第十話  覚悟の有無と治療。

 ラリクスとクルルスの二人は、リリアに勧められ席に着く。クライフォードも適当に椅子を引き、リリアもどっかり椅子に座る。

「さてと。海精について話をする前に、だ。…少年よ。そしてお嬢さん。あんたらの名前を教えてくれないかい?」

 

 まっすぐ目を見て言うリリアに、ラリクスとクルルスはほぼ即答で答えた。

「九つ諸島出身、陸上人ランディアのラリクスです」

「クライフォードの元傭兵仲間の、海廻人シーアナのクルルスよ。よろしく」


 するとリリアは二人の自己紹介に驚き、目を見開いた。

 

「あんな辺境からここまで来たんかい?ラリクス。ご苦労なこって。お嬢ちゃんだが……〈クライフォード傭兵団〉元構成員、海廻人シーアナのクルルスって言ったら…もしや、あの〈天災〉かい?」


 面白い物を見たと言わんばかりの表情でリリアは、クルルスを食い入るように見つめる。

 そんなリリアに若干引きながらも、引き攣った表情でクルルスは頷いた。

「そ、そうだけど…何か?」


「っはっはははは。いやぁ、何もないさ。ただうちの馬鹿弟子と仲良く馬鹿やってたんだなぁと思っただけさね。縁っていうのは案外馬鹿になんないもんだねぇ。―新聞で見た時は腹抱えて笑ったよ。30年前とはいえ新聞一面大見出しだよ?随分大物になったもんだって思うと可笑しくて可笑しくて」


「ちょ、おい。止めてくれよ!若気の至りって奴なんだよ。もう忘れてくれ」

「ちょ、あの。あれは違うの!ちょっとヤンチャしただけ。深い意味はないの」


 と息ピッタリに仲良く弁明するクルルスとクライフォード。

 そんな二人にの様子に爆笑するリリアと、苦し気なラリクス。ラリクスは何処か胸が締め付けられるような痛みを感じた。


「っはっはははは。そんな仲良く否定しなくたっていいだろうに。―さて。お遊びはここ迄にして、と。ラリクスとクルルスちゃんは〈海渡り〉がしたいんだって?どうしてだい?理由を話しとくれ。…分かっとると思うが海は、生半可な覚悟しかない奴に渡れる程甘くない。―船乗りを惑わし隙をを見せたら死に誘おうとする怖い場所だ」


 真剣な、心の奥底を見透かすような眼差しに、ラリクスが己が胸の内を明かした。

 心の奥底にある冒険をしたいという切なる思い。そして、世界に名を馳せる船乗りたちに対する強い憧れ。

 そして何よりも、自身が冒険に出たいと、そも激情にかられるようになったきかっけともいえる一つの目標を。


「元々僕の居た九つ諸島は活気がなく、みんなその日その日を大した目的もなくただ生きているだけだった。だけど僕はそんな退屈な日々が嫌で、海が好きで、時折島にやってくる海魚人カイアナさんたちが話してくれる海賊とか海の冒険譚に憧れてたんです。他の海で猛威を振るうと云う海賊みたいに自由に海を冒険してみたい。―自分だけの冒険をしたいんです。そして見つけたい。あの伝説の海、虹色の海パンゲアを」


 ラリクスの秘めてる思いに、クルルスは感動を、クライフォードは感心を、そしてリリアは胸を躍らせた。

 ラリクスの言う虹色の海パンゲアとは17ある全ての海の気候や特色を兼ね備えるという船乗りに伝わる伝説の海だ。

 何時の世も、世界中の船乗りたちが、幾度となく探し求め、海流連合シーア・ラスタも何度か重い腰を上げ調査したがついぞ見つけることが出来なかった。―そんな海を探し求める為に海に出たいと。冒険をしたいとラリクスは言ったのだ。


 常人が聞いたら、嘲笑するであろう、それにリリアは胸を躍らせる。

 懐かしい者を見たような感慨深い、温かみのある優しい眼差しでリリアはラリクスを見つめる。


「―はっはっは。成程成程。…懐かしいねぇ。昔を思い出すよ。ちょっと処世術と、古代文字を教えてやった鼻たれの小僧も、同じような事を言っていたもんさぁ」

 眦に溜まった涙を拭き取りながら、リリアは呟く。


「…誰にも出来ない事を成し遂げる奴は、突拍子のない事を言うもんさ。そんで笑われて、最後に大きな夢を人々に与える。…あの小僧もそうだったね。かっこいい生き様だったさ。―そうかぁ、虹色の海パンゲアを見つけたい、かい。『漢ってのは夢を見る生き物だ、夢を追わねば漢じゃない』」


