第31話 仕事見学

 

 部下の訓練に付き合って中庭で部下たちを転がして遊んでいると机で申請書等をまとめさせていた副官に名を呼ばれ、訓練の手を止めた。訓練を途中で止められた部下の不満気な顔もよく見えるが副官の言葉を聞いて龍騎は訓練に使っていた刀を模した木製の棒を部下へと投げて寄越した。


「琉斗くんが会いに来ていますよ。伝えたいことがある、と」


 ちなみに現在の時間は訓練の昼休憩直前、まだ陽も高く学校も終わっていないはずの時間だ。


 早足で隊舎の入口に向かう彼は嫌な想像をする。また、琉斗が喧嘩をしてしまったのかもしれない。


 もしくは、また、巻き込まれたのか。


 想像とは裏腹に、入口の外側で待っていた琉斗は龍騎を見付けるといつものように笑った。


「お父さん、急にごめんね」


「いや、もうすぐ休憩だから大丈夫だよ。どうしたんだ?」


「……んとね、最近、警兵さんたちが探してる人。似た人を、見たんだ」


「外で話すことじゃないな。時間に余裕があるなら中で話そうか」


 そっと差し出された父親の手を取ると、久しぶりに騎士団の隊舎へと招かれる。大きな中庭を囲むように作られた建物の中、長い廊下の突き当りが父親の部屋だ。


 本棚には様々な本が脈絡もなく並べられている。整頓する暇もないのだろうか。頼まれれば整頓したい。


 琉斗は誘われるままに部屋の中央のテーブルに向かうソファーへと座る。


「それで、その情報を俺に持ってきたのは何でだ?」


「うん、夕方の公園で見たには見たんだけど。似てるだけ、な気がするんだ」


 それこそ、何故自分に報告するのか。犯人だと思わないなら何もしなくていいだろうに。


 龍騎が疑問を口にする前に琉斗が口を開いた。


「でも、刀みたいのを持ってる傭兵さんで……漠然とした言い方になるけど、お父さんに似てて、そんな危ない人には見えなかったんだ。お父さんたちからしたら多分、知ってないと怖い人、だよね」


「……そうだな、この国で把握しきれてない傭兵は居てほしくない」


 考え事をするように少し頭上を見てから龍騎はため息をつく。


「とりあえず報告ありがとう。警兵には俺から言っておくから、琉斗は帰りな」


「うん、仕事中にごめんね」


「気にするなって。今はそこまで急を要してるわけでも無い。休憩時間であれば見学ってことで来てもらって良い」


 冗談に聞こえたのか、琉斗は笑って立ち上がる。またね。


 息子の姿を見送らず、顎に手を添えて考えていた。


 管轄外の傭兵について、上司に報告すべきか。


 不思議と、息子を疑いその傭兵が警兵の手をわずらわせている人間とは思えなかった。ただ、この国で覚えのない傭兵というのは少し思わしくない。


 警兵に報告する前に確認だけしてしまおう。


 自分のデスク横にまとめた分厚いファイルの一つを取り出して来客用の広いテーブルに中の紙を広げた。


 ひとりひとりの情報がまとめられた紙一枚一枚。中でも名前の部分に取り消し線を入れていないものだけを取り出してまとめる。


 外見、武器、目的、滞在期間、滞在場所。ぺらりぺらりと捲っていくも黒の長髪に黒の瞳、長髪は変わっていてもおかしくないが黒髪に黒の瞳という時点で人は大分絞られる。


 琉斗が言うように警兵の目撃情報も重ねるならば黒のマント、だろうか。


 全く同じという人は居ないが、似た人間を当たるか。傭兵内で話になっているかもしれない。


 何枚かの書類をまとめて鞄に詰め込む。


 傭兵には嫌われているからあまり関わりたくなかったが、仕事だ仕事。


 軽く頭を振って外へ向かう。


 傭兵にアタリが居なければ、琉斗の言っていた公園へ向かおうか。


 何事もなければいい、なんて、やっぱり叶わない願いなんだろうな。


 当たらなくていい時に限って、彼の予感は当たる。

 

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