第七話 平和的交渉という名の決闘。
平和的交渉と言う名の決闘を申し込まれたラリクスとクルルスの二人は、ロロスロード・グランテ=ロードイ=シルカナの最上階、この
この
ラリクス自身、了承した覚えは無いが、何か決闘する雰囲気になってしまったので仕方ない。
クルルスも目を輝かせている。ここはもうクルルスに良いところを見せるしかない。そう己を奮い立たせラリクスは闘技場に足を運んだのだ。
そんなこんながありラリクスは今、自分に合った武器を選んでいた。
武器と言っても全て石で作られた模造品で攻撃力は低い。かと言って当たったら洒落にならない。
握って軽く振っては別の物と比べてみるを繰り返し慎重に選ぶこと、約5分。
ラリクスは遂に己が振るに足る信頼できる武器を選び抜いた。丁度、膝下から踝位ある短めの模造剣である。程よい重さと振り安さからこれに決めた。
ラリクスが武器を選んだのを確認すると、案内係はラリクスを戦士控え室に案内をした。
そこにはクライフォードが準備を終え、長めの剣を手に持ち待っていた。
「さて、戦士の皆さん。遂に決闘が始まりますが、始める前に幾つか、当
―1つ、戦闘不能、もしくは相手が棄権した場合速やかに勝負を止める事。相手の降参または審判が続行不能と判断した場合は負けです。
―2つ、海精の使用は全面的に禁止します。
―3つ、決闘の結果は当
―4つ、決闘に関する一切の責任は当事者にあり当
以上が当
責任を負うつもりが欠片もない
ラリクスは仕方ないので了承する。
何でこういう事になったのだろうか。
クライフォードは何度も聞いて、飽きたと言わんばかりの顔で頻りに頷いていた。
ラリクスとクライフォードが説明を受けていた頃、観客席は大変賑わっていた。
―少年が5秒持つのに一票。―あ、私は3秒。
―少年が8秒持つのに賭ける方、只今、5千
ラリクスが勝つのかそれともクライフォードが勝つのか。というか何でクライフォードがラリクスに決闘を挑んだというのか?
疑問を上げればきりがないが観客の関心はそこにあるのは確かだ。
そんな中、クルルスは一人、椅子に座りこれからのことに思いを馳せていた。
ラリクスが勝つのか、それともクライフォードが勝つのか。どっちにしろ滅多にない戦いになるだろう。
方や英雄で、方や無名の謎の男。どちらも大衆の興味を惹きすぎる。
だが、そんな事などクルルスにとって知った事ではない。ラリクスが全力で戦うという行為自体が重要なのだ。
一人ワクワクしていると、クルルスに声が掛かる。
アホウドリのような見た目の
「この度は翼猊下が御迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございません。――して我らが翼猊下、御自ら決闘を申し込む相手が一体全体どういった種族で、どのような人柄なのか本国が非常に興味を抱きまして…。お聞かせ願いたいのですが」
「ラリクスは強いしおもしろい。一緒に居て飽きないんだ。…もしかしたらクライフォードでも苦戦するかもよ?」
クルルスは待ちきれないようでそわそわしている。
その言葉に
「…翼猊下が唯一対等と認めた貴女がそう言うとは―どうやら大変見応えのある試合になりそうですな。どう本国に事後報告をしようかと悩んでいたのですが、どうやら杞憂に終わりそうです」
その言葉にクルルスは頷く。事実そうだから。
圧倒的熱気の中、一人の
闘技場の熱気が高まり観客の興奮が際限知らずに高まるその瞬間―、会場に放送が掛かった。
『ご来場頂いた紳士淑女並びに少年少女、お客様の皆さん。大変長らくお待たせしました。只今より無敗の賭博王クライフォード対無名の新人ラリクスの決闘を行います!!それでは、選手の入場でーーす!!!』
盛大な歓迎の中、ラリクスとクライフォードの二人は闘技場内に入る。有名な人物が先に入場するのが決闘の作法である。
クライフォードの姿が見えた瞬間、盛大な拍手と歓声が挙がった。女性の黄色い声や男性の興奮した声、
会場の熱気は一瞬にして最高潮を迎えたといっても過言ではない。
続いてラリクスも入場したが、クライフォード程の歓待は受けなかった。
変わりに、昨日の事件を知っている者は予想をし、知らない者はクライフォードが決闘を挑むに値する人物がどれ程の戦いを見せるのかを期待して。
