第33話 許された日2 ※キャラコラボ

 

 何故頭の飾りを取らないのだろう。珈琲を口にしながら龍騎は珍しく琉斗の連れてきた来客の頭を見ていた。事の次第は聞いている。相変わらず冷静な琉斗が犯人の特定と犯人が拠点としている場所を見付けるためにわざと捕まった。この時点で説教物だが、とりあえずそれは置いておくとする。


 珈琲をすすり、目の前に座る男を見やる。琉斗に言われてようやく頭の飾りを外した彼は無愛想、なのだろうか。少なくともここに来てから表情の変化に乏しい。


 クロナ、そう琉斗に名乗ったらしい男は外の国からモノを探しにこの国へやってきてそろそろ出ていく予定だという。


 場所によっては雪に閉ざされているだろうに。国境を超える時期のことを考えずに居るのか。口をついて出そうな言葉を珈琲と共に飲み込んだ。


「この国から出る時、特別な方法があると聞いた」


 琉斗が珈琲の追加を台所へ取りに行ったのを見届け、クロナが目の前の龍騎へ話しかける。


 髪型は確かに似ている、武器を携帯しているのも一緒だろう。


 そして、参ったことに今頃警兵たちが捕らえている子供誘拐犯も似ているらしい。どちらかと言うと自分より目の前の黒髪の男、クロナに。


「琉斗も何を喋ってるんだか……。確かにありますが、俺としてはそれを勧められないですし基本余程の理由がないと認められることはない方法です。どうしても今時期に出ていきたいのなら、違法にその方法を取るしかないですね」


 脅すように行ってみてもクロナという男に表情の変化はない。


 傭兵をしているだけあって色々な状況に慣れているのだろうか。だが、それにしては冷静過ぎる。琉斗を助けたこともそうだ。この街に慣れていないにしては的確に情報を集めて誘拐犯の居たところを割り出して乗り込んでいった。


 大事にもならず、子どもたちに傷のひとつもない。出来すぎている、と言ってもいいほどの成果。


「その方法を取ろうと思ったら誰の協力が必要になるだろうか」


 今自分はちゃんと『違法』だと伝えられただろうか? 龍騎は思わず不安になるが間違いなく伝えたはずだ。


「……この国における『騎士』 それも第一部隊の人限定」


「つまり貴方か」


 口に含んだ珈琲が飛び出るところだった。


 琉斗に聞いた、というわけではないだろう。いくら人を気に入っていても自分たちの情報をやすやす外に出すような子ではない。


「白い……」


 不意に、クロナは探り探り言葉を選ぶように間をもたせながら言う。


「白い竜も、騎士の管理下に居るのか?」


 何だろうか。不審というよりも、若干の恐怖さえ覚える。どうしてそこまで知っているのか。彼女の存在は騎士内部の人間と琉斗とみこくらいしか知らないはずだ。


「全て街の人から?」


 疑うような視線を向けるも彼は表情を崩さず、ただ首を振った。


「白い竜は会ったことが有る。森のなかに有る泉で、」


「――ああ、納得。彼女や琉斗が認めてるってことになるわけか」


 覚えがあった。過去、りんごという白い竜の訓練のために近くの森の上を飛んでいた、帰ろうという時りんごが何かを気にしていた。恐ろしい何かではなく、求めているような何か。


 他人を警戒するはずの琉斗と、人見知りの激しいりんご。


 どちらも簡単に信用はしないはずだが。ここまで信用されていると逆に恐ろしいくらいだ。


「……、ううん。参ったな。遥に会わせたところで協力したいと言い始めるのが目に見えているし。――立場上協力はできないです。俺個人の思いとしても同じ。管理下に記載されていないとは言え武器を所持している人をそう安々と」


 そこまで話して、ため息をつく。


 ただいま、と女性の声が聞こえる。時間切れだ。苦笑する龍騎を見てクロナは初めて首を傾げた。


 玄関から入ってきたのは目の前の龍騎と似た格好の女性。青い髪のその女性は自分を迎えた龍騎に当たり前のように荷物と上着を投げ渡す。小さく笑い、荷物を受け取った龍騎は二言三言話すとどこかへ歩き去っていった。


