第8話
ツバメは薄暗い司令室に鍵をかけ、灯りをつけた。
「ツバメ……ここ……」
「ああ……トキコ……ここも壊してくれない? もう、思いっきり殴っていいから」
ツバメが指したのはクリーチャーを始末する、広いコンクリートの壁の部屋だった。
「ツバメ、そろそろ限界だよ……。わたしも連続じゃ使えないんだから……」
そう言ってトキコは渋々電子信号を送り、ドアを殴り壊した。めっきりと凹んだドアが鈍い音を立てて開いた。
手に怠さと痺れだけじゃなく痛みまで感じる。テストでもここまで短時間に連続で酷使されたことはない。
上出来と、ツバメはトキコの肩に触れた。
「もう、壊すのは無理だよ?」
「ふふ、もう十分だよ。ありがとう」
トキコがムッとしていると、ツバメはまたトキコの手を取って部屋の中へと入った。
「殺したクリーチャーたちをこんな地下からどうやって廃棄すると思う?」
ツバメは、部屋の奥へと歩く。そして、壁までたどり着く。壁のコンクリートには冷たさを感じる。ふと、ツバメの前の壁に小さなパネルが設置されているのを見つけた。今までここに来た時には気がつかなかった。そもそも、ここまで奥に来ることもないのだけれど。
ツバメはトキコの手を離し、カードを取り出して、パネルにかざす。そんな便利なカード、どこで手に入れたのだろう。
ピッと短く電子音が鳴った。
「ここ、実は開くんだ」
ツバメは数歩さがり、トキコと並ぶ。パネルの下の床が自動ドアのようにゆっくりと開いた。下には階段が続いている。
「ツバメはどうして、知ってるの?」
「さあ? でも、知ってて良かったと思うよ」
ツバメは笑って、はぐらかした。ようやく、ツバメがちゃんと笑った。
中に入り、天井部分になった扉を閉める。
ツバメと更に階段を降りると、小さな部屋に出た。中央に壁一面に貼りつくように機械が置いてある。
「これが?」
「そう、転送装置。ここに、クリーチャーを入れて飛ばすんだ。この辺はよくわからないけど、どこかと連携して廃棄してるらしい」
ツバメは、転送装置の前に立ち、ボタンに触れた。モーターが回るような起動する音が鳴る。
装置自体は、巨大なモニターを備えたコンピューターにカプセルの形をした箱が隣にくっついている……そんな形をしていた。
「ツバメ……いろいろと……その……よく分からないことがたくさんあって……」
「なんだろ?」
ツバメは、モニターを見ながらパネルのキーボードを打ち込んでいく。
「ツバメ……キミは本当は何者なの?」
恐る恐る聞くトキコに、ツバメはこちらを見ることなく軽く笑う。
「僕を疑ってるの?」
「そんなことはないよ!! ただ、知ってることが多すぎて……」
ツバメはくるりと振り返り、可愛らしい無垢な笑顔を向けた。左頬の出血は治ったみたいだ。
「キミのことが大好きな、天才……とでも思ってほしいな」
トキコは、こんな時なのに照れ臭さと恥ずかしさで俯く。顔がふつふつと熱くなっていく。
ツバメはすぐにモニターの方を向いて、咳払いをした。
「全然わかんないよ」
「わかんなくてもいいよ。ただ、トキコのことは命をかけても救いたいのは信じて」
「それは……信じてるよ」
トキコはなんだか上手く話せなかった。
ツバメは、しばらく動かしていた手を止めて、トキコを呼んだ。
「僕に何かあってもいいように、全部伝えるね」
トキコがツバメの隣に立つと、ツバメはモニターを見ながら真剣な顔をして話し始めた。
「何か……? 何かなんてあったら、そんなの嫌だよ……!!」
「念のためだよ。目標は共有しておいた方がいい。いい? まず、転送先はとある廃棄場。壊れかけてる転送装置だけど、電力の供給もしたし、大丈夫」
ツバメはモニターの地図を見ながら離し続ける。
「転送に成功したら白くて高い塔があるからそれを目指すんだ。南の方だけど、まあ、見ればたぶんわかるよ。たどり着いたらそれに登って、都市の場所を確認する。大釜って言って、白くて巨大な街……本で見たことあるよね。それを探すんだ」
その本もツバメが見せてくれた。ここに人が住んでいると。遠くからもよく見えるんだよって。
