第10話 秘祭2

 お祭の二日前になった。


 今日もお昼ご飯を美味しく頂いた少女は外を駆け回っていた。昨日、陽が落ちてから社に戻ったらいつもの男の人がひどく心配そうにしていた。今日は早めに帰ろう。


 少女は真っ直ぐに社の裏へ向かっていく。今日も今日とて、きっと居るであろう男に会ってみたい。自分に外の世界の話をしてくれると約束した男の話を聞きたい。


「こんにちは、お嬢さん」


 男は昨日と同じ姿で、同じように顔を隠したまま神木の隣に立っていた。


 少女は満面の笑みを浮かべ挨拶を返すと間髪入れずに外の話を聞かせて欲しいと詰め寄る。少女に服を強く掴まれ、苦笑いする。焦らなくても大丈夫。旅人は存外暇だから。


 座るよう促され、少女はその場で砂の上にペタリと座って男を見上げる。


 まさかその場に座ると思っていなかった男は一度謝ると少女の手を引いて立ち上がらせる。巫女服の緋袴(ひばかま)に付いた砂を払う。不思議そうな少女へ地面へ座っては駄目だと言っても、やはり少女は首を傾げるだけだった。


 言うだけ無駄か。


 男は少女と会った時のように神木へ背中を預けると胡座をかいた自分の膝を叩く。ここへ座れと示したつもりだが、少女は意味を理解できず叩かれた男の足に両手を置いた。


 思わず吹き笑うと少女は意味が分からずともつられて笑う。


「遊んでないで、おいで」


 腰を掴まれ背を男へ預ける形で男の膝の上に座る。


「冷たくない」

「はは、そりゃ人間だからな。さて、何の話をしようか」


 後ろから少女の白髪を撫で、自分の中で面白い少女にとって外の世界に当たる話を語り始める。


 社の外で猛威を振るう魔物の話。魔物と戦う組織の話。国をまとめ上げる国王の話。国王に仕える臣下と、騎士団の話。


 特に騎士団の話は少女の興味を引いた。


 竜に乗って戦う騎士、地上で闘う騎士、魔法を使う人たち。


 男は色々な騎士の話を少女へ語った。


 少女は気になることがあれば話の途中であっても男へ質問し、男もまた気を害すことなく質問に答えながら話を続ける。


 陽がわずかに傾き始めると少女はおもむろに立ち上がる。


「今日は帰る!」


 話している途中でそう言われ、男は笑う。


「中々自分中心な子だね、良いよ。祭も明後日に迫ってる。ただそうだね、おまじないをかけてあげる」


 時間はかからないから、おいで。


 無邪気に近寄ってくる少女の頬を撫で、前髪を分けてやる。自分の頭に乗っている笠を除け、額を合わせる。


「―――」


 少女の知らない言葉で何かを囁かれる。


 途端に少女の体から力が抜け、少女の体は崩れ落ちる。地面へ倒れていく体を抱き止め、膝裏に手を差し込んで抱き上げる。


 笠に隠れていない男は何の感情も浮かべず、ただ手の中で眠る少女を見下ろす。


「もしこれで奴らが日程を変えることなく秘祭を行うってんなら救いようがねえな」


 社から聞こえ始める何人もの男の声。


 腕の中で荒く息をする少女を神木の根元へ寝かす。彼女を探す男たちの声が近寄ってくる。


 見つかる前に地を蹴り、神木の枝を掴んで上へと登る。木の幹に手を置いてバランスを取りながら少女の眠る地面を見やる。


 黒のフードに顔を隠す人たち。フードは空に向かって尖り、顔を出す部分は影で黒く染まっている。顔を見せない決まりでもあるのか、少女を取り巻く五人は全員フードで顔を隠している。


 他人のことを言えた身ではないが、気持ち悪い集団だ。


 黒フードは少女を抱えると社へと帰っていく。


 昨日より人数が増えているのは警戒の為か、それとも準備をしているのか。


 木の枝に足を置いたまま男は顎に手を当てる。


 どのみち、あの少女にかけた熱は普通の方法では治せない。明日、少女の体調が回復していれば強行手段を取るしかない。そうなれば少女の身にも危険がある。


 笠をぱたぱたと動かし苦笑をこぼす。


「計画変更だな」


 黒フードの居なくなった地面に下りた男は少女の連れて行かれた社の入口とは逆。社の裏に広がる鬱蒼とした森の中へと足を進める。


 しばらく歩けば森は終わり、開けた土地に出る。


「計画変更するぞ。飛ぶのは秘祭の前だ。ついでに巫女はもらってく」


 男の声に、草地に眠る何かがぐるる、と唸りを返す。


 唸り返した何かが頭を地面に置いて目を閉じる。それを確認した男は振り返りやしろのある方向を見やる。


 無邪気な少女が脳裏をよぎる。無邪気すぎる、何も知らない少女。知識のない力は利用しやすい。少し近づいて優しい言葉をかけてやれば良いのだから。


 ふふ。


 男は口元を隠して笑う。



 潜伏二日目が、終わった。

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