「初めまして、傭兵さん。龍騎も属するこの国の騎士団をまとめる騎士団総長、藤野遥です。もっとも、普段は一騎士として生活してるからわからないかしら?」


 優しげな笑みを浮かべながら、彼女は先程まで龍騎が座っていた場所に座る。


 にこにこと、だが、どこか違和感のある。


 クロナは目の前の女性を見ていた。表向き、何も知らない一般人が居たらただ優しそうな人だと思うだろう。だが、クロナはただの一般人でも金を求めるだけの傭兵でもない。


――協力したいと言い始めるのが目に見えてる


 何が協力したい、だろうか。


「ごめんね、私は立場上貴方の望みを聞いてやれはしない。騎士団の借り受け、持つ竜たちは私たちの管理下にあるの。私たちは借り受けているだけの身、自分たちで自由には出来ない。彼ら竜を使うのは『護る』時だけ。……あいつ以外はね」


 姿勢良く椅子に座り、あくまでにこやかな彼女は酷く警戒心が強いように見える。龍騎が見ている彼女は彼女が『見せている』姿なのだろう。龍騎は知っていてあの態度を取っているのか。


 会ったばかりのクロナには分からない。ただ一つ理解したのは今の季節を越えるまでこの国から出られ無さそうということ。


「真面目な話はここまで! 正直、かっこいい人がこの国に滞在するのは私としては望むところなの。傭兵の泊まれる宿を明日紹介してあげる。明日まではここに居て良いわ」


 うちの子と仲良くしてね。良い子だから手間はかけないはずよ。


 タイミングを見計らったかのように部屋に龍騎が戻り、遥は着替えてくると言って部屋を出ていった。龍騎の後ろについて部屋に入ってきた少年、琉斗はすれ違いざま遥に荒々しく頭を撫でられ、溜息をついている。


「成果は?」


 龍騎の問いにクロナは首を横に振った。さも嬉しそうに笑った父親を琉斗が横からつつく。


 呆れた様子で琉斗はクロナの前まで進み出る。


「今日は泊まられるんですよね、今からお食事を用意するのでお待ち下さい」


 手間のかからない子。その手間のかからなさ過ぎると思うことはないのか。先程のように目の前に座った龍騎は先程よりも楽しげに笑う。想像通りではなく、また自分の望む展開となったことを嬉しく思っているのだろう。


 目の前にある温くなった茶を口に運び、目の前に視線を移す。普通の人だ。おそらく先程の女性も、そして目の前の男に琉斗という少年も。


「この国で傭兵はあまり歓迎されていないと感じた」


「この国で武器の常時携帯が公に認められているのは騎士だけですから。場所によっては騎士ですら嫌われる。……元々閉鎖的だった国でね、外の人は警戒される。それが武器を持っているとなれば尚更です」


 とはいえ。ふ、と小さく笑って龍騎は言葉を続けた。


「少し前に王が色々と取り決めをしたおかげで不敬をはたらく人は殆ど居ないわけですが」


 今回のは良い例外かもしれない。


 疑問ばかり増えるその言葉の意味を聞く気には不思議とならなかった。


 それからはただ静かに出された食事を口にし、一夜を明かした。『良い例外』 次の季節までにその意味を調べようと、翌日彼らの家を後にした。


 

 

「りんごと琉斗が懐くとはなあ」


「良いじゃない」


 黒い背中を見送りながら、夫妻は並んで立っていた。


「その楽観、羨ましいよ。恩人を警戒するのは気が引けるが、あまり内側に入られると困るな」


 考え込む龍騎の脛を、遥のつま先が蹴り上げる。


「疑う余地を作ったのはわざとでしょ。入られたらその時対処したら良いのよ、今回のと一緒」


 脛を抱えてのたまう龍騎を玄関先に捨て置き、遥はひと足先に家の中に戻った。彼の言う『内側』 もしもそれが自分たちの個人的なスペースであれば、自分も動かないといけないのだろう。


 大きく口を開けてそれから思い出して笑う。


 ああでも。あんな強そうな人と戦えるのであれば、それもまた面白そうだ。

 

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