第22話 子供らしさ

 

 偶然、面倒だと思っていた仕事が早く片付いた彼、龍騎は仕事場から学校への最短の道を歩いていた。いつもの堅苦しい騎士服からラフな焦げ茶色のパーカーに身を包み、武器も置いて息子たちの迎えに行く。普通の親のように迎えに行くのはこれが初めてだ。


 否が応でも心が踊る。と、同時に少し不安だった。


 息子たちは同年代の子供達と上手くやれているのだろうか。思い返せば息子である琉斗は一度クラスメイトとケンカをして帰ってきたことがある。どちらも大したことがなく、騒ぎも簡単に収めることができたから気にしていなかったがアレはただ子供のケンカで片付けてよかったものだったのか。


 イジメとかだったらどうしよう。


 自分の妻以外にイジメらしい事をされたことがない。経験がないから子供がされるようなイジメが分からない。学校であれば飛行中の竜から落とされたりといった命にかかわることはされないだろう。だが、工作用の刃物を持ちだされたりするのだろうか。いや、以前に息子が負った傷は明らかに殴られたか物を当てられたあざだったが、どうだったのだろうか。


 そもそも普通、あの年の子供は喧嘩をするのだろうか。教師から呼び出されたのは相手方の親の立場が高いからと聞いていたがそうでなければ呼び出されないほどに当たり前のことなのだろうか。それとも異常事態だったのだろうか。


 学校を変えるのは面倒だが色々とあってからでは遅い。いや、子供のことにここまで親がでしゃばって良いものだろうか。


 龍騎の頭の中を妙な考えばかりがぐるぐるグルグルと回っては消え、回っては新たに浮かんだ。


「りゅうき、へんな顔」


 ふと、視線を下ろすと白い頭と金色の瞳が視界に入った。


 迎えに行く先に居るはずの子供、みこだった。


「人の顔を変な顔とか言うな。学校終わったのか、琉斗は?」


「るとなら今あっちでケンカしてるよ?」


 思わず聞き返した。琉斗なら、ケンカしてる?


 いつから琉斗はそんな手が出るのが早い子になったのだろうか。ああ、まさかとは思うが家の姿とは別に学校ではよく喧嘩をする子として有名になっているのか。家のストレスを外にぶつけてしまっているのか。


 だとしたら悪いのはこちらだ。龍騎は眉根を寄せた。


 朝食はもちろんのこと、洗濯物に始まり掃除や買い物。家計簿はつけてほしいと言った覚えが無いがいつの間にかつけていた。今も続いているらしい。


 明らかに親のやることだ。まだ十代の子供に任せるようなことじゃない。そのストレスがたまりにたまっているのだろうか。


 殴った相手の親に謝りに行くことが嫌ではない。面倒ではあるが不必要だと思うほどではない。


 みこの片手を強めに握り、龍騎は琉斗がケンカをしているという場所へ向かった。願わくば琉斗が怪我をしていませんように、欲を言えば勝っていますように。まるで遥みたいな考え方じゃないか、違う、願わくば何もありませんように。


 龍騎の考えはいつだって。


 叶うことはない。


 

 聞こえてきた怒号は間違うこと無く琉斗の物であり、その怒号の途切れ方は誰かに遮られたからだ。


 人通りも少なくない大きな道の真中で少年たちは言い争っているようだった。一人は殴られたのか倒れ、一人は無傷だが倒れている少年よりも顔を歪めている。どちらが琉斗でも嫌だった。


 足を止めた龍騎の手を、みこが引く。ね? ケンカしてたでしょ? 無邪気な言葉に返事をすることが出来ない。


 倒れた少年は殴られた頬を片手で支えながら立ち上がる。特徴的とも言える彼女と同じ青い髪。琉斗だった。


「だってそうだよ。君には家に居てくれるお母さんが居て、一緒に遊んでくれるお父さんが居る。そんなの、贅沢だよ」


 嫌に静かな諦めたような少年の声に、彼は思わず目を反らした。


「ズルいよ、代わって欲しいと思うのは僕の方なのに。いっぱい普通を持ってるのは君なのに」


 どこまでも冷静な彼の声はもう一人の少年の恐怖を煽った。琉斗を殴ったであろう少年は気持ち悪いんだ、と暴言を最後に彼へ吐き付けて走り去った。途中で転んでもその痛みよりも逃げ出すことを優先するほどに急いでいた。


 野次馬のように集まる大人たちの壁の向こうで龍騎はみこの片手を掴んだまま固まっている。早く行こうよ。急かす彼女の手を放し、彼はようやく笑っている顔を作ることが出来た。


「みこは琉斗と帰ってきてくれるか? 俺、仕事思い出しちゃったから、ゴメンな」


 仕事など無い。すべて終わらせてここに居る。


 笑みを浮かべて頷いたみこの背中を見送り、龍騎は彼らに背を向けて歩いた。


 普通か。感慨深く呟いてみても龍騎には普通がどんなものなのか理解できない。経験して居ないものを理解するのは難しい。


 どうしたものか。片手を空へと伸ばすと計ったかのように雨粒が落ちる。洗濯物が頭の中を通り過ぎ、息子が慌てて取り込む映像が用意に想像できた。


 彼にはこれが普通なのか、そうでないのかも分からない。


 どうしようもない葛藤を抱えて歩いていた。強くなる雨足から逃れるようにパーカーのフードをかぶった。視界がどうにも、暗かった。


 

 琉斗は突然の雨に慌ててみこと帰路につき、二人で協力して洗濯物を屋内に取り込んでいた。結局洗濯物は乾き切らなくて仕方なく屋内に干している。


 明日には晴れそうだから、そうしたらまた外に出そうか。みこは面倒だと言いながらも頷いた。


 夕飯をどうしようかと思っていると遥が帰宅する。帰宅と同時にみこが彼女に飛びかかっていき返り討ちに遭う。そうして遥は首を傾げていた。


「龍騎はまだ帰ってないの? アイツ昼から休みにして帰ったんだけど」


 負けじと飛びかかるみこが羽交い締めにされながらも問いに答えた。


「りゅうきはるとのケンカ見ておしごとに行ったよ」


 みこの言葉に驚いたのは遥よりも琉斗だった。


 ケンカというようなものではなかったけれど、見られていたのかもしれない。聞いていたのかもしれない。


 すがるような琉斗の視線に遥は眉間にしわをつくった。


「琉斗はご飯作ってて」


「お母さん、僕も……」


「いい。外も暗くなるし、多分琉斗たちが入れないような店に逃げてるだろうから。夜まで帰ってこなかったら先に食べてなさい」


 みこを家の中に押し返し、遥は帰ってきた服のまますぐにまた玄関を出て行ってしまった。


 この日、夜まで待っていたが遥も、龍騎も帰って来ることはなく琉斗は久しぶりに両親の居ない家で眠って夜を明かした。

 

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