第五話  情報収集という名の賭博。

 白くて丸いドームや積層状の建築物が集積し、分厚い城壁に囲まれ、尖塔が幾つもある、ロロスロード最大の居酒屋にして富裕層の社交の場である遊楽館カジノ、ロロスロード・グランテ・シルカナ=ロードイ。そこにはありとあらゆる賭博遊戯や世界中の酒が集められており、海賊の他にも他国の重鎮が思わず足を運んでしまう魅惑のサービスを誇る大人気施設である。





 酒を飲み賭博にふけ込む、喧騒とした空気、良く言えば活気があり賑やかな空気に支配されているロロスロード・グランテ=シルカナ・ロードイの中、二人は堂々と正面から入るとそのまま歩き出した。


 最初好奇な視線が集まったが直ぐにそれは微笑ましいものを見たという様な温かな視線または妬ましく思う視線に変わった。

 クルルスはかなりの美少女だし、ラリクスも自覚はないがそれなりの容姿をしている。

 そんなある意味目立つ男女が仲良く手を繋いで大人の社交場に入ってきたのだ。

 そんな微笑ましい光景を壊さないように空気を読み皆が視線を逸らす中、空気を読まずに下卑た行いをしようと不埒な輩が近付こうとし周りの客に止められたり、手を繋ぐ二人に口笛を吹き何やら祝とか何とかでお金をくれたり、ほれこれ食べなと食べ物を渡されたり、二人は温かな歓迎を受ける。成程どうやらクルルスの言う通り酒好きに悪いやつは居ないようだ。

 

 酒を飲んだり、賭博をしながらもいろんな人か祝福をくれる光景にラリクスは何故か胸が熱くなった。これが人の温もりなのかと改めて感動した。


 ちなみに周りにいた客はというと、海廻人シーアナは種族独自の民族衣装、水着(ここに来る道中、クルルスに教えて貰った)を着ていてある意味正装と言えなくはないが、ラリクスの方は島の服のまま、端的に言ってみすぼらしく小汚いのだ。

 酒を飲めるようになった恋人同士が記念にでもと、ここに来たのだろうと邪推したのだ。普段は賭博魂に溢れ新顔をカモにしている一流の賭博士らも今はそのなりを潜めている。従業員も同じくフォロー出来る配置につき見守る。

 つまり遊楽館カジノにいる全てをあげての歓迎である。



 しかしそんなこと知らんと言わんばかりにクルルスは慣れた足取りで、預金の引き出しや換金を行う両替受付に向かった。そしてカウンターに黄金の法螺貝を提出する。どうやら法螺貝は何らかの金銭の支払いに使われているようだ。

「200万海貨シルカ引き出してちょうだい。現金で、う~ん海金貨100枚とあとはチップで」


「2、200万海貨シルカを海金貨100枚と100万海貨シルカ分のチップですねッ少々お待ちください!」


 和やかな空気から一転、場は一瞬で凍りついた。唯一、貨幣制度についてイマイチよく分かっていないラリクスだけがぽけ~っとしている。この世界に存在するすべての国が加盟している国際巨大組織、海流連合シーアナ・ラスタが発行する統一貨幣が海貨シルカだというのに。まあ、人とあまり関わらなかった弊害という奴だろう。