「わたしたちは、大釜へ行くの?」
「違う。大釜には絶対に行ったらいけない。キミが行くのはその周りにある小規模都市。そこでなら暮らせるはず……大釜だと、追われる可能性が高くなる。小規模都市なら人の管理はされていないから。自由に生きる人たちがたくさんいるんだ。僕らがどれだけ檻の中に閉じ込められていたのか、きっとよくわかるよ」
ツバメにそう言われて、ようやく自分はここを出るんだと実感してきた。それはまた恐怖と不安でもあり、何もしていないのに足がすくむ。成功率が低い転送に、出られた後の生き方も全部が不安だ。止めることだって今ならできるけど、ツバメを見ていたら、止めるなんて考えたくもなかった。
だけど、やっぱり不可解だ。
「ツバメ、でも……どうして外のこと、そんなにわかるの?」
「優秀な助手のおかげ……かな。いつか、教えてあげるよ」
やっぱりなんのことかわからない。
「大丈夫……かなぁ……」
「大丈夫、トキコなら……絶対に……」
ツバメの言葉はだんだんと震えて、腕も足も震わせて、項垂れた。
「大丈夫?」
「けっこう……キツイ……。トキコ、抱きしめても、良い……?」
トキコは少し戸惑っていたが、ツバメはトキコの返事なんて待たずに、倒れるようにして、強く抱きしめた。
ツバメの体温は熱く、心拍は早かった。
どれだけツバメが気丈に明るく振舞ってたのか、どれだけ怖かったのか、きっと想像を絶する物だと、そう感じた。
「ごめん、トキコ……情けないなぁ、僕」
ツバメは、弱々しく呟く。トキコも、ツバメをぎゅうっと抱きしめ返した。
「そんなことないよ……!! わたしを、連れてきてくれてありがとうだよ!!」
ツバメはトキコから離れた。ツバメの頰も鼻も耳も赤く、目は少し潤んでいた。それでもツバメは優しそうにいつもみたいに「ふふ」と笑う。
「そうだ……トキコ、手を出して」
ツバメはポケットから、真っ白なリボンを取り出してトキコの手の上に乗せた。
「なにこれ? 可愛い……どうしたの?」
トキコはリボンをライトにかざして眺めた。ツルツルして、光の角度で色が入る。
「太陽の下だともっと綺麗なはずだよ。トキコさ、髪長いし、纏めたら似合うかもと思って」
「ありがとう!! 大事にするね!! 外に出たら、ツバメ、また結んでよ。わたし、上手くできないから」
トキコは左腕にリボンを巻きつけた。
「じゃあ、そろそろ行こうか。トキコ、先に開けてくれる? 僕は少し起動させなきゃいけないから」
トキコは返事をしてカプセルの形の箱の扉を開けて中を覗き込んだ。二人……詰めれば三人なら入れそうだ。ひんやりとして暗いが、ツバメが一緒ならと思えば大丈夫だった。
その時だった。何かに押されて、トキコは箱の内側にぶつかった。何が起きたのか、さっぱりわからなかった。体制を整えながら背後を見るとツバメの姿があった。
「ツバメ──」
そこに立つツバメの顔は逆光でもよく見えた。ツバメは涙を流して、無理に作ったように笑っていた。その表情だけで、ツバメの考えが手に取るようにわかってしまった。
ツバメはたぶん一緒には来てくれない。
「トキコ、ごめん。さようなら」
ドアが閉まり、ロックの音が無情に響いた。
トキコはなにも理解できなかった。ただ、体は勝手に、動く。喉が潰れるくらいにツバメの名前と「出して」と叫び、扉を壊そうと、腕に電気信号を送った。それなのに、力が全く入らなかった。手は痺れて酷く痛み、面白いくらいに使い物にならなかった。
永遠に感じた数秒が過ぎ去り、トキコは脳みそが破裂しそうな頭痛に襲われた。痛みは伝播するように顔に、体に、指先にと広がる。
遠のく意識の中でトキコは呻きながら考えた。
ああ、転送は失敗だ。いや、ツバメに裏切られたんだから、もう、その時点で終わったようなものだ。
ぜツバメに騙されたわたしなんか、ツバメを泣かせたわたしなんか、死ねば良いのに。
トキコの思考は、そこで途切れた。
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