第32話 許された日 ※キャラコラボ

 

 薄暗くなった街中で子どもたちは皆、笑顔と仮装を身に着けて扉を叩く。トリック・オア・トリート、お菓子をください。この国では恒例となっているこの行事のため、ほとんどの家ではお菓子を買い込んでいる。


 彼はどうにもこの行事が好きになれなかった。手に持ったオオカミの耳を形どった髪飾りを両手に溜息をつく。


 街中のお店が早く扉を閉めるこの日も、両親は忙しい。街中が浮足立つからこそ、忙しくなる。先程白いシーツを頭からかぶった白髪の少女が走り去った先を見てまた溜息をつく。きっと彼女は空が黒くなるまで帰ってこない。となると夕食は自分も適当に済ませるべきだろう。


 三回目の溜息をつこうとしたとき、太陽に背を向けた琉斗の足下に影が落ちた。


 

 目的のものはここにないと気付いてどれだけの時間が経っただろうか。居心地が良く、どうにもこの国、この街に居座ってしまう。


 居心地が良すぎて裏を疑うほどにこの国は居心地が良い。出店は充実しており、生活に必要な食品は大通りを一度歩くだけで安く仕入れられるだろう。


 肩にかけた黒いマントを胸元に引き寄せる。少し冷え始めた。少々高所に構えられたこの場所に別れを告げるなら良い時期かもしれない。雪に閉ざされては次の土地に行くことが出来ない。目的がある以上――


 男は軽く頭を振った。いい加減街に留まることを前提として考えるのはやめよう。


 男の隣を小さな子どもたちが駆け抜けていく。頭からシーツを被った子供や、獣の耳を模した髪飾りをかぶった子供。


 今日はこの国で「こういうこと」が許された日らしい。


 仮装をし、指定の言葉を言うことでお菓子をもらう事ができる。


「ちょっとそこの黒いお兄さん!」


 大きな声で呼ばれて振り返ると大きな編みカゴをふたつ持ったふくよかな中年の女性が駆け寄ってくる。見たことがある。今男が歩いている商店街の中でも活気のある八百屋を営んでいる女性だ。


 世話になったことはないが、見かけはしたがある。駆け寄られる覚えはないが。


「今日はお菓子を持ってなきゃダメよ! ほらこれ、持っていきなさい」


 女性は男に菓子がいっぱい入ったかごを押し付ける。トリック・オア・トリート、って言ってきた子供にはお菓子をあげるんだよ。


 あっけにとられる男がお菓子を受け取ると嬉しそうにうなずき、思い出したように手を叩いた。


「そう言えばさっき琉斗ちゃんと一緒に居たみたいだけど琉斗ちゃんはもう帰ったのかい?」


 覚えのない名前に男が首を傾げる。


「あれ? 別人かい? 黒いし腰にそんなの下げてるから見間違えることはないかと思ったんだけどねえ」


 琉斗ちゃんがくっついていなければアナタみたいな怖い人に声はかけないわよ。


 あはは、と女性が笑うも男の表情は変わらない。


 腰に得物を下げた似た風貌の男に子供がついていった?


「オジサン! トリック・オア・トリート!」


 おじ――、少女の声に振り返ると首から下を真っ白なシーツに覆われた白髪の少女が男を見上げている。


 片手に持った袋の中には既に大量のお菓子が入っている。


 そういう、行事なのだろう。つい先ほど女性から譲り受けたばかりのカゴの中からお菓子をいくつか渡すと少女は満面の笑みを見せてから女性へと同じことを言う。トリック・オア・トリート。


「あ、ねえねえおばちゃん。琉斗見なかった?」


 立ち去ろうと背を向けた足を止める。


「気付いたら居なくなってて、さっき青い髪の男の子居たから話しかけたけど別人だった」


 面白かったー。


 マイペースな子だ。


 止めた足をそのままに少し考える。


 青い髪の子供。見たことがある。だが、別人だろう。


「琉斗ちゃんは妙に大人びて達観してるからねえ、もう家に帰ってたりしない?」


 別人、だろう。


 

 穏やかな誘拐に縁があるのかもしれない。


 琉斗は案内されたソファーの上で投げ出した足をふらつかせる。


 ここで待っててね、と言った黒いマントの男を思い出す。黒い髪で黒いマントで、刀を腰に留めたお兄さん。確かに外見は少し似ている。


 同じ部屋の中には何人かの小さな子どもたち。自分がいちばん年長になるだろうか。いっぱいお菓子があるね、などと呑気なことを話している。他人の事は言えないが。


 場所を見る限り、あの男の人は長くこの場所に住んでいるようだ。食器等も揃えられている上に掃除もされている。日常に使うような食材や道具も多い。


 場所は覚えている。街中で声をかけられた商店街から少し離れた場所。時間を間違えなければ人通りは殆ど無い。警兵たちの目を盗んで子供を誘拐していたのにも少々納得できる。


