第二話 港市国家ロロスロード王国。
星たちの輝きが収まり、太陽がはじまりの海から顔を出し、当たりがオレンジ色に染まる頃、二人は海原を進んでいた。
まだ朝早く霧がかかっているが、商船や漁船が行き交う光景は確かに活気があると言えるだろう。潮風をその帆に孕み悠々と帆船らが進みゆくその光景は壮大であり一枚の絵になる素晴らし物だった。
そして途轍もなく大きな島が前方に広がり始めた。大陸という奴だろう。成程噂に違わずなかなか大きいらしい。自分の住んでいた島と比較するなんて馬鹿馬鹿しく思えてしまう。霧にかすみよく見えないがそのシルエットが起伏のある長い形状を知らせてくれる。
ラリクスがよく分からない感慨にふけっていると、前方から羅針盤と錨を象った紋章の描かれた帆を掲げる三段櫂船による船団が近付いてきた。
見事な砲門に、立派な船首、そして何より九つ諸島にあるどの船よりも圧倒的に大きいその筺体、港市国家ロロスロード王国が誇る沿海航海船だ。長年の航海により培ってきた航海技術や経験の粋を集めて建造された新鋭船で、近海において最も進んだ船である。
そんな船が隊列を組んで海を堂々と進むのだ。なかなか迫力のある見事な光景である。
「ロロスロードの朝霧船団だね。安心して、彼ら人には武力を使わないから」
ラリクスを安心させるように言ったがそれはクルルスの杞憂に終わった。
見事な隊列を組んだ船団はそのままの勢いで二人の脇を通り抜けていく。大陸の方から大きな鐘の音が聞こえると、船団は一斉に砲弾を解き放った。
すわ敵襲かと思わずラリクスは身構えてしまったが、勿論そんな事は無い。放たれた砲弾は遥か彼方へと飛んでいきとても何かを狙って撃ったとは思えない軌跡を描き飛んでいくが、砲弾はきちんと己に課せられた役目を果たしたようだ。
砲弾の描く軌跡を中心に霧が晴れてきたのだ。
「朝の霧を消して人々に安全な海の旅を提供するのが彼らの役割なんだ」
一か所だけでなく幾つかと多く離れた場所からも砲弾を放つ音が聞こえてくる。クルルスの言う通り人に対して武力を使っていなが、はっきり言ってラリクスはそれどころじゃない。
霧が晴れたことによって大陸の全貌が見えるようになったからだ。
複雑に入り組んだ入り江を囲うように防波堤が幾つも立ち並び、海上には誘導用のブイがたくさん規則正しく並べられていた。島嶼部には大きな灯台と小さな町がありどうやらそこから海を見渡しているらしい。
三日月上になっている海岸沿いには石造りの建物が美しく配置されており、大きさは均一である為見た目は綺麗である。中央にある巨大な時計塔には海鳥がたむろっておりこれらを端的に表現するならばまさに港市国家であろう。
人の作りだした物と、大陸の自然が調和しているその様は壮言、雄大、非常に美しかった。海上に浮かべられたブイが日光を反射しカラフルに輝き出し、朝露にきらめく建物が非常に眩しく同時に美しい。
思わず感嘆の溜息を吐くラリクス。そして称賛した。
「うおおお、何だよアレ。むちゃくちゃ綺麗じゃん。美しい、美しすぎる」
洗練された古くからある街並みを前にどうしても感情を抑える事が出来なくなったのだ。
「ここが港市国家ロロスロード最大の港がある王都ロードイ。ランゲア大陸随一の海洋都市でもあるんだ」
そう言ってクルルスは港から離れた場所をを指差した。沖合にある、たくさんの船着き場がある浮いている場所を。そこには島のように巨大な船が4隻並んでおり、甲板にはたくさんの建物が立ち並び都市が形成されていた。
その中でも一際大きな船を指差していた。
「あの一番大きな船に入港管理施設があるんだ。まずあそこに行って入港許可を貰わなきゃ」
「ちなみに許可なく入港たらどうなるの?」
単る好奇心の一環としてラリクスは尋ねた。
「敵対認識されて撃たれるよ。ロードイの入港監視は一番厳しんだからね?変なことしちゃダメだよ」
