第12話
灯台から少し離れたくらいの所で、首が痛くなるほどにそれを見上げた。青い空に、灯台のくすんだ白は雲とは違う形で映えている。
灯台の周りは、トキコの膝くらいまでに草が伸びたい放題になっている。そして、灯台の横には、ぴたりとくっついたような小さくて四角い箱型の建物がある。
トキコは草を踏み潰しながら、塔の真下へと行く。灯台の壁は、地下都市とは違うゴツゴツザラザラした材質であった。
出入り口となる、扉はすぐに見つけられた。白く金属製の扉だ。左手で押したり引いたりしてみたが、開かない。それならば破壊してしまおうと、鉛のような右腕に触れるが、躊躇する。さすがに、酷使しすぎている。フェンスを壊した時点で限界を超えているのに、これ以上無理をしたらどうなるかわからない。もし、腕が壊れてしまって、二度と力が入らなくなってしまったら、今後に支障が出るのは火を見るように明らかだ。
トキコは扉から一度離れ、灯台を見上げて肩を落とす。圧倒的な大きさに押されるように、自分の無力さを感じる。
「入ラナイ……?」
アイはトキコの上着を引っ張った。アイは力加減が下手なのか、トキコはバランスを崩して少しよろける。
「開かなくて……」
トキコは腕だけじゃなくて顔にも声にも、どこにも力が入らない感覚を覚えた。
アイはトキコの顔を見上げたかと思うと小走りで灯台の扉へ向かい、バシバシと叩いた。金属と金属がぶつかり合って、耳から頭へと音が響いた。
「いいよ、アイちゃん。ちょっと今は無理そうだし、少し休もうかな……」
「トキコ、休ム……」
「うん、どこか良い場所は……」
とは言え、休める場所はあるだろうか。さすがに布団やベッドはないだろう。だけど、せめて風を凌げる場所はないだろうか。
辺りを見渡していると、アイが突然走り、灯台にくっついている建物の窓の下まで行った。窓はアイよりも高い位置にあるが、アイは窓の縁に手をかけて体を引き上げて、建物の中を覗き込んだ。トキコが「どうしたの」と声をかける間も無く、アイは窓から跳ねるように離れ、今度は建物のドアの前に行き、ドアを開けようと押したり引っ張ったりする。
しかし、ドアは開かない。
「ここも開かないんだね。残念」
トキコがアイの後ろへと歩いていき、ため息まじりに笑うとアイはまた窓の方へ走り出した。
「アケル」
アイは自分のツインテールの片方をひっ掴み、それを振り上げて、飛び跳ねると同時に窓へと打ちつけた。
窓は派手なキラキラと音を立てた。アイの周りが一瞬チカチカと光って見えた。小さい頃に絵本で見た魔法使いが脳裏にちらついた。
「アイちゃん!? 今、何を──」
「アイ、侵入……スル」
トキコが慌てて窓の方へ行くが、アイはそれを待たずに、窓に手をかけて身軽に跳ねて、建物の中に吸い込まれるように入ってしまった。
「アイ……ちゃん……?」
トキコはただの穴になってしまった窓から中を少し遠巻きに覗き込もうとした。その時に左側から「トキコ」と呼ぶ声が聞こえた。
トキコは顔を引っ込めて、声の方、ドアの方を見ると、アイがドアを半分開けて顔を覗かせていた。
「アイちゃん? どうやったの?」
「鍵、アケタ」
トキコはドアの方へ近づき、ドアの隙間から中を覗いた。薄暗く、アイが割った窓とは反対の窓から陽の光が射し込み、キラキラして見えた。
「す、すごいね、アイちゃん。ありがとう……」
「イインダ」
アイは、トキコに頭を撫でられて首を傾げた。
トキコはそっと、部屋に足を踏み入れた。
部屋は、居室なのだろうか。水道に、机と椅子……机の上には地下都市にもあったパソコンとよく似た機械が置いてある。よく見ると机に接している壁はモニターになっている。部屋の奥にはベッドも置いてあり、状態が良ければそこで休みたかったが、布団はボロボロで金属片が飛び出しており、横にはなれなさそうだ。
陽が射す窓の真下に灰色のソファーがあったため、トキコは少し埃を払って座り込んだ。そのまま、靴を脱いで足をソファーに投げ出した。
「疲れた……」
「トキコ、オ水……。脱水、ナル」
アイは徐ろに近づいて、カバンの中の水筒を渡した。受け取った水は生温いが、いつも飲む冷たい水よりもずっと美味しく感じた。
「思ったより快適かも。アイちゃん、座る?」
トキコは少し足を曲げて、アイが座れるようにスペースを作るが、アイは首を振ってそれを断った。
「アイ、外、行ク。ゴハンスル」
「ごはん……ああ、充電ね? ちゃんと戻ってきてね」
アイは赤いカバンをソファーの上、トキコの足元に置いて、ピョコピョコと跳ねるようにドアから出て行った。
アイが出ていくのを見届けてから、体を少し起こして窓の外を見た。やはり草むらになっており、その奥には海が見える。しばらくするとアイが草に腰まで埋もれながら走っているのが見えた。こちら側は少し草丈が長いみたい。走っていたアイは一度転んでしまうがすぐに起き上がってまた、歩いていた。その後は自ら場所を決めたのか座り込んで、小さな姿は草の中に隠れてしまった。
太陽光というゴハンを始めたらしい。
トキコもゴハンにしよう、と、カバンから携帯食料を出した。ブロックの形をした、トキコの小さな片手に乗るくらいのパンのようなもので、齧るのも怠くなるほどに硬い。
トキコは携帯食料を少し強く齧る。粉っぽくボソボソしていて、噛めば噛むほど口の中の水分を奪われた。味はないに近く、食べるのにも労力が必要だ。地下都市で食べてきたものの中で美味しくないものの一つに入る。それなのに、一気に二本食べてしまい、水で流し込んだ。
お腹が少しだけ満たされたところで、もう一度、振り返って窓の外を見る。そこにアイの姿は見当たらない。草に埋もれているのか、違う場所に移動してしまったのかもわからない。
トキコは窓から目線を外し、少し足を曲げてソファーに横になった。
今が何時なのかはわからないが、夜になると外もまた暗くなると、ツバメに聞いた。それが本当なら、暗くなる前に灯台に登りたい。明るい方が遠くまできっとよく見えるはずだ。
トキコはそう思って目を閉じた。眠る気は無いし、大して眠くもない。だけど、少し頭も体も休めたかった。
目を閉じるとよく音が聞こえる。いつかヘッドフォンで聞いたのとよく似た風が穴になった窓の方から、さわさわと音を運んできた。
ベッドは地下都市の方が快適だったけど、ここの方が心地良い。
ツバメはどうしているのだろう。あの、狭い自室に閉じ込められているのだろうか。職員から酷い罰を受けているのだろうか……そうだったらすごく嫌だな。
考えれば考えるほどツバメは酷い目にあっている気がしてならない。そうしていると、トキコの思考はいつしかコントロールできなくなっていった。
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