第4話

 朝から憂鬱だ。久々に職員からクリーチャー殺しを頼まれたのだ。

 クリーチャーを殺すのは簡単だ。予め職員からどこを攻撃するように説明されるし、彼らは基本的に大人しく、鎖で繋がれているから。だからトキコがやることは右腕の電気信号を操って、自分の加減でそれを殴り殺すだけだった。そんなに簡単ならわざわざ自分に頼むこともないと思う。職員が予備で持っている銃器で撃った方が早いし、あの子達も早く楽になれるはずだ。しかし、これも筋力、運動能力のテストの一環だと言われては何も返せなくなる。


 「いい? シオ。今回のにもちゃんと印を、つけてあるからそこを狙うんだ」


 エレベーターで下へと向かっている時に、職員の若い男性に聞き飽きたことを説明される。トキコは適当に返事をして、ため息をついた。


 「最近ないと思ったのに」


 「なくなるってことはないよ。あれは害獣だから、シオたちのおかげで地上も浄化されているはずだよ。全部人類の未来に貢献しているんだ」


 貢献のためになんて言うと確かに多少は気が楽になるが、どれだけ世のため人のためになろうと、嫌なものは嫌だ。

 エレベーターを出て、廊下を数メートル歩く。廊下が永遠に続いていればいいのにと思う。そしたら、あの忌まわしい部屋に行かなくてもいいのだから。そんなことを思ったところで、現実は甘くない。司令室と書かれた小さなドアは無情にも現れる。


 「ちょっと調子を見るよ。動かないでね」


 部屋に入るなり、彼はトキコの腕を取り、ボタンを押して電気信号を送り、軽く腕を叩く。金属でも叩くように劈く音が響く。腕はビリビリと不快に痺れて熱くなるが、一瞬で慣れてしまう。


 トキコは見慣れた部屋を見渡した。

 この部屋があるのはたぶん、最下層ではないだろうか。ここの階には司令室とクリーチャーが囚われている高い天井の部屋しか存在しない。

 小さいが分厚いドアの向こうに今日の犠牲者がいる。どんなクリーチャーか、シャッターの降ろされた窓からは姿は確認できない。部屋の中には大小のモニターが設置されており、中の様子が伺えるようにはなっている。ただ、トキコが入るまで灯りはつけないので、モニターは真っ黒である。

 それでも確認するならば、もう一人の女性職員が見ているパソコンの画面から中の様子が見える。暗視カメラと呼ばれるもので撮影しているらしく、暗いところでもよく見える。薄暗い画面の中で小さく蠢く生き物のような物が佇んでいる。この子だ。

 この子は、これから自分がどうなるのか理解しているのだろうか。


 「ねぇ、あのクリーチャーたちはどこから来るの?」


 トキコはふと、彼に聞いてみた。前にも聞いたことがあるが職員は全員同じ事を言う。


 「外だよ。外にはああいうのがたくさんいるんだ」


 案の定、彼も例に外れずそう言った。


 「大人しいのに、殺さなきゃいけないのはなんだか可哀想」


 前、年配の職員に聞いたら「余計なことは考えるな」と怒られた。物腰の柔らかい彼ならなんて答えるか興味がある。


 「仕方ないんじゃない。害獣だし、人間じゃないし」


 人間じゃないと殺されちゃうのか。トキコは胃が捩れるように気持ち悪くなった。確かに、見た目は歪であるが痛いことをすると確実に悲鳴をあげる。それを、可哀想とも思わないのだろうか。

 そもそも、人間じゃないものにそんな感情を持つのは間違っているのだろうか。

 ぐるぐると考えを巡らせていると、彼は「よし」と呟いて立ち上がる。腕に痺れは残るが熱が引いていく。


 「いいね。もう一度聞くけど、体調も問題ないね、シオ? 部屋に入ったらもう一度電気信号を腕に送ってから殺すんだよ」


 「うん……」


 「準備できた? そろそろ始めてよ」


 パソコンの前で静かにジュースを飲んでいた女性があくびをしながら声をあげ、トキコはドアを通された。


 コンクリートの壁と床の広くて暗い部屋。しんと静まり返って、冷たい空気がズキズキとトキコの体を突き刺す。

 ライトがついて、トキコはクリーチャーの姿を確認し、身の毛がよだつ。


 「え……人、間……?」


 心臓が早鐘を打ち、足がすくむ。何体ものクリーチャーを殺してきて、その都度落ち込んでいた。いくらなんでも、無抵抗の人間なんかを殺せるわけがない。

 トキコは、恐る恐るその人を見る。よく見ると、違った。人間ではなかった。少しだけホッとして、それをまた観察する。

 青白い肌の胴体と手足……胴体からは所々ランダムに赤黒い翼や触手のようなものが伸びており、力なく蠢いている。頭だろうか、そこからも細い触手が髪の毛のように生えていた。

 今まで見た中では確かに一番人の姿に近い。この前のはもっと図鑑で見た魚……イルカに近い姿をしていたと思い出す。だとすると、この子は、なんとなく本の挿絵に載っていた悪魔みたいだ。

 手も足も鎖に繋がれて、足の方が斬られているためか立ち上がることもできなさそうだ。ドロドロと溶け出したような顔は、あまり見たくないが、真っ黒で空虚な目に、耳まで裂けた歯が剥き出しの口に、凹凸のない鼻をしている。悍ましい口を小さく開けて、キィキィと引っ掻くような声で力なくないている。

顔の下たぶん胸元になるのか。少し膨らみがあるから、女性なのだろうか。人間であればその心臓部にあたる場所に赤く丸印がうってある。


 ここを殴って殺す。


 トキコは、それにゆっくりと近づく。特別変な臭いはしない。むしろ、どこかで嗅いだことのあるような、少し良い香りがした。それがトキコの罪悪感を余計に駆り立てた。


 「女の子……なのかな……ごめんね」


 トキコは電気信号を送り、筋力を増幅させる。腕は熱くなり、ビリビリする。


 鉄のようなもので殴られるんだ。絶対に痛いだろう。

  一回で終わるように祈り、トキコは腕を振りかざした。

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