第3話 さむい日
吐き出した呼気が白い蒸気となって空へ昇り、すぐに溶けて消える。
浅く雪の積もった道を並んで歩いていた。
男は黒のマフラーに黒のダッフルコートを着て、両手に厚い手袋をはめている。ズボンの口もゴムで閉じられ、熱を逃さないようになっている。対して隣を歩く女性はハイネックのシャツに少々厚手のジャケットを羽織っているだけ。ズボンも足首が見える丈で中の肌色が外を覗く。
見るからに寒そうな格好の女性は両手をすり合わせ、暖かな呼気を吹きかける。
さむい。
女性の言葉に男はため息を返す。寒いのはわかっていたことなのだからコートを着て来たら良かっただろう。女性は男の言葉を一切意に介さずただ、さむいと繰り返す。
さむい。
一歩進むごとに一度言っているのではないだろうかと思えるペースで彼女はさむいという。
いい加減聞き飽きた男がため息をつき、足を止める。三歩ほど男の前を歩き女性も足を止めて後ろを振り返った。
男は自分の首にかけていたマフラーを取ると女性の首にふわりとかける。幾重にも重ねるように、首をきつく締めることが無いように。
長いマフラーの余った部分で緩く結び目をつければ女性の首元は暖かさに覆われる。
代わりに寒々しく首筋を晒す男を見上げ、女性は首を傾げる。マフラーを渡してしまえば男が寒くなるだろう。
男は常々、自分は寒がりなのだと言う。今日も耳あてを忘れて気分が落ち込んでいるのだと言っていた。
彼は白い呼気をわずかに吹き出すと笑った。目を細め、呆れたように、優しげに。このままだと隣の人間が凍えて死んでしまいそうだから自分は我慢をしよう。手袋もあることだし。
女性の青い髪に触れ、男は再度歩き始める。
隣に並んだ男と歩調を合わせ、女性も歩き始める。
さむいなあ。
寒がりな男のこぼした一言を暖かい何かが遮った。黒いそれは男の首にかかると女性の手で少しきつく結ばれる。
女性の首と男の首を結ぶマフラーは二人の体温で暖かく、男は自分の首元に巻かれたそれに手を当てて笑った。
首絞まってるんだけど。
女性も、笑い返した。
わざとだから大丈夫。
男はまた困ったように笑い、女性の手を取った。
見ているだけで寒そうだから。自然な動作で手を取ったにも関わらず男は女性を見ないように虚空へと視線をさまよわせる。
恥ずかしいの? 女性の直球な言葉を無視してただ繋いだ手を少し強く握った。痛いよ。女性の言葉に男が視線を向けないままで、ただ笑った。
帰路を歩いていく二人の背後では、足跡が増えていく。離れているものが少しずつ近づいていく。
やがて足跡は重なり、ひとつの家に入っていく。
「ただいま」
家の中から両親を迎える、少年の声が聞こえた。
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