闘技場に居る誰もがラリクスに多大な関心を寄せていた。
そんな中、二人は向き合い武器を構える。
クライフォードは右手で剣を持ち、左側に寄せ、左手を剣の柄に添える独特の構えで剣は鳩尾辺りの高さで固定し、左足を曲げ体重を掛ける。
すると威圧感が滲み出て相手を威嚇する。まるで獲物を前にした猛禽類の様だ。
一度狙われたのなら最後、もう二度と逃げることは叶わぬのでは、と錯覚させる。
それに対しラリクスの構えは対照的で周囲に何も感じさせない。
右手は腰の裏に回し、剣先は地面に向け全身の力を抜く。どこか緩く見える構え。
だが見る人は分かる、経験に裏打ちされた洗練された構えだ。
ラリクスが意図して取った構えではない。自分の体に染み付いた動きが自然に出た、そんな感じだ。このように構えたら良いと身体が知っているようで、この構えはラリクスに妙な安心感と自身を与える。
昨日の賭博といい今回の武器選びといい、この構えといい。どうやらラリクスは本当に記憶を失っているようだ。
そうでないと説明が付かない。
では、もし記憶を失っていたとしたら自分は何者なのだろう…。そんな考えがラリクスの脳裏を過った。
ラリクスが考える中、クライフォードは思わず舌なめずりをする。
(あの構え、出来るな。この俺の威嚇を前に平然とするたぁ大した珠だ。―しかも妙な構えだが隙きが無い。経験に裏打ちされた戦士の構えだ。―久しぶりに楽しめそうだな)
クライフォードは息を大きく吸い込むと嘶いた。
猛禽類の甲高くも鋭い鳴き声が闘技場中に響き渡り、観客の鼓膜を震わす。
これから繰り広げられるであろう熱き戦いに気分が高まり、興奮と激情に身を任せ、万感の思いを込めた、心からの咆哮だ。
それに対抗しラリクスも大きく息を吸うと―、
「うおおおおおおーー!!!」
自らを奮い立たせる。そしてクライフォードを睨みつけると気合を入れた。
ラリクスの閧は、下位種族とは思えないほど気合が入っており、闘技場にいる者らに鳥肌を立たせる。
クライフォードはニヤリと笑みを深めた。
二人は気合いを充分に入れ向き合う。
『それでは、決闘初めー!!!』
開始の合図と共にラリクスは先制攻撃を仕掛ける。
だがそれはクライフォードに難なく躱されてしまう。ほんの少し重心をずらす事で、余裕を持って攻撃を躱したクライフォードは攻撃に転じる。
一撃一撃が軽く、幾ら手を抜いているとは言えども相手は
それをラリクスは必要最低限の動きで躱していく。
「―ほう…、やるな。ではこいつはどうかなッ?」
実に愉しいと言わんばかりの弾むような口調と足取りの中、クライフォードは力を溜める。
そして、改めて斬り掛かる。
瞬発力だけならば他種族をも凌駕する
その中でも〈戦士〉と呼ばれた男の全力の一振りは
観客席からは
無理もない。
音速を超え、空気を斬り裂く、目にも止まらぬ剣を、紙一重で躱してみせたのだから。
何なら英雄の所業と言ってもいいくらいである。
種族の壁というのはそれ程までに大きい。
他種族も遅まきながらも今何が為されたのか理解しざわめきだす。
果たしてあの少年は何者なのだ、と。
そんな、ざわめく周囲を尻目に、ラリクスはクライフォードを睨みつけながらも内心、冷や汗を垂れ流していた。
直感、つまり
一瞬たりともクライフォードから視線を外す事なくラリクスは立ち上がり、改めて模擬剣を
(あれを一回でも食らったら一発で死んでしまうよ)
集中力を研ぎ澄まし力を丁度いい塩梅に込めた何気ない構え。
何となくこれがいいと思い、とった構えだが悪くない、と思う。
そんな構えはラリクスに得体の知れない覇気を与えるもので、それを見てクライフォードは嗤う。
「…俺の剣を躱すたぁおもしれェ。―しかもさっきのは、…俺の勘違いか、はたまた事実か見極めさせてもらうぜッ!!」
「――ッ!?」
言うや否やクライフォードは連続でラリクスに斬り掛かる。勿論、本気ではないし危なかったら
見るだけでも至難の業だというのにラリクスは、クライフォードの放つ4つの斬撃を躱す――躱した筈だったのだがどういう訳かラリクスの肌は裂け血が滲み出る。
クライフォードの持つ剣が不意に光を帯びたかと思うと斬撃が飛んできたのだ。
剣自体が伸びた訳ではないが、ラリクスに確かに届きその肌を切り裂いた。
一撃目、ニ撃目、三撃目が、ラリスクを傷付けるため、苦痛に顔を歪めずにはいられない。
