第八話 歓談と謁見。
「ラリクス君はお前が言ってた通り、強かったな。久しぶりに恐怖を感じたぜ」
金色に光り輝く酒、
水を飲むかの如くラッパ飲みだ。
どこか物足りないと言いたげな様子だ。
化け物かよ。クルルスはそう思わなくは無かったが噯にも出さず話を続ける。
「そうでしょう?クルルスはとっても強いのぉ。私なんかよりもねぇ。にしても流石はクライフォードォ、
と言っても既に
クルルスの言葉をクライフォードは、鼻で笑う。
「はっ、世界第二位の酒豪国家を舐めるなよ?俺の国を表すモノっ
クルルスは
「う~ん、秘密かなあ?あんまりいい歳こいたぁ、おっさんが女の子の事を詮索するもんじゃないよぉ。―全く、私が傭兵団抜けてから全然変わってないんだから」
「ああそうだな。俺が遠慮の無い事を言ってお前らに怒られる。そんな毎日だったな。…あと一つ、俺はおっさんじゃねぇぞ。まだまだ若い…筈だ」
「筈って…、ううん。まぁいいや。けど安心したよぉ。クライフォードって全く変わってないんだね」
クルルスがそう言うとクライフォードは自嘲気味な笑みを浮かべた。
「…変わったさ。お前程ではないけどな。この30年色々あったさ。―何せこの俺が13年前に里帰りしたんだからな」
クライフォードの告白のあまりの衝撃に、クルルスの酔いが吹き飛ぶ。
それ程までにクライフォードは祖国を嫌っているのだ。
嫌っているからこそ国を飛び出し傭兵をやっている。クルルスもかつて所属していった、
そんな
翼猊下という地位と、国自体に嫌気がさして、自由を追い求めた結果である。
閑話休題。そんな伝説的傭兵団の団長であるクライフォードは、極端の故郷嫌い出知られている。
そんなクライフォードが里帰りをしたというのだ。驚かずにはいられない。
「里帰りぃぃぃいい!!!???」
「へ?え、え?あんなに国嫌い、国嫌いって言ってたあんたが、アーヴガルムに帰ったの?いつ?どれ位?」
もの凄い取り乱しようである。
今迄の自分の行いが原因とはいえクライフォードは苦笑してしまう。
「―まあ、俺の日頃の行いからしたら当然の反応なのかも知れんが。そんなに驚く事か?ったく団の連中と同じ様な反応をしやがって。―仕方ないだろ。
しかし―、
「議会に命じられたからって従うような珠だっけ?」
クルルスは傭兵団に居た頃のクライフォードを思い浮かべるが、どうしても13翼議会の命令に従う様な人物だとは思えない。
むしろ、だかどうしたと言って無視しそうだ。
きっと何かもっと大きな理由があるに違いない。
クライフォードは苦虫を噛み潰した様な、心底嫌だという表情をする。そして諦めの溜息を吐き出した。
「―
クライフォードの吐き出すような言葉にクルルスは顔を顰めた。
「あちゃー、大翼祖帝の命令かぁ。それじゃ仕方ないね。
大翼祖帝、かつてあったという
そして何よりもクライフォード何ぞ足元にも及ばない戦闘能力を保持していると
「…敵う訳が無ぇよ。王と違って英雄に求められるのはただ一つ。―他者を寄せ付けない種を超越した
不貞腐れたような表情でクライフォードは呟く。
一人の人物として大翼祖帝の事は尊敬しているが、実際に面と向かって対峙するならば話は別だ。
生命としての核が違う事を嫌でも思い知らされる。
如何に強いクライフォードとて英雄の前では竦み上がらずにはいられない。
「…ふ〜ん。で、どうだった?久しぶりの故郷は」
「…昔に比べて随分変ったさ。変わり過ぎなくらいに。―お前が俺たちの下を離れたように、…俺が里帰りをするように、な。だが―俺がどんなに
曖昧な言い様にクルルスはくすりと笑い、グラスを煽る。
「くす、相変わらずだね。その気取った言い方。
クライフォードは押し黙る。眉を顰め不快気な顔になり嘴から威嚇音が漏れ出てしまう。
一発触発の緊張感のある空気の中、クルルスはおどけて話題を変える。
長い付き合いなのであしらい方も熟知している。
クルルスのそれはまるでその道の達人の様に鮮やかで、クライフォードも本気ではなかったので素直に押し黙る。
「ふふ、冗談だよ、冗談。でさ、あいつら今も元気にしてる?」
「ああ。無茶苦茶な。今は皆、この国のどっかに居る筈だ。―お前が抜けてから一悶着あったが元通りわいわいやってるさ」
どこか棘のあるクライフォードの言葉に、クルルスは暗い顔をする。
「…ごめん。勝手に抜けて。―悪かったと思ってる」
クルルスの唐突の懺悔に、クライフォードは噴き出した。
「ふはは、はは。――ふぅ。……お前さんは
その言葉にクルルスは頬を朱色に染める。
クライフォードはそれを面白い見世物か何かの見たように笑う。
そして口を開きかけたが―、何かに気付くとすぐに口を噤んだ。