 琉斗は周りを見渡す。自分以外は十に満たない子供だろう。お菓子をもらえると喜んでいる。怪我はもちろん、怯えている子供すら居ない。


 けれど。


 この部屋の内側に鍵はなくて、扉は外側から鍵がかけられている。男が外に行った時それを確認した。


 琉斗はカーテンの閉められた窓を見やった。


「(目的が分からないなあ)」


 前は目的がハッキリしていたが今回は分からない。


 ここから移動はするつもりだろうからその隙に――そんなことを琉斗が考えているときだった。扉の外側に何かがぶつかった。ぶつかった何かはうめき声を少し上げたと思ったら静かになる。


 流石に異常事態だと思ったのか琉斗以外の子どもたちも静かになる。


 ガチ、扉の鍵が外側から開かれる。


 警兵?


「……やっぱり、君か」


 低い声色に琉斗は思わず立ち上がり、扉へと駆け寄った。


「傭兵のお兄さん、この前の」


「怪我は……、無さそうだな」


 いつだったか、公園で出会った黒く不思議な、それでいて無表情な男だった。


 

 案の定と言うべきか何なのか。扉の向こう側からへらりと笑いかけてくる少年を見るとため息をつきそうになる。琉斗、というのが少年のことであることは間違いないだろう。


 青い髪に、年と不相応に達観した性格。


 自分に似た風貌の男が子供を連れて歩いていたという話は少なからずあった。子供が警戒していないことが街の人の警戒も呼ばず、人目につくところを歩いていた。おかげで場所を割り出すのには時間がかからなかったが。


 男が一瞬目を離すと琉斗は部屋の中に戻り、子どもたちに話しかけていた。何か小さなものを手渡し、笑いかける。すると子どもたちは笑顔になり、男の横を駆け抜けて外へと飛び出していった。


 琉斗は最後に男へ笑いかける。


「お家に帰るよう伝えました。あげたのは飴玉です。この街で有名なお店の物なのですんなり帰ってくれたみたいです。さっきの男の人は?」


「動けないようにして別の場所に転がしてる。君も、そろそろ帰――」


 パシッ、小さな両手で大きな片手を掴まれる。


「おにいさん、お礼をさせてください!」


 何故か信頼でき無さそうに思える満面の笑みを浮かべる琉斗が男の両手を掴んでいた。


「いや、いらな――」


「あ、でも。普通に招待したらお父さんが驚くかな。ううん、お兄さん、ちょっとかがんでもらえます?」


 思わず言われてかがむと頭に違和感が刺さる。


 柔らかい何かが、髪飾りのようについている。まるで、耳のような形の。


「さ、こっちです」


 断る言葉を口にさせるつもりはないのだろう。琉斗は男の手を取って引っ張る。


「僕の家に案内します」


 そうしてグイグイと引っ張られ、文句も言うことすら億劫なのか男は琉斗が言う家に着くまで引っ張られていった。道すがら、お互いの簡単な自己紹介を済ませながら。


 男の名は「クロナ」 目的があり、傭兵を生業としながら各所を転々としている。目的について、琉斗は聞き入らない。ただ、興味深そうに相槌をうつ。


 達観しているというよりも、違和感。クロナは変わらず無表情なまま話を続けていた。


「でも、そうなるとお兄さんはそろそろこの国を出ていくのかな。もう少ししたら雪や氷で国境近くの道は通れなくなって特別な方法でないと国越えは出来ませんからね」


「特別な方法?」


「そのあたりは僕よりもお父さんのほうが詳しいですよ。着きました」


 どうぞ。


 扉を開けて中を示す彼はやはり笑っていた。


 失礼します。そう言って扉をくぐると明るく、整った玄関が彼を迎えた。生活感の在る『家』は久しぶりかもしれない。


 ばたばたと、家の奥階段の上から誰かが降りてくる音が聞こえ、顔をあげた。


「あ、お父さん! トリック・オア・トリート!」


 

 珍しく琉斗が子供らしいセリフを言ったことが嬉しくて、少し足早に階段を降りながら顔をあげた。琉斗が言うとは思っていなかったが菓子なら仕事帰りに買い込んでいる。


 龍騎は帰った琉斗に笑いかけて言葉を返してやろうと口を開いた。


「ぅえ?」


 だが玄関に居たのは、黒いオオカミの耳を模した飾りをつけたカチューシャを頭にはめたそれなりにいい年の黒髪の男だった。お互いに完全に無表情でしばらく見合ってしまう。

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