないようにアイと手を繋いで、何気ない会話ができるくらいだった。


 「昔聞いた話に、トンネルを抜けたら……ってのがあったの。アイちゃんはトンネルの先はなんだと思う?」


 「トンネル……先ハ、道。ソシテ、トンネルノ入口」


 「まだトンネルあるんだ……流石に気が滅入っちゃうよ……」


 トキコは肩を落として笑う。

 よく覚えてないけれど、その話ではトンネルの先は希望って言葉を体現したように、光り輝くような美しい世界だったと思う。だけど、なかなか現実は思い通りにはならないみたいだ。


 「もし、トンネルの外に希望があったら何かな。……ツバメが僕も出てきたよなんて言ってくれるのなんてどう?」


 「ソレハ……誰カ、イル……」


 何か言いかけたが、アイはピタリと止まった。微動だにせず、ジッと前を、トンネルの先を見ている。トキコもどきりとして、この真っ直ぐなトンネルの先に目を凝らすが、暗闇に一つ輝く指先みたいな光の中には、かすかに緑が見えるだけだった。人のような影は見えない。


 「え……誰かって……」


 「イチ、ニ、サン……多数……生キル音ガスル」


 アイはぐるりとレンズをトキコに向けた。刺すようなライトの光に眩んで思わず目を覆う。


 「わ!! 眩しっ!!」


 「スマナイ」


 アイがライトを切ると、一瞬にして暗闇に飲み込まれた。そうかと思えば、アイのライトが目に直撃したせいもあり、真っ暗な視界がチカチカと光って見えた。


 「救助……スル」


 「救助って……何を……? 助けるの?」


 アイはするりとトキコの腕に絡む。


 「アイ、人……助ケタイ。走ルヨ」


 「助けるって……その人たちは──」


 トキコが言い終える前に、アイは走り出すため、トキコは引っ張られたまま、動かざるを得なかった。

 足元も周りも見えない恐怖よりも、アイのスピードについていくのに必死だった。周りの暗闇が風みたい通り過ぎて、あんなに小さかったトンネルの先の光がどんどんと大きく迫る。


 だんだんとアイのスピードが緩くなり、闇が溶けるような、光の中に飛び出した。


 「チガウ……」


 立ち止まったところで、アイが単調に呟くのを聞いた。

 トキコは背中を曲げて、荒げる呼吸を整えるのに忙しく、周りなんて見てられなかった。そんな時にアイの声ではない、もっと単調で冷たい人間の声がいつのまにか灰色になった世界に響く。


 「識別番号、40番。生存を確認」


 トキコは世界で一番嫌いな数字を聞いて、ゆっくりと体を起こした。

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