「―本来ならば何があったのか詳しく聞きたい所だが、そんな時間は無いようだな。本日の主役のお目覚めだ。クルルス、出迎えてやれよ」
そう言いながらクライフォードは後ろを指し示した。
そこには頭を片手で掻く、気だるげな顔をした、一人の少年が立っていた。
起きて間もないらしく、髪はぼさぼさで、欠伸を片手で押さえている。
ラリクスは注目されている事に気付き間が抜けた声を出す。
「ん?どうかしたの、クルルス?」
~~アーヴガルム、首都〈
大小様々な浮遊島が天空に浮かぶ、天空の海全域を領土に持つ、国の中央には大きな島が浮かんでいた。
島の岩盤部や底は蔦で覆われ、大昔に建設されたのであろう、古代遺跡が美しい。
所々朽ち果ててはいるが、厳格な造りをした水晶で作られた城は、日光を複雑に反射して神々しく光り輝いていた。そして所々から顔を覗く植物とも絶妙な調和が取れていた。
この島こそが、アーヴガルムの首都、
水晶で出来た城の周りには、国の中枢機関が集中しており、景観を壊さない様に工夫がされていて、新しいのにも拘らず、まるで遺跡の一部の様な外観をしていた。さる御方の住まう聖域である一本の古樹の名を冠したその島は歴史を感じさせる。
城の内奥、最も美しい、凝った装飾の施された、まるで芸術のような間。
天井は透明な水晶で出来ており空模様を写し、蒼く鈍い壁には天幕が垂れ、最高級の赤い絨毯の上には、鎧を着込んだ
白銀の羽毛と翼を持つ、梟の
何らかの海獣の毛皮と思われる上等な革の服を着ており、頭には鈍く光り輝く王冠を乗せており、手には
アーヴガルムの国家元首、
四芒國の一つと親密な関係にある、大国の主が頭を垂れ来場を待つ存在。
それは―、かなり限られている。
普通であれば
果たしてその人物は如何なる者なのだろうか。
この場において
『海老院、
敬語に敬語を重ねるという言動は本来ならば謗られる行為だが、英雄を相手にするならば話は別だ。
何故ならこれは特定の階級以上の人々に対して使う至高敬語だからだ。
世界に存在する全ての国家や集団が加盟する、世界最大最高の国際機関、
そんな中でも、四芒國と呼ばれる4つの国が、理事を務めるのが四芒星理事会である。
そんな世界最高の合議機関に唯一、意義を唱える事が出来る存在が海老院なのだ。
しかも海老院は五人の種族代表から構成され、
アーヴガルムにおいて、全ての
ガーマルが姿を現した瞬間、否、号令が掛かった瞬間から、部屋は極度の緊張に包まれた。
そして、完全に姿を現した刹那、瀑布の如き重圧が、部屋にいる全員に降り注いだ。5王家の中でも強く、そして知恵のある今代の
白銀に光り輝く、美しい2対の翼を持つ、人型でもない、純粋な梟が、2本の後ろ足で、部屋に入って来た。ただそれだけの行動で阿鼻叫喚の地獄絵図と化してしまう。年を経て、老いていくにつれて、
つまり、2対の翼を無視すれば、完全なる梟であるガーマルは非常に長生きであるという事が分かる。
瞳には長き時を生きた故か、英知を感じさせ大変鋭く、また、立派な翼や嘴は、見る者を威圧してしまう。
ある種の権力者は、瞳に力が宿ると言うが、ガーマルはもはや、対峙すると死を彷彿させる次元にある。
これが本物の英雄、化け物である。誰もが言葉を失う中、
「この度は小生如き下自民が、大翼祖帝御君の御至顔を拝見出来るという、大変な栄誉を賜る機会を
ガーマルは
〈…報告は〉
その場にいる全員に届く、深みのある声が紡がれる。
短いながらも、得体の知れない力を秘めた、その言葉は全員の意識を釘付けにした。誰もが固唾を飲み、新たに紡がれる言葉を待つ。
〈この、老体を動かすに足ると。そう判断するに値する報告は〉
「…クライフォードに匹敵する、猛者が現れました。
〈―ほう。…くくく、成程成程。あの跳ねっ返りが、勘弁願うと言わせる程の傑物か。ここ200年ばかし何も無く退屈であったが、―そうか、実に愉快なり〉
〈まっこと、会ってみたい。来週には海老院の集まりがあり、陰湿陰険な他の代表と幾何か夜を明かさねばならぬと、悲痛に明け暮れていたのだが。―これを偶然と呼ぶには劇染みているな。この老体が国を出る時期と、同じ時期に現れた傑物、か。僥倖、僥倖。…何と良き巡り会わせ、胸が躍る〉
「…
〈冒険、そうか、冒険か。…若きことは良いな。素晴らしいではないか。成程成程。これは本当にいい。―良く聞け、我が子らよ。その傑物とは決して事を立てるでない、そして〈羽〉よ。逐一、傑物の事を報告せよ。これは13翼議会の承認を受けた勅命と知れ〉
ガーマルはそう言うと天を仰いだ。
〈ああ、偉大なる大海原よ。良き巡り合わせ、感謝する。全ては大海原の、潮の気の向くままに〉
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