計七発の斬撃がラリクスの服を、そして肌を切り裂き、さらにもう一撃がラリクスを切り刻まんと近寄るが―、ガキイィンとまるで金属同士がぶつかったかのような、甲高い澄んだ音が鳴り響く。
「やはりな」
クライフォードは言う。
周りの観客らも何があったのか一体全体これっぽっちも分からないが、とりあえず凄いことが起きたのだなと察し口を紡いでいた。
石で出来た模擬剣同士、如何にぶつかろうとも金属音などする筈がない。
それにも拘らず音が鳴った。
では一体何があったというのか。それは―、
「…俺の勘違いじゃあねぇようだな。しかも今のは王覇術か。―クルルスの言ってた通りだな。
ラリクスの持つ剣が、金色の燐光を纏い、飛んでくる斬撃ごとクライフォードの攻撃を受け止めていたのだ。
どうやらクライフォードをはじめとする
そしてクライフォードの独り言に、観客はどよめく。
そんな空気の中、やはりラリクスのみが首を傾げ周囲とは異なる反応を示す。
「―王覇術?って何ですか」
ラリクスの問いにクライフォードは破顔し、豪快に笑いだす。
「―がははははッ。…お前さん、知らんで使ってたのか。面白い奴だ。…ふぅ、こいつぁ傑作だぁ。―教えてやりたいのはやまやまだが、生憎今は決闘中!言の葉で無く行動で教えてやろう!!見ろッこれが王覇術だ!!!!」
クライフォードは目を閉じ己の精神を統一する。
自分の体内を、血液と共に流れ巡る
気を練り込み、激流を思い浮かべる。
「―はぁぁああああああ!!!!!」
鬨を上げると共に、クライフォードの体内を流る
全身の羽毛が逆立ち隅々に力が行き渡る。
全身の筋肉が躍動し身体が一回り大きくなったような気もするが、目の前に立つクライフォードの威圧感と存在感が増したように、対峙するラリクスには感じられた。
「王覇術の一つ、体内の海精や
そう言うや否や遊びの一切ない限界を卓越した速度で駆けはじめた。
強化されたクライフォードは、力強く、一歩を踏み込んだだけ地面が砕け、塵が舞いあがる。
そして残像が残る、流星の如き速さでラリクスに肉薄する。
しかし、ラリクスは寸での所で何とか躱す。金色の燐光を纏う剣で、集中力を切らさずに感覚を極限まで研ぎ澄ませ
―しかし、受け流したはいいが衝撃を殺しきれずに3メルテ(メートル)程吹っ飛んでしまう。
腕は衝撃で痺れ酷い眩暈がラリクスを襲う。
ラリクスは地面に剣を突き刺すと、剣を支えにゆっくりと立ち上がった。
それに対してクライフォードは一切の慈悲無く、そのままラリクスに斬りかからんと、右足で一歩踏み出す―そして床を右足が踏み締め破片が舞った瞬間、背中に畳んである翼を一気に広げ力強くその場で羽ばたく。
力強く風を引き起こし、大気を切り裂く立派な漆黒の翼で慌てて後ろへと飛び去ると、ラリクスから距離を置き着地する。
闘技場に居る何人かはクライフォードに何が起きたのか、そしてラリクスがクライフォードに一体
ラリクスの強さを知るクルルスでさえ呆れ果ていた。
「――お前、いやクルルス君。君は随分と強いな」
全身の毛を逆立てながらクライフォードは言う。
飛ばされたラリクスは口から血を零す。
「かはっ。貴方も、ふぅ、僕からしたら、化け物、ですよ。はぁ」
クライフォードは胸を指し示し言う。胸を張り堂々と。
「ま、俺も王覇術使いだからな。しかし荒削りとは云え、同じ使い手として俺は君を尊敬するぜ。純粋な技量と度胸、そして根性は評価に値する。凡人とは一線を画く才能だ。―誇るが良い、ラリクス君。合格だ」
ラリクスは口元の血を拭いながら頷いた。
衝撃で身体の至る所が痛むが不思議とまだ戦える気がする。
剣を強く握り締めると息を深く吸い込み、吐き出し気合を入れる。
たったそれだけの動作だが、ラリクスの雰囲気が変わり強くなったことをクライフォードは感じ取った。これにはさしものクライフォードも冷や汗をかく。
(本当に何なんだ此奴は。…剣を合わせる度に強くなってやがる。やはり―いや、まさかな?―どちらにしても、一撃で終わらせよう)
クライフォードには失礼だが、ラリクスはクライフォードと剣を合わせる度に強くなっている気がする。
自分の中に眠っている何かが目覚めていく気がするのだ。―勘を取り戻したというべきか。
再びラリクスとクライフォードは両者は武器を構える。