 そう言うとリリアは、真っすぐラリクスを見つめた。


「まあ元々〈覚醒者〉であるあんたには要らん問い掛けだったんだがねぇ」

「…〈覚醒者〉?」

 聞きなれない単語に、ラリクスは首を傾げる。

「―ん?ああ。知らなくて当然さね。超位種族以外で王覇術を会得した存在の事さ。超位種族でないのに,海流万力シーアナ・カルナ、ようするに万力カルナに愛され、5種全部を会得した者を〈解脱者〉、そして5種全部を極めた化け物を〈英雄〉って呼ぶんさ。知万力技ピア・カルナマラを若干齧ったからねぇ。同じ〈覚醒者〉くらいは嗅ぎ分けられる」

 そしてリリアは真剣な目付きで、ラリクスを

「…覚悟も十分決まってるみたいだね。夢を追うと言うのならそれ以外に言葉は要らない。―海精との契約方法を教えてあげよう」



 ラリクスが口を開こうとした、その瞬間に。―扉が敲かれた。

 そして、顔を布で隠す、黒服の長身の何かが、淹れたての茶が載せられた台車を押し入ってきた。

 淡い光、万力カルナに覆われている事から察するに海精の類だろうとラリクスは当たりを付ける。

 だが、目の前のセノルから滲み出す気配は、先日見たクライフォードを彷彿させるが何処か違う。

 クライフォードが獲物を前にした猛禽類ならば、目の前の海精は、凪だ。

 一切の揺らめきも無く、底が知れない。計り知れない程の実力者であるという事は分かった。

 成程、どうやら眼前の上位海精はかなり強いらしい。


「ご主人様、お客様の分の紅茶ご用意いたしました」

「丁度いい所に来たね、セノル。配ってあげな」

「御意に」


 必要最低限の言葉しか発しない寡黙な海精なようだ。耳当たりのいい渋い声は、聞いていて不快感を与えない。

「クライフォード様、―クルルス様、海廻人シーアナに茶を淹れる機会に恵まれるとは光栄の至り。――?失礼ですが体内の海精がおかしい、狂精病ですかな?ラリクス様」


 と一人一人丁寧、茶を手渡すセノルであったが、ラリクスの体内の異変を感じ取り、本人に確認を取る。

 その言葉に、クライフオードとクルルスは、慌ててラリクスを凝視する。

 クライフォードは目の周りに意識を集中させる。

 すると、ぼんやりだが視界が白くなり、ラリクスが靄に包まれたように視える。そしてラリクスの体の中を幾つもの光る筋が走っているのがよく見えた。

 これがラリクスの体内を流れる下位海精だ。今はそれが不規則に脈打ち、不規則に点滅している。

 一目見るだけで、不自然な状態だということが分かった――その瞬間、視界が元に戻り、限界が来たクライフォードは顔を逸し激しく喘ぐ。

 知万力技ピア・カルナマラはら5種ある王覇術の中でもかなり会得するのが難しい、天性の素質を要する技だ。

 よって素質が十分ではないものが使用すると身体に負担が掛かる。


「げほっげほっ。―はぁ。はぁ。本当だァ!乱れてやがる。知万力技ピア・カルナマラは苦手だから、全然気付かなかった」

「な、私としたことが!」


 と焦る二人に対し、リリアとセノル、主従関係にある二人は冷静だ。慌てている気配すら無い。


「あ、そういえば」

 狂精病という単語で、例のぼったくり名医からリリアに渡すようにと渡された、封筒の存在を思い出したラリクスは、懐から封筒を取り出すと、リリアに手渡した。

「リリアさん。これを貴方に渡すようにと」


 リリアは封筒を受け取ると右手を掲げる。セノルはその手にペーパーナイフを恭しく載せる。

 当たり前のようにリリアは受け取ると、封を切り、老眼鏡を掛け読み始める。

 そして、ものの数秒で読み上げたリリアは、それをセノルに渡すと、溜息を深く吐き出した。


「…あんたは凄いねぇ。只者じゃないと分かっていたさ。〈覚醒者〉だとね。―まさか、海王になれる程の逸材だとは……。まるで師匠みたいさね。さぁさ、虹色の海パンゲアを見つけ出す未来の大航海士様に何かあったら大変だ。このリリア・ララインが治療しよう。格安でね」


 別人だと錯覚してしまう程に、纏う雰囲気が変わったリリアは、ラリクスを見つめそう言った。

 その場に居た全員の背筋が思わず伸びてしまう凄まじい気迫だ。

「クライフォードとお嬢ちゃんの二人は決して動くんじゃないよ。音も立てないこと。いいね?」

 疑問系だが異議を認めない口調で、リリアは言う。

 クライフォードとクルルスは頷く事しか出来ない。


「じゃあラリクス。まずは、息を深く吸って、吐くんだよ。落ち着くまで繰り返すんだよ」


 無性に心地良い、従いたくなるような声音で、リリアはラリクスの耳元で囁く。

 ラリクスはリリアに従い落ち着くまで深呼吸を繰り返した。ラリクスが、落ち着いた事を確認するとリリアは、再びラリクスに囁く。


「落ち着いたみたいさね。じゃあ目を閉じて、己が心臓の音に耳を澄ますんだよ。―微かな音を逃すまいと耳を傾けるんだ」

 

