第10話
カバンは、目がチカチカするような赤色をしていた。赤はツバメの好きな色だった。ツルツルとした生地で、抱えられるくらいの大きさで、ファスナーが付いている。中には色々と入っているみたいで少し重たい。
トキコとアイは一緒に座り込み、瓦礫の中で少しでも平坦な場所にカバンを置いた。
ファスナーを開けると、まずは紙が折りたたんで無造作に乗っかっていた。その下には袋に入った携帯食料がたくさん入っている。
「用意周到ね……ツバメって」
トキコはまずは紙を開いてみた。
内容を確認するよりも先に、ツバメの字だと気づく。
行く場所、白い塔から大釜を目指す。大釜周辺の小規模都市へ行く。
食料は節約して食べて。水は雨水とか、塩っぱくないのを。
小規模都市まで、ちゃんと生きて行けるようにと用意してくれていた。ツバメはやっぱり、トキコが最初から一人で生きることを想定していたみたいだ。最後の一文に「地下都市には近づかないように。トキコの無事を祈っている」と書いてある。ただ、近づくにしても場所がわからない。
それよりも、トキコはツバメが自分へのメッセージを残していないことに悲しくなった。悲しみの中に怒りも湧いてくる。自分を騙して一人にしたツバメと、そんな計画をツバメに実行させてしまった自分に。
トキコはそんな感情を捨てるように首を振った。
今は泣いても怒っても仕方がない。
「トキコ、ゴハン。アイノ、ゴハン、オヒサマ」
アイはぶつぶつと言いながら、カバンの中身を出している。
携帯食料と、包帯や消毒と、小さなタオルに、水筒、懐中電灯、マッチ、それと後は磁石だった。
磁石は、地下都市でもある日ツバメが持ってきたことがあった。他の子供たちと一緒に運動場で磁石を持って動き回ったことがある。どんなに回っても同じ方向を指すのだという。
ツバメはいつから、こうなることを考えていたのだろう。
「アイちゃん、さっきも言いかけたんだけど、わたし、あそこの塔へ行こうと思うの」
アイは、全部ぶちまけたカバンを頭の上でひっくり返して下から中身を覗き込んでいた。トキコが話しかけると、カバンを瓦礫の上に置いて、トキコを見上げた。
「ウン、アイモ、行ク」
少し驚いた。得体の知れないロボットだけど、アイが一緒に来てくれたらと思っていた。だから、驚き以上に嬉しかった。
「ほ、ほんとに?」
「アイ、嘘、ツイタラ、ダメ。ソウ言ワレタ」
「誰に?」
「……メモリー、バグ……発生……」
アイは首を振って答えた。
どうも都合よくいろいろと忘れているみたいだ。きっと前の持ち主にでも言われたのだろう。どんな人だったのだろうか、ぼんやりと考えた。
「とりあえず、行こうか。まずはお片づけだよ、アイちゃん」
「オ片付ケ」
トキコとアイはカバンから出したものを丁寧に仕舞った。時々、アイはガラクタも一緒に入れようとしたので、その度にトキコは制止していた。
カバンを元どおりにして、ファスナーを閉めると、アイが自らカバンを肩に提げた。薄青のボディと赤いレンズの目に、カバンの原色の赤が綺麗に映えていた。
「持ってくれるんだ。ありがとう」
トキコはアイの頭を撫でてみた。アイはトキコに顔を向けて首を傾げた。
二人はゆっくりと廃材の山を登った。トキコは時折、足をつけた場所が崩れて二回、転びかけた。それに比べてアイは器用なもので、ピョコピョコと跳ねるように上手に登っていた。
頂上まで登り、辺りを見渡す。右も左も一面が廃材や瓦礫で覆われている。その奥に何があるのかは見ただけじゃよくわからない。トキコは白い塔を確認する。塔のてっぺんには足場だろうか、ぐるりと出っ張っている。
「灯台」
「そうやっていうの?」
「オ船、道シルベ……。光、ピカピカ……船、ダイジョーブ、ナル」
アイはぐるぐると三回軽やかに回ってみせた。足場が悪いのにバランスを崩さない。
結局、トキコには灯台がなんなのかはわからなかったが、外で暮らすのに必要なものだったのだろう。
アイはトキコが歩き出す前に勝手に廃材の山を降りて行ってしまった。その自由奔放さは、地下都市にいた小さな子……またはツバメを連想させた。アイは一番下まで降りるとぐるりと振り返り、トキコを見上げた。何も言わないがちゃんと待ってくれてるみたいだ。
やっぱり、ツバメとは違う。トキコは重苦しくため息をついて、ゆっくりと廃材の山を降った。
歩き続けて三十分ほどだろうか、足場が悪く、動くのに時間がかかった。大した距離は進めていないと思うが、廃材の山はだんだんと平坦になり、地面に足をつけられるようになった。
足が重たいくらいには疲れているが、灯台が少しだけ大きく見えるようになってきたと思うと少しだけ元気が出た。
「トキコ……!! トキコ……!!」
先を行くアイが手を振って、その場で跳ねている。ガシャガシャと重たい音が聞こえてくる。
どうやら呼んでいるようだ。トキコは重たい足を無理やり動かして走ってアイのそばへ行く。
「どうしたの?」
「フェンス……行キ止マリ」
アイが指す方には針金を編んで作った、壁のようなものが通せんぼするように連なっている。高くて登るのは難しそうだ。そして、そのフェンスの奥には瓦礫はなく、緑色が広がっている。
トキコは、図鑑で見た、草原や森を思い出した。写真のものと同じ……とは言えない。写真は空から見下ろしたような美しいものだった。今トキコが見ているのは、大小様々な草が好き放題に伸びている状態だ。これは、歩くのも大変なんじゃないだろうか。緑の向こうには空の青が広がっている。
トキコは初めての自然をもっと近くで見てみたくてフェンスに近づく。
緑色は原色じゃないのに鮮やか。様々な形があって、その形が違うとツルツルだったりチクチクだったり、またはふわふわだったりと触り心地も違った。鼻の奥を突いてくすぐるような優しい香りがする。目を閉じて耳を澄ましみると、風が吹き、耳の奥をさわさわと撫でるように音が抜ける。
地下都市では感じたことのないものばかりだ。
「ここは……地下都市じゃないんだ……」
トキコは今更とも思いつつ呟く。
きっと世界はこんなものじゃない。トキコが見たことがないもの、聞いたことないもの、触ったことのないもの……そんなもので溢れているんだ。
もっと知りたい。わたしが生まれ出た世界の姿を見てみたい。
トキコは右腕に電気信号を送る。腕がビリビリと痺れ重たくなる。右腕は少しは休ませられたが相変わらず、限界に近いみたいだ。そして、フェンスの網を掴んで、引っ張る。転送前の疲労のせいで、上手く力が入らない。
「本当に、キミって意地悪ね……」
トキコは息を吐いて、もう一度外の空気を吸う。空気に味がある。そして、足をフェンスにかけて、網を引っ張った。
力が足りない。上手くいかない。
「ツバメ……」
本当はキミも出たかったはずだ。わたしが見ようとしているのはキミが見たい世界なんだ。
「必ず迎えにいくから、待ってて……!!」
三回目、ありったけの力で、もう腕が千切れてしまうんじゃないかと思うくらいに引っ張った。ギチ……ギチ……と苦しそうにフェンスから聞こえた……かと思うと、急に抵抗がなくなり、トキコの視界には空が広がった。
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