ただ対峙するだけで発せられる二人の気合に周囲は圧倒され静まり返る。
クルルスや、先程までクルルスに話し掛けていた
それは天空を駆け巡る雷の如く、刹那の一瞬だった。
クライフォードの一撃を恐れる事無く突進、肉薄した後にラリクスは、勢いのままクライフォードの胴を払う。
姿勢を低くする事で難なく攻撃を躱したラリクスは、突進した勢いを活かして、腰を切り程よく力を抜いた状態で剣を薙いだのだ。
いくら
ラリクスの渾身の一撃、その剣の切っ先は吸い込まれるようにクライフォードの腹部に近付き―、
気が付けば、一握りの羽毛と、細かく砕けた石の破片が宙を舞っていた。
くるくると、一本の長い剣が回転しながら見事な放物線を描き観客席へと突き刺さる。
一拍の後に崩れ落ちるラリクスを右腕で受け止めたクライフォードは未だに呆ける審判を仰ぎ見た。
「ラリクスの剣は砕け散り、俺の剣は場外だ。―作法に則るならば双方決闘続行不能だが?」
その言葉で我に返った審判は引き分けの判定を下す。
そのことは放送席にも伝わり―。
『け、決闘終了!そこまでぇえ!!何という事だァ!無敗の賭博王の初の灰色だ!!両者引き分けだーーーー!!!!!』
その瞬間、爆発的な歓声が上がった。
素晴らしいものを見たと誰もが二人の健闘を称える。…中には破産したと悲しみに明け暮れる者もいたがそれは気にしない。
クライフォードはラリクスの耳に嘴を近付けると囁く。
「ラリクス君。この俺が認めよう。―いい試合だったぞ。おかげで久方ぶりに楽しめた。今はゆっくりと休むと良い。いい夢を」
薄れゆく意識の中、クライフォードの言葉はラリクスの心によく響いた。
そしてクライフォードの腕の中で、完全に意識を手放し夢の世界へと旅立ってしまった。
ラリクスを優しく地面に降ろすと、クライフォードは踵を返す。
そして後ろに向かい手を振ると、そのまま闘技場を歩き去った。
クライフォードの隣にクルルスと話をしていた
「―どうでしたか?ラリクス殿の強さと人柄は。…合格に値しますかな?」
「あいつは王覇術が使える。―それは理解したな?ダレンス」
二人は歩きながら会話を進める。先頭はクライフォードでその後ろをダレンスが歩いた。
「ええ、信じ難いですが少なくとも
ダレンスの言葉にクライフォードは心底驚愕する。
「流石は、ダレンス。…やはり気付くか。―そうだあいつは類稀なる才が必要と云われる
クライフォードは袖をまくり右腕を掲げる。
未だに羽毛が逆立ってはいるがそれよりも―、
「こ、これは!?」
腕だけでなく全身が小刻みに震えている事にダレンスは驚いた。
「ラリクスは強えよ、間違いねぇ。この俺をビビらせたんだ…。―しかも全力じゃなかった…。こともあろにあいつは、あいつは、この俺相手に模擬戦をかましやがったんだぞ。―未だに震えも止まらねぇしよォ。次やったら勝てる気がしないわ…」
クライフォードのしみじみとした言葉にダレンスは嘴を震わす。クライフォードが恨めしそうに睨み付けるが何処ぞ吹く風だ。
「くっくっくっ。翼猊下がその様な事を仰るなどとは思いもしませんでしたぞ。私の記憶が正しければ50年前、畏れ多くも大翼祖帝御君に挑んで以来でしたかな…、時とは矢のように過ぎゆく物とは言いますが、本当に早い」
クライフォードは恥ずかしそうにそっぽを向く。
「――言うな。アレは俺の黒歴史、若気の至りって奴だ。…まあ、言い得て妙なのは認めるがな。強さ人格共に文句ねえよ。あいつは天才だ。―英雄の領域に居座ってやがる。議会にはそう報告すると良いぜ」
クライフォードの言葉にダレンスはしばし沈黙する。そしてややあってから口を開いた。
「―まだ国に戻るつもりは無いので?」
クライフォードは押し黙る。重ねて問うが、クライフォードが不機嫌になったのを感じ取りダレンスは話題転換を図る事になる。
「…
露骨な話題転換にクライフォードは苦笑する。
だが答える。自分が思った事をありのままに。
「ふっ。ああ、そうだな。あいつは間違いなく偉大な事を成し遂げる。…そんな気がするな」
そして闘技場の空気に儚く消え去るような、誰にも聞こえない、小さな声でこう呟いた。
「羨ましいもんだぜ、全く。…若いってのはいいなぁ」
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