「200万海貨シルカってどれくらいの価値があるの?僕イマイチそういうのが分からなくて…」


「1海貨シルカで海銅貨一枚と同じ価値があるの。分かった?」


 暇つぶしにクルルスはラリクスに貨幣制度について説明する事にした。

 成程とラリクスは頷く。幾ら人と関わらないとはいえ銅貨くらいは扱ったことがある。大まかだが大体の価値について分かった気がする。……とすると―、


「で、1000海貨シルカで海銀貨一枚、つまり銅貨1000枚になるわけ」

 だんだん雲行きが怪しくなって来た。何やらきな臭い感じがする。


「そして10000海貨シルカで海金貨一枚。海銅貨1万枚になるんだ。簡単でしょ?地方通貨じゃないから価値が変わることも暴落することもないしもの凄く便利なんだ」


 ――ちょっと待て。今、クルルスは何と言った?だとすると、ひょっとしなくても、とある考えがラリクスの脳裏を過ぎる。

 妙に乾いた咽を唾を飲み込むことで咽を潤して取敢えず口を開く。


「ちょっと待って、じゃあ永久許可証は銅貨15万枚の価値がある。つまり、とんでもない値打ちだってことだよね?しかも今回は200万?ん?」


「――?200万は200万だけど?どうかした?」


 と可愛らしく首を傾げるクルルス。


 成程どうやらクルルスは相当のお金持ちのようだ。

 しかも九つ諸島の人たちがどんなに頑張っても一生到達出来ない金額をポンポンと使うとは……。

 何だか、200万海貨シルカという大金を引き出し海金貨へ換金しろと頼まれた従業員が可哀そうに思えてきた。是非とも従業員さんには長生きしてもらいたい。

「クルルスって何してたの?何処でそんな大金を貰ったの?」


 ラリクスの心からの疑問に、クルルスは――、

「ちょっとしたお遊び、かな?…うふふふ。気にしなくていいよ」

 笑うことで曖昧にして誤魔化したのであった。







 従業員がクルルスのオーダーをこなし戻ってきた頃、本の僅かな間に、楽遊館カジノ内の空気はガラリと変わり、重く粘着質な物に変貌を遂げていた。

 二人が(主にクルルスが)金持ちと知って、しかも賭博をする用意があることを知り、客の賭博魂が燃え始めたのだ。

 つまり、本当の意味で歓迎されたということである。二人は記念なんかではなくここに純粋に楽しみ・・・に来た客なんだと。


 ラリクスは重い空気に少しだけ戸惑うが、クルルスに手を包まれて何とか心を落ち着ける。そしてクルルスに倣い堂々と歩き、バーカウンターに座った。


「マスター、南国海蜜酒シーアミスドを2つ」


 席に着くなりクルルスは言う。マスターは注文された酒をその場でブレンドし始めた。実に美しく洗練された熟練の技である。見ていて惚れ惚れする。  

「はい、ラリクスの分」

 受け取った金貨の小袋10個の内4袋と、チップの入った小さなケースを2つ手渡した。

 とんでもない大金を手渡された事にラリクスはぷちパニックになった。


「いい、ここは遊楽館カジノでもあるし居酒屋でもある。たくさんの人が集まるんだから情報もそれなりに集まるんだ。―情報を得たいなら何かしらの見返りを用意しなきゃ。それが平和的交渉を円満に進める秘訣なんだから。―ここにいる人達はきちんと見返りがあるなら信用出来るしね。社会勉強も兼ねてると思って楽しんできてよ。絶対楽しいよ♪」


 とクルルスは熱説する。その鬼気迫る勢いにラリクスは若干圧されつつ辛うじて頷くことに成功した。


「わ、分かったよ。うん。はい、頑張るね」


「もっと落ち着いて落ち着いて。深呼吸して?大丈夫無くなっても困らない金額だし、増えたらそのままラリクスのお金にしていいんだよ?だから頑張って情報集めよう!」


 気のせいだろうか。クルルスのはしゃぐ様子を見ていたら何やら別の理由があるのではと思えてきた。

 だがきっと気のせいなのだろう。そうに違いない。

 ラリクスは頭をふるふると振ると、その雑念を振り払う。


 不意にクルルスはラリクスの手を握ってきたのでビクっとする。一体どういうつもりか問い正そうと顔を上げたが、クルルスかいつになく真剣な表情だったのでラリクスは言葉を飲み込んだ。


「ラリクスは強いから、大丈夫。私を信じて楽しんて?お願い」

 クルルスはほんのちょっぴり涙をためて言う。正直言って汚い卑怯な技だ。

 だが何故だろう。ほんの少しだけ信じてみようと思えてくる。

 


 空気を読んでいたらしく、丁度いいタイミングでクルルスが注文した南国海蜜酒シーアミスドをマスターが差し出した。水晶のように透明で光り輝くグラスに入った南国海蜜酒シーアミスドは黄金色に輝いており、非常に美しかった。


 酒と云うより水の宝石と言った方がふさわしいのではと思えてしまう輝きを前に尻込みしてしまうラリクス。だがこのまま飲まなのは勿体ない。


 ラリクスはゆっくりとその手に持つグラスを傾ける。


 すると成程どういう事だろう。もの凄く美味しいではないか。今までに飲んだ酒が泥水に思えてきてしまうほどの衝撃をラリクスは受けた。咽越しさわやかというレベルではない。一滴一滴が甘く、弾けるような刺激がラリクスを襲う。


 身体が心から熱くなり何でも出来る気がしてきた。南国海蜜酒シーアミスドをラリクスは一気に煽るとグラスを勢いよくテーブルに叩きつける。


 思いの他、ラリクスは酒に強いらしい。実は何気にこの酒は酒精度合いが高く、上級者向けなのだが、ほんの少し頬を朱色に染めるだけであまり酔っている様子は見受けられない。周りの客はラリクスの様子に感心した。