 ラリクスは、自分の内側に意識を向ける。そして、神経を研ぎ澄まして、心臓の音に耳を傾ける。

 周囲の音が遠ざかり、心臓の音が微かだが聞こえ始めた。規則正しく、一定の間隔で脈動している。

 ―トクン、トクン、トクン。

 微かに聞こえていた心臓の音が、段々とはっきり聞こえてくる。


〈心臓の音が聴こえたのなら、次は己の体内を巡る血を、万力カルナの流れを感じるんだ〉

 

 自分の体内を流れる血の流れが視え初める・・・・・。血の流れが奏でる音が耳に届き、白い物体や赤い物体が、血管を通り全身へ巡っているのが良く分かる。

 そして、同時に海精が血液と共に全身を巡り万力カルナが隅々まで行き渡るのをラリクスは感じた。

 荒々しく、まるで嵐のような轟音を立てながら血と海精が流れる。

 成程たしかに万力カルナの流れや、海精が乱れているように感じる。ラリクスは、そう思った。


「「――ッ」」


 ラリクスが体内を流れる万力カルナの流れを認識した事により、万力カルナの脈動がより、力強く、はっきりしてきたのを、ラリクス以外の全員が認知した。


 それを見届けるリリアは満足げに頷くと、セノルをちらりと見、右腕を掲げる。セノルは、

「失礼いたします」

 と一礼し、リリアの右手に自身の右手を合わせる。

 セノルの放つ光がより強く輝き、靄のように薄れる。そして、リリアの右腕に纏わりつき、完全に同化した。


「海精術の一つ、『海精纏武装』だよ。それなりの技量がないと出来ない高等な技さ。滅多に、見れるもんじゃない」


 淡く脈打つように点滅する右腕を、リリアはラリクスの心臓に重ねた。


〈―力を抜いて。受け入れるんだよ。恐れていけない。あるがままに、最初からそうであるように。拒まないで、受け止めるんだ〉


 ラリクスが力を抜いた途端、万力カルナの熱い奔流がラリクスの体内に流れ込んで来た。ラリクスと違い規則正しくも猛々しい奔流がラリクスの全身へと行き渡る。


〈―流れに身を合わせるんだ。激流に身を任せながらも力強く泳ぐ魚のように。信じるんだ。嵐の中を己の本能に従い進む渡り鳥のように。正解は体が知っている。あんたはただ、自分が正解だと思うようにやればいい〉


 奔流を既に感じ取っていたラリクスは、只管にそれに意識を委ねていた。流れに身を委ねつつもそれを制する鳥のように。

 するとどうだろう。不規則に乱れ流れていたラリクスの激流が、少しずつ鳴りを潜め、一定の感覚の脈動になりつつあるではないか。

 リリアのそれとは違う若干異なるが、それでも、規則性を持ち始めている。

 

 そしてやがて、今迄乱れに乱れ、荒々しく脈動していた万力カルナの流れは、猛々しくも、一定の周期を持つ、規則正しい奔流へと姿を変えた。


 リリアがラリクスから右手を放すと、リリアの腕に纏わり付いていた靄が離れセノルへと変化した。


「これで治療完了だね。さてと、ラリクスを連れ戻さんとね―ッふっ!」

 リリアはラリクスの両肩を強く叩いた。

 その瞬間、一気に音が溢れ、ラリクスの意識が体内から体外へと戻される。


「かはっ。はぁ、はぁ、はぁ。あ、あれ?」

 今迄碌に呼吸してなかった分、必死に肩を震わせ、全身で呼吸をする。

 全身から汗が吹き出るも何処か身体が楽になったラリクスは、霞む目を擦りリリアを見つけ頭を下げる。

「あ、ありがとう、ございました。身体が軽くなりました」

 リリアはその礼に対し、些細な事であるかの如く片手をひらひらと振る。

「なあに。大した事じゃないさ。今回のは、あんたがいきなり力万力技カーナ・カルナマナを使ったもんで海精と万力カルナの流れが変わっただけ。軽度の狂精病で、覚醒者の大半が通る道さ。ほっといても自然と治るもんだった。―あんたの場合は直ぐにでも海に出ると思って治療したけどね。むしろ未来の大航海士に出資が出来たんだ。良いこと尽くしさね」

 と豪語するリリア。


「これで今後、王覇術を使っても狂精病になる事はないよ。今回の治療は出世払いで頼むよ」

 硬めを閉じ、冗談まじりにリリアは言った。


「さてと。色々と脱線しちまったが、海精とこの世界について話そうかね」

 そう言いながら、片手で茶を飲むリリアは美しく、何処か険しい覇気を秘めていて、ラリクスとリリアの姿勢は自然と良くなった。

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