第27話 はじめまして ※キャラコラボ

※友人宅キャラとのコラボ(以降キャラコラボ)※


 大きな塊が目の前の大きな泉に落ちてきた。質量を持った人間の十倍以上の大きさを持つ白い体は泉に飲み込まれて大きな水柱を立てた。


 近くで水柱が立ったところを見ていたが、水柱が落ち着いたところで池に落ちた白いモノが頭を水から出した。底まで到達したのか泥でところどころ汚れてはいるが淀みのない白い皮膚がよく見える。あの種は鱗で覆われていると思っていたが、この付近にはそうではないモノが生息しているのか。


 泉の近くで体を休めていた男は跳ねた水から体を守るように肩にかけたマントを寄せる。


 泉の真ん中あたりで落ちてきたモノは体よりも大きな翼を泉から引き上げるとゆっくりと男の居る岸へと向かう。足下の水へと向けていた視線をおもむろに上げて気付く。


 黒い知らない男が居た。あの人と同じ留め方をした黒い髪の毛。肩から下を隠す黒い布。細められた黒の瞳が自分を見ていた。腰に下げた長い何かを見付けて、マズイと思った。


 アレは傷つけるモノ。あの人が持つ槍に同じ、大事な何かを奪うモノだ。


 人間の持つ武器を見つけたらすぐに空へ逃げること。長老から重々言いつけられている決め事のひとつ。


 白の大きな翼を泉の上で大きく動かす。風と共に吹き付ける水しぶきに男が片手で顔をかばう。逃げなきゃ。そう思って泉の上から脚が出たのを合図に思い切り空を叩いて方向転換した。


 思い切り動きすぎて、尻尾まで気が回らなかった。


 勢い良く回転して遠心力を持った人間の何倍も固い皮膚と筋肉を付けたしなやかで白い、彼女の何よりの自慢の尻尾が何かに当たって何かを弾き飛ばした。


 背後で聞こえた人間の痛そうな声に、思わず頭を向けた。


 泉の岸に立っていたはずの人が寝転がっている。振り切った尻尾が見える。


 やってしまった。尻尾の先辺りにビリビリとした感覚があるということは自分の尻尾が黒い男を弾き飛ばしてしまった。決して直接的に人間に力を奮うな、人間は竜よりずっとずっと弱いから。父親の言葉を思い出した。


 死んでしまった?


 翼をたたんで再び泉に体を戻した。男は体を起こさないが腕が動いているからきっと生きている。泉の底に脚を付けて一歩一歩、ゆっくりと近づくと男がよく見える。髪にマントにズボン、黒の多い人間。髪の結びと長さがあの人によく似ている。


 泥のついたままの顔を少し近づけると目の前で男が両手を地面について体を起こした。開いた黒と視線が絡みあった。


 手を伸ばされて思わず脚を引こうとした。けれど泉の底にある泥はそのまま竜の脚を掴み取った。バランスを崩した竜の大きな白い体が背中から水の中に沈む。再び天を貫くような水柱が上がって体を起こした男は痛む腹を押さえながら笑った。知っている種の他の者よりずっとずっと幼く可愛らしい。


 竜は水の中で器用に体を反転させるともう一度男へ向き直った。


 ごとん。土の上に何かが落ちて音を立てた。それは男が持っていた竜にとって恐怖の対象、大事なものを奪う武器。


「これが怖いんだろう?」


 竜は未だ人間の言葉を理解することが出来ないため彼が何を言っているかは分からないが、声の調子から怒っていたり悲しんでいたりつらく思っていないことは分かる。父親が菓子をくれる時と同じ声だった。


 わざと落とした武器から離れた男がその場に座ってマントを両手で力強く絞った。出てきた水滴を叩いて飛ばし、胡座をかいた膝の上に乗せる。


 竜はジッと男を見ている。似ているようだが全く似ていない。


 男の体は大丈夫だろうか。思い切り弾いてしまったがしゃべっているということは大丈夫なのだろうか。急にぱったりと倒れて死んでしまったりしないだろうか。今からでもあの人を探して呼んだ方が良いのだろうか。


 男は自分を見たまま座っている。武器は手元から離れた場所にある。けれど、信用してはいけない。信用しては、いけないのか。


「……おいで」


 不意に男がマントを片手にかけて差し出した。


 呼ばれている。怖くない声。優しい声。


 恐る恐る一歩を踏み出してみるが男は動かず手を伸ばしたまま自分を待っている。自分の顔が相手に触れられる距離まで近づいた。そうしてもう一歩を踏み出すと男が手に持った黒いマントを顔に当てて横に動かす。


 マントと自分の体の間でざりざりと細かい何かが擦れる。濡れた砂が付いていたのだろうか。父親がしてくれるように優しく拭われるのがどうにも心地よく、目を細めた。


「お前、親はどうした……?」


 泥のついた顔を拭ってやりながら白い体に問いかけてやるも相手は青の目を細めて喜ぶだけ。


 これだけヤンチャだということは子供に間違いないだろうが、泉の近くに来てからドラゴンが空を飛ぶような音を聞いていない。群れからはぐれたのか追い出されたのか。


――りんご。


 遠くから男が果物の名前を呼ぶ声が聞こえたかと思うと白の頭が思い出したように離れて後方の森を見やった。


 何度も同じ声が聞こえ、白のドラゴンは目一杯口を開くと声を返した。鳥の雛のように甲高い声は呼んだ相手にも聞こえたのか、聞こえていた男の声は聞こえなくなり、代わりに誰かが足早に近付いてくる音が聞こえてくる。


 親代わりか。男の問いかけに白いドラゴンは振り向き笑って応えた。


 ばしゃばしゃと水しぶきをあげて泉の反対側の岸に走り寄ると森の中に赤色が混ざって見え、嬉しくなって大きな声で呼んだ。お父さん。


 父と呼ばれた人間は白の頭の前まで駆け寄るとそのまま両手で白の鼻面を叩く。


「この、馬鹿りんご! 飛ぶ時は背中に人がいることを意識しろって何度言ったら覚えるんだ! 慌てて自分まで落ちやがって。散歩だとは言ったが訓練でもあると何度言えば――。どうした、何を気にしてる?」


 父に触れられたことで拭われたことを思い出し、背後を振り返ったが泉の向こう側には誰も居ない。黒い人が居たはずなのだ。自分の顔を拭ってくれた人。


 あの場所に人が居て、黒いに布で顔を拭ってくれたんだ。


 そう伝えようとして父親を見た。父親は誰かがいた事には気付いてくれたがそれだけだった。


「……こんな人も住んでない、道もほとんど無い場所に人か?」


 疑う父親を鼻先で小突いた。


「いや別に疑ってるとかじゃなくて……いや、疑ってる。嘘じゃないなら、妙に腕の立つ人が居るってことだろ?」


 そのまま頭を擦りつけると癖になっているのか額を撫でてくれる。先ほどの男がしてくれたのと同じ感覚にもっともっと、と頭を押し付けると強い力で押し戻される。


「戻るぞ。帰りに遥の居るところに寄ろうか」


 そう言う父親がどことなく神妙で嫌そうな顔をしていることに気付いて目を細めると気にしなくていいと軽く頭を叩かれる。


 優しい、優しい。


 黒の人やお父さんのように優しい人が増えたら良いのに。


 ようやく泉から体を出して翼を大きくはためかせる。背中に乗った父親の重みを感じながら、地上に目を向け、辺りを慎重に見回しながらいつもの寝床へと帰った。


 黒い人は、残念ながら見つからなかった。

 

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