第41話 やりあい
国外からの来客を王都でのみ護衛、という名前の街案内でもてなす。国内に人が来た時点で警兵たちの仕事だが、国外からの来賓からの要望で騎士の人間が護衛につくことがある。特に今現在龍騎の後ろを一人の従者と歩く男もそうだ。黒髪の中に金色のメッシュが混ざる龍騎と同じ年ほどの男。体格もさほど変わらない。粗暴な態度で隣に控える初老の使用人とともに王都を探索している。
粗暴な男だが、その肩にかかる赤い縁取りの黒いマントが彼の身分の高さを語る。白い髪をオールバックにまとめた従者も肩に灰色で赤い縁取りの短いマントをかけている。立場だけで言えばどちらも龍騎の格上。本来ならば騎士団総長である龍騎の妻が護衛を請け負うべきだが、背後を歩く男は今回何故か龍騎を指名し、騎士団総長は護衛の任を嫌がった。嫌がったのは完全に個人の感情だろうに。
適当な街の説明を話しながら歩いていると、街の出口に着いてようやく黒い髪の男が龍騎に声をかける。
「俺様愛しの遥は元気か?」
知っている遥とは別の遥だろうか? わざと首を傾げると男の従者が目を細める。男が軽く手を上げればすぐに表情も元に戻すが片手は確実に懐に伸びようとしていた。
余程のことがない限り冷静で居るはずの従者だが、主である男が馬鹿にされると思うや否やすぐに手が出るあたり短気なようだ。
「まあ、死んだら大事件だ。元気ではあるだろ?」
「そうですね。貴方様の護衛を断る程度には」
「ははは、そうじゃねえとなあ」
「懐かぬ猫がそれほどまでに愛しいですか、虎太様」
不躾に名を呼ばれても男、虎太は気にすることなく朗らかに大きな声で笑う。
「愛おしいねえ。アレは強いだけでも良い。懐かぬのもまた良いものだ」
従者の男は随分嫌そうな顔をしているがな。
龍騎は従者の男を見やった。首元までをしっかり服で覆いながらも袖先は緩く歩けば音を立てることはなくとも揺れる。仕事柄、細かい道具は懐と袖の中に隠しているのだろう。
龍騎が腰に常に剣を備えているのと同じ。
「……私にはわからない感覚ですね」
どうせ猫なら懐くほうが良い。適度に甘えてくれたほうが世話をするかいもある。
猫の話に、虎太は笑い返す。それもまた良さそうだ。
「今は叶わないが、機会があれば模擬戦でもお願いしたいところだ。それはお前でも構わないぞ? 何かを賭けてなあ」
賭けるものは分かっているだろうと言わんばかりの言葉に龍騎は笑って首を振った。自分では相手にならない、敵わないことが分かっていて喧嘩を買うほど阿呆なつもりもない。
虎太は歯を見せて笑った。あの国に生まれ、あの国で育てばお前程度の実力は持てる。仕合うならばせめてこちらにやらせる。叩かれたのは隣の従者。変わらず眉根を寄せて龍騎を睨んでいる。
「少なくとも私共は地上で貴方たちに敵いはしませんよ。――猫は空から護るとしましょう」
「お前に飽きたらどうする? 無償でもらえるのか?」
虎太を町の外へ誘うように体を横向け、龍騎は笑った。
「そうですね。猫が俺に飽きたら考えます」
ここからは担当が変わりますので、道中お気をつけて。一度深々と頭を下げた龍騎は男たちの目の前を通り、来た道を戻っていく。
その背を見えなくなるまで見送ってから従者へと笑いかける。
「聞いたか」
「不躾な物言いですか?」
「違う違う。聞かなかったか。アイツが敵対しているわけでもない時期に『俺』と言ったのは初めてだろう! 多少は俺様を意識したと思うか」
「貴方様は……、騎士団総長を奪おうとしていたのではないですか」
「いや? アレもこの国にいるからこそ面白く、強い。そしてその強さはあの男の隣にいるからこそだ。だからこそ、あの男を本気にしたい」
「地上では私達に劣る者を?」
「はははっ、本当にそう思っているならお前もまだ俺様の席には遠いなあ」
あの男は強いぞ。
従者の酷く不満な顔を見て、満足したように虎太わ笑い街の出口へと向き直った。ようやく顔を合わされ灰色の髪の警兵は深く頭を下げた。
あっちの男は苦手だな。
上機嫌だった男は一歩、足を引いて先を従者に譲る。礼儀正しく、計算高そうな男が苦手な時点でその席にいるのが正しいのか。従者は一歩だけ前に進み出て、灰色の男に軽く頭を下げた。
「お久しぶりでございます、虎太国王陛下」
目の前で作られた笑顔に、虎太は不機嫌を返した。
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