第21話 彼女の学校生活

 

 彼女にとって学校とは子供の集まる場所であり、集会所のようなものだった。ただ違うのは皆が同列に机を並べ、大人に教えてもらっていること。誰か一人が贔屓されて優遇されるということが目立ってはなく、平和に、ただ学ぶだけの場所。


 彼女の持つ白と金は学校でも珍しく、イジメと呼ばれるものの対象となりやすいらしい。彼女はもちろんそんなことなど知らない。加えて興味がなかった。


 彼女は勉学の内容とセンセイと呼ばれる大人たちにとても興味を持っていた。だからこそ成績は良くなる、そうなるはずだった。


 今日も今日とて彼女、みこは興味のないテストから逃げて一人学校探索へと繰り出していた。こんなことを繰り返していると必然的に成績は下がっていく。親代わりの保護者に成績が届く時期はまだ先だが、どんな反応をされるのかは目に見えている。


 だが彼女にとってそんなことはどうでもよいことだ。特に今彼女は目の前の楽しみを追いかけることに忙しい。


 ひらりと羽を遊ばせる青色の蝶を追いかけ、校庭近くの小さな花壇の中に入った。


「ああ、花壇に入っちゃ駄目だよみこちゃん」


 花壇の花など眼中に無く可憐に咲く花々を踏み潰し蝶を追いかけ続ける彼女の名を呼ぶ男の声。振り向いた少女の視界に映る猫背の男。保健室という妙な匂いのする部屋の中で教師が着ていたようなゆったりとした丈の長い白い服を身につけているその男は花壇の端にしゃがみこんでニコリと笑う。


 灰色の髪の中に覗く赤い瞳が印象的な中年男性は花壇の中、踏み荒らされた花の花弁を片手で掬い上げる。


「みこちゃん、これなーんだ」


 土に汚れた花弁をチラつかせる。


 みこは首を傾げる。おはなのかけら。当たり前のことを答えるように素っ気なく言い放ち、辺りを見渡した。青い蝶々はもう見えなくなっていた。


 残念、面白いものが無くなっちゃった。


 へらりと笑った彼女は男の存在すらも無視するように校舎に背を向けて歩き始める。テストを続ける教室に戻るつもりも見知らぬ男と話をするつもりもない。


「ふふ、なるほど。龍騎が手を焼くわけだね」


 つぶやかれた名前に思わず振り返ると白衣に土を付けた男が片手で花弁だったものをいじり、笑っていた。


「改めて。はじめまして、みこちゃん。君の保護者二人のお世話をさせられてます、警兵の鷹也(ようや)です」


 よろしくね。差し出された大きな手に、自分のポケットの中にしまいこんでいた石を置いた。


 綺麗な石、拾ったからあげる。


 みこの言葉に鷹也は笑った。手を焼くどころの話では無いのかもしれない。笑みを浮かべる彼女がプレゼントを渡してきたのは警戒を解いたからなのかただ興味が湧いたのかは彼にも分からない。


 彼女は立ち上がる鷹也をじっと見つめている。みこから渡された石を白衣のポケットにしまいこめば彼女は笑みを深くした。


 この石は親交の証か、保護者二人を頼むという意味なのか。少女に笑い返した。


 授業は無いのかな。鷹也の問いには答えず少女は彼を挟んだ向こう側。外と学校を隔てるフェンスを見詰めた。振り返れば視界に入る黒の礼装に身を包む髪の毛すらも整えた完璧ともいえる格好をした男性が歩いて行く。


 ああいう人が好みなのか。そう聞こうと少女に向き直ると思った場所に少女は居らず、手も触れられる間近な位置に彼女は並びフェンスの向こう側を表情無く見つめている。


「変なの。最近近くに居るんだよ。琉斗の喧嘩からずっと」


 一歩、退いた足を引き戻して彼は再度フェンスを見た。礼装の男は既に見える範囲から居なくなっていた。みこは校舎に向けて足を向ける。


「たかのおじさん、ばいばい!」


 また目を離した隙に。片手に摘んだままの花弁を地面の上に落とした。花を散らすことの無残さを説教するつもりだったが彼女独特のペースに負けた。


 今から後ろ姿を追って走り出せば簡単にその肩をつかむことも出来る。だが、そこまでする義理はない。知り合いの保護する子であるというだけで自分の仕事を疎かにするわけにはいかない。


 フェンスの向こう側を見詰め、鷹也は白衣のポケットに両手を入れた。指先に当たった固いものに思わず笑ってしまう。


 取り出されたのはなんてことはない丸い小石。この辺りに丸石の砂利は見当たらないからきっと川原辺りで拾ってきたのだろう。


 まるでどこかの誰かさんのような石だ。


 青い空へ軽く石を投げ、落ちてきたそれを掴む。


 面白いものをたくさん見つけた。


「鷹也様、こちらにいらっしゃったのですね。お探しの資料をお持ちいたしました」


 不意に背後から歩み寄ってきたの喪服姿の男が差し出した茶封筒を振り返りもせずに受け取った彼はそのまま両手を空へと伸ばした。


「うん、ありがとう。さあ、帰ってもう一仕事だね」


「珍しい。日が落ちるまで仕事をなさるおつもりですか」


「憎き騎士団なんかに負けてられないでしょ?」


「……そのとおりでございます」


 幸いにも今日は青天。鷹也に言わせれば最適のデスクワーク日和。


 白衣と黒服は並んでフェンスの向こう側へと歩いて行った。

 

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