第40話 嫌味と心配
城へ書類を届けに来た帰り、見たことのある灰色の髪を見て思わず「げ」と一言を発してしまったが向こうも向こうで見たこと無いほど眉根を寄せているのでお互い様だと思う。龍騎は心の中でだけそう思う。残念ながら帰り道はしばらくの間、この灰色髪の男と一緒になる。
警兵の長、鷹也(ようや)。タカの人と呼ばれる彼は眉を寄せたまま城の出口への道を歩いていく。
お互いに無言で、お互いに素知らぬ方向を向いている。
人として嫌いなわけではない。少なくとも自分は。龍騎は壁に向かって小さくため息を吐いた。ただ、いつからか警兵と騎士はいがみ合うようになっていた。そして、鷹也は憎んでいると言っていいほどの感情を騎士と、騎士団総長に向けている。騎士団総長もまた、同じような感情を鷹也に向けているからか、決して相容れない。上司のいがみ合いと、仕事でのぶつかり合いが良くない方向に合致し今や会ったことがない人であっても制服を見るだけで嫌な顔をするようになった。
何故総長とあそこまで憎み合っているのか。
龍騎はその理由を知らない。だから鷹也を見ると嫌な顔をするしかない。総長である彼女は紛れもない自分の妻でもあるのだから。
「お仕事は順調ですか?」
話しかけてきたのは意外にも鷹也からだった。視線を向けても目が合うことは無く、無表情には変わりない。
「最近はまあ、小さいいざこざがある程度なので落ちついてるかな」
「そうですか。こちらはそのいざこざの後始末で忙しいです」
近況確認かと思えば、ただの嫌味を向けられた。
思わず無言で居ると、打たれ弱い総長補佐さん。と笑い声。
「やり合うなら、上だけでしてくれ」
「それは面白くない。そちらの上を怒らせるのに貴方の話題は必須ですからね」
「はあ、それはどうも」
嫌味ばかり言われては嫌わないようにしていても嫌ってしまうだろう。
会うたびにこうして総長のことや自分に対する嫌味を言われ、思わず「げ」なんて失礼な言葉も出るようになってしまった。壁に向かって再度ため息を吐いた。
「そういえば」
ああまた嫌味か。
そう思い視線を向けると彼は黒の瞳を龍騎へ向けていた。
「君たちの息子さんは元気ですか?」
口にしたのは珍しく家族の話。それも視線を向けてまで。
見れば酷く、真剣な表情をしている。
「元気だよ。もう少し子供っぽくあって欲しいくらいには大人びてて。病気も無くて。友達とかの話を聞かないのが心配なくらいか」
「そうですか、それは何より」
平坦な声。
何のための質問か、鷹也の表情を探るももはや視線すら龍騎には向いておらず、見ているのは城の出口。ではこれで。視線を最後まで合わせることはなく、軽く頭を下げた鷹也は警兵の宿舎がある方向へと歩いていった。
龍騎も騎士隊舎へ向けて歩きながらぼんやりと考えていた。世間話らしい世間話をしたのは初めてかもしれない。話題はいつも騎士や、警兵の仕事について。嫌味。皮肉。人のことをからかいもせず、仕事以外の話をした記憶がない。それも、息子のこと。
面識があったのだろうか。
騎士隊舎に着くなり総長に怒鳴られるように呼ばれ、龍騎は思考を中断した。
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