第15話

 地下都市は、わたしの家。ツバメは自由がなくて地獄みたいって言っていた。たくさんの白衣の職員に囲まれて、十代より下の子供たちが調査対象として暮らしている。テストと言って苦しいことも痛いこともあるけど、素直にしていれば職員は優しいし、遊んだり勉強したりもできる。わたしは、そこにツバメや、他に慕ってくれる子がいたから不満なんてなかった。

 ……少し、嘘かもしれない。苦しいことも痛いことも嫌だったし、もっと遊びたかったし、そういう不満はあったけど。だけど、我慢はできた。だって、地下都市はそういう所なのだから。

 でも、ツバメは地下都市が嫌いだったみたい。職員にも怪我させちゃうくらいに、大嫌いだった。そんなに嫌いなら、二人一緒に脱出すれば良かったのにね。きっとツバメのことだから、出られない理由があったのだろうけど、一緒に行けないならわたしだって地下都市に残ったのに。外への好奇心はあったけど、ツバメを失ってまで行きたくなんてなかったんだ。ひとりぼっちの外の世界とツバメのいる地下都市ならわたしは間違いなく地下都市を選んでいる。今だって、後悔しているし、帰りたいとも思うよ。

 たとえ、それがツバメを裏切ることになったとしても、わたしはツバメと一緒がいい。



 トキコは涙を流しながら、そう言った。ツバメの所に帰りたいって。

 トキコがツバメの元に帰るべきかというと、アイに判断はできない。地下都市という場所がどんなところかも検討がつかないのだ。とはいえ、トキコを誰もいないここに残しちゃいけない。トキコを人のいる場所に連れて行かきゃいけないのはわかる。困って助けを求めている人がいたら助けなきゃいけない。誰かにそう教えてもらった。

 アイは確かにそうやって生きてきた。メモリーの中の事実は閉ざされてしまっているが、プログラムという本能に刻みつけられていたのだった。


 トキコはアイにもたれて寝息を立てている。怪我をした額以外に、目元も鼻も耳も赤く腫れている。体温は高いが、外気の温度や風によって下がる可能性がある。その際は、アイが保温しないと体調不良となってしまう。

 地下都市から出てくるまでの話をしている間ずっと泣いていた。環境の変化に伴って感情が不安定になっているのだろうか。

 感情が不安定だと、身体的にも消耗してしまうし、一日中歩いたせいもあって、トキコは疲れているに違いない。

 それは、わかる。だけど、トキコがなぜ泣くのか、どれが原因で泣いているのか、今のアイには理解できなかった。


 アイのメモリーにはバグがある。バグを修正していけば、アイのメモリーを呼び起こせる。そうすれば、閉ざされたプログラムも開示されて、トキコを理解できる可能性がある。


 ──マダ、アイニハ、更新ノ必要ガアル。



 眩しさに目を開けた。青い空と、鮮やかな緑が視界に飛び込む。次に感じたのは全身の痛みだった。頭も肩も腰も足も全てが痛い。

 トキコはとろとろと起き上がって無意識に腕を空に向かって伸ばす。縮み切った筋肉や骨が伸びて、少し楽になる。気分も昨日よりは、妙にすっきりとしていた。


 「トキコ、オハヨ」


 右横にアイが、赤いカバンを抱えて座っていた。

 湿っぽい風が吹いていて、トキコのくちゃくちゃになってしまった髪を揺らした。


 「わたし、寝ちゃったんだね。おはよう、アイちゃん」


 アイがそばにいることに安堵して、ついため息が出る。アイは寝ている間もずっと待っていてくれたみたいだ。

 アイはトキコに水と食料を渡してくれた。


 「ゴハン、トキコノ」


 「ああ、ありがとう」


 トキコが携帯食料を食べている間に、アイは髪を直していた。トキコは食べながら大釜の方を眺めた。相変わらず白くて平べったいお皿みたいな形をしている。

 大釜の周りの大地は黄土色をしており、工具のような四角い建物は灰色をしている。昨日よりも、辺りの景色の全てがはっきりと鮮やかに見えた。


 「色って、外の世界は変わるんだ……」


 パサパサのビスケットを生温い水で流し込む。アイの手もちょうどそこで止まって「デキタヨ」と言う。


 「ありがとう、アイちゃん」


 トキコはゆっくりと立ち上がって、もう一度体を伸ばした。


 ツバメと会うためにも、自分が生き延びるためにも、今はツバメが教えてくれた通りに生きるしかない。


 「一先ずは大釜の方を目指そう」


 トキコは少し大袈裟なくらいに声を張り上げた。


 わたしは、生まれてしまったのだから、生きて、ツバメを迎えに行くんだ。

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