 このことを狙いクルルスは南国海蜜酒シーアミスドを注文したのだがどうやらクルルスの目論見は成功したらしい。



 そして――、


「マスターこの酒はうまいぜ!ありがとう。それにクルルスもありがとう!何だか僕に出来る様な気がしてきたよ!」


 クルルスは溜まった涙を拭き取るとくすりと笑いラリクスの手を離した。


「情報を得たいなら利益を用意しないとダメ。そしてカモにならないように相手の全てを観察すること。嘘とイカサマを見逃さない様に決して相手から眼を逸らしてはダメ、常に思考をフル回転させてね。―これが賭博の心得。相手を決して侮らず格上の相手は自分と同じ土俵に引きずり降ろす。自分の目を信じて、自分の勘と度胸を頼りなさい。―自分の勘と度胸と目に心中出来なければ食い殺されるからね?」


 どこか妙に重みのある言葉を胸に刻み込みラリクスは立ち上がった。そして安心させるように片手を上げると歩き出した。



――ラリクスの華麗なる遊楽館カジノ活躍劇が今、幕を上げる!!



 何と記念すべき最初のラリクスの対戦相手は、高そうな指輪を付けた若い女性だった。どうやらどこぞの金持ちらしい。今までのやり取りを見ていたらしく、酒に酔い赤く染めた頬のままラリクスに近付いた。


「ねぇ僕ちゃん。お姉さんと一緒に遊ばない?お姉さんねぇ丁半には自信があるんだ。聞けば何か情報を得たいらしいしお姉さんに勝ったら応えられる範囲で教えてあげるよ?」


 一見不埒な行為に誘っているように見えるが女性は全力でラリクスの反応を観察していた。僅かな情報からも相手の事を推測し検討し対策を立てる。

 彼女が3年掛けて学んだ勝利への道筋である。そんなことは露知らずラリクスは誘いに乗る。


「うん、いいよ。だけど僕初めてだから優しくしてくれるとうれしいな」

 どことなく卑猥な響きを伴う言葉を、ラリクスは良い笑顔で女性にぶち込んだ。

 そんなスケコマシのような言葉に女性とクルルスは額に手を当て呻く。自覚がないラリクスはただ首を傾げるだけだった。


 閑話休題。女性はラリクスに丁半の説明をし遊戯を始めた。掛金は10万海貨シルカ、全5回行い、一回終わる度に掛金は2万ずつ追加される。互いに遊楽館カジノが用意した双六を小箱に入れて3つ交互に振り、出る合計が偶数なら丁、奇数なら半と言って予想し当たったほうが勝ちらしい。そして勝ったら掛金をもらい、最終的に所持金が多い方が勝者となる。なるほど実に単純かつ分かり易い遊戯である。

 ちなみに予想は後手が言い先手は振るのみ。つまり先手は後手が予想を外したら勝ちとなるという事だ。


 先手は女性で、女性は3つ賽子を小箱を入れると

「一応分かってると思うけど海精を使うのは禁止だからね?」

 というと小箱を振り始めた。一見すると普通に振っているように見えるが実は違う。クルルスのアドバイスを聞き全力で相手を観察していたので当然見えていた・・・・・

(大金を任されるし南国海蜜酒シーアミスドを普通に飲み干すしどんなタマかと思えば普通にカモじゃない。あの女は少し出来るっぽいけど男を見る目はないようね。今日はお小遣い稼ぎ放題ね。丁半の女帝といわれた私の華麗なる賽子捌きを看過出来るかしら?)


 何となく舐められいるのだろうなと感じつつ・・・・ラリクスは相手から決して意識を逸らしていなかった。時々クルルスの方を振り返ったりしてたが五感の全ては目の前にいる女性に集中させていた。別段クルルスに教わった技術ではない。

 何故かこういう風にすれば勝てるという自信と、そして手順が思い浮かぶのだ。それを駆使して目の前の哀れな獲物・・を丸裸にしていく。

 目の前の女性が一体何を考えているのか手に取る様に分かるのだから負ける気がしない。

 女性は適当に振っているように見えて、実は出たい目が出るように作為的に振っていた。長年の経験に基づく熟年の超高等技術である。


 女性は賽子の目を3、2、6の合計11、奇数の目に揃えた。

「半だと思うな、多分」

 ほんの少しだけ自信なさげに言うラリクスに女性は内心舌打ちした。

 運のいい餓鬼めと内心悪態をついたのだ。

 内心獲物が罠に掛かったと獰猛な肉食獣が笑みを深めているとは知らずに。


「へぇ、半ね。じゃあ見てみよっか」

 そして女性はほんの僅かに小箱を振る事によって丁に変えようとしたが途端に瀑布の如き殺気を感じて手を引っ込めた。何となくだがあのまま続けていたら死んでいたと本能が懸命に訴えてきたのだ。

 殺気の源をさがしてみたが遂に見つける事が出来なかったので女性は諦め素直に小箱を開けた。


「やったぁ!当たったぜ!うれしいな」

 無邪気な少年の微笑みを見て女性は先ほどの殺気は気のせいだろうと思うことにした。


「あ~あ、負けちゃったわ。はい、次は僕の番」


 そう言って女性はラリクスに小箱と3つの賽子を手渡した。


「ありがとう、じゃあ振るね」


 そう言ってラリクスは賽子を振る。

 それを見て女性は半であると予想した。が、それを見透かしていたラリクスは当然ずらす。


「お姉さんってさここに来て長いの?」

 会話で意識を逸らす作戦だ。

「あら?お姉さんの事が気になるの?かわいらしいお連れさんがいるのに僕はお姉さんに興味があるのかしら?まあ3、4年くらいかしら?ここにいるのは」


 ―釣れた。女性はラリクスの思惑に見事嵌ってくれた。ラリクスはその隙にバレないように最深の注意を払いながら賽子をずらし丁に変えた。


 あまりに自然な手付きであった為誰も気付く事が出来なかずに、それに気づくことが出来ない哀れな女性は確信に満ちた表情をする。


「半だと思うわ」


 その言葉を聞きラリクスは賽子を隠す小箱を退ける。


 女性は小箱の中身を見て万年の笑みを――、浮かべなかった。女性の表情は驚愕に染められる。

 今迄外したことのない丁半の予想を初めて外したからだ。


 今迄になまじ自信と誇りがあるが為に年下相手に一回とはませたという事実が受け入れられない。

 女性はひどく取り乱し憔悴した。


「へ、へぇ…。――僕ちゃん運がいいのね。ち、調子悪くて…お姉さん、外しちゃった」

 

 あくまで実力差・・・で敗けたとは受け入れることが出来ないらしい。女性は現実逃避をする。


 だが現実は冷酷だ。二回目、ラリクスが先手で一回だけ女性が勝ったがそれ以降はラリクスが圧勝した。


 4回目ほぼストレートで敗けたが故、女性は辛うじて気持ちを立て直し賭博師としての誇りと挟持を取り戻し潔く投了をした。


「――あはははは…。僕強いね?私敗けちゃった。何が知りたいの?教えてあげる」


 125万海貨シルカも手に入りホクホク顔のラリクスは上機嫌のまま質問をした。


「リリア・ララインっていう海精使いを探してるんだ。お姉さん、何処にいるのか知らない?」


 その質問に女性は少し困ったような顔をした。

「ごめんなさい。リリアさんの居場所は知らないわ。―あの人ほんの2時間前にはここに居たんだけど何処かに行っちゃったの………」


 成程どうやらそう簡単に何かが達成するほど世の中は単純では無いようだ。



 ラリクスは更なる情報を求めて人混みに飛び込む。



 決して賭博行為に魅入られたせいではない。情報収集の為なのだ。だがら仕方ないったらないのだ。




 



 そして今、ロロスロード・グランテ・シルカナ=ロードイにある特別賓客用の超高級寝室に二人はいた。


 実はクルルスも相当賭博ガ強かったらしい。カードを用いた遊戯、矢を用いた的当てを行う遊戯、その全てに異様な強さを発揮し荒稼ぎをした。


 まあラリクスも同様だが、おかげでラリクスも大きな纏まった資産が出来た。

 今現在クルルス同様に海流口座に全額預けているがとんでもない数に膨れ上がっている。


 約一日を費やして得た情報だが纏めると以下の通りになる。


・リリア・ララインは常にロロスロード中を放浪としており国王ですら普段何処にいるか分からない。

・クルルスが言うように大の酒好きで酒がある場所にふらっと現れることがある。夜間よりも昼間の方が遭遇する可能性が高い。

・リリアには一番目にして唯一の弟子がいるらしくそいつだけがリリアの居場所をを把握しているのだということ。


 大きく分けて3つの情報を得ることが出来たのだ。大きな進歩である。その日ラリクスは、美味い料理に舌鼓みを打ちながら、確かな成果に胸を踊らせた。


 そして今日学んだことを胸に刻みつける。

 曰く、『情報を集めるにはカジノか居酒屋が良いらしい』―と。


 ものすごくふかふかな寝台に感動しつつその疲れからラリクスはすぐに深い眠りに落ち、クルルスはそれを幸せそうな笑みを浮かべ眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る