「へ、変な事しないよ。うん」
「本当に~怪しいなー」
そう会話する二人に一羽の海鳥が近付いてきた。鳴きながら旋回をしどんどん滑空し降りてくる。やがて、一番背の小さいクルルスと同じ目線の高さになると、その嘴から鳴き声で無く意思を伴った音が紡がれた。
クルルスは進むのを止めその場に止まる。
『ようこそ、ロロスロード王国の王都ロードイへ。こちらは入港監視局です。ロードイへ訪れるのは初めてでしょうか?』
よく通る女性の声だ。海鳥の嘴から女性の声が紡がれたことに面食らうラリクスであったがすぐに気を取り直す。
「いいえ、私は何度か訪れたことがありますが、彼は初めてです」
「はい、僕は自分はこの海の出身ではないので。ところでどうやって喋ってるんですか?」
そしてちゃっかり質問まで済ますラリクス。どうやら意外なことに策士の気があるようだ。
『海精を介した
海鳥は律儀にラリクスの質問に答えながらもクルルスの方に向き直り質問を続けた。クルルスは布地の少ない民族衣装に手を突っ込むと何かを取り出した。
咄嗟の行為にラリクスは頬を朱色に染めつつそっぽを向く。うぶな反応ににやけそうになる頬を何とか引き締めるとクルルスは、金製の徽章を取り出すと海鳥に対して提示した。
何やらよく分からないが海鳥が若干慌てふためいた気がした。が、それも一瞬ことですぐに落ち着き平静になる。
それを見届けるとクルルスは徽章を首に下げた。
『許可証、確かに確認させていただきました。
クルルスはラリクスを見やる。ラリクスは頷くと返事をした。
「はい、構いません」
『はい、ではこれかお教えさせていただきますので私の下肢にお掴まり下さい。ロードイへご案内いたします』
二人が掴まると海鳥は翼を広げ大きく羽ばたいた。するとラリクスとクルルスの二人が掴んでいるのに拘らず空高く舞い上がり、先程クルルスが指差した一番大きな船に向い飛び始めた。
『まずはじめに当国ロロスロード王国に置いて入国は入港、国自体を当港と呼称します。ではこれからロードイで快適な暮らしを満喫していただく為に3つルールをお伝えします。―1つ目、入港していただく為には、毎回徽章の提示または発行手続きが必要になります。徽章の提示、発行手続きなしで入港されますと当港が誇る朝霧船団の砲弾の餌食となりますのでご注意を』
力強く羽ばたき、景色が矢のように過ぎ去ってゆく。人二人ぶら下げているというのに全く重さを感じさせない安定した飛行である。最初、恐怖を感じたラリクスであったが今は風を切る爽快感を味わう程に慣れている。
『2つ目、当港では全ての暴力、争い、海賊行為、種族差別が全域に置いて禁じられています。当港は世界中のありとあらゆる国、海域からたくさんの
あっという間に一番大きな船の甲板に辿り着いた。眼下にはたくさんの人たちが並び列をなしている。驚くべきことに船自体が港になっているらしくたくさんの帆船や船舶が停泊してている。
長蛇の列を飛び過ぎ窓口に只りつくと海鳥は下降し始める。
『では最後に3つ目、当港における入港許可証は全て入港管理局にて管理発行されます。クルルス様のお連れ様は初めての入港という事ですので、個人情報の登録からとなります。―当港は
そう言うと海鳥は二人を降ろし、飛び去って行った。ほへーっと放心するラリクスであったが取敢えず手を振った。
するとそこへ見慣れぬ服を着た若く見える男性が一人やって来た。見えると言ったのはラリクスにとって男性が見慣れない種族だったからだ。獣の耳に獣の顔、森林の奥地に住むと伝え聞く猛獣、獅子のような毛並みを持つ種族、
「この度はロロスロードへようこそお越しくださいました。クルルス様とそのお連れ様を当港一同心より歓迎申し上げます。この度皆様の案内をさせていただくガロンと申します。―クルルス様は永久入港許可証ということですのでこの度はお連れ様のご登録と許可証の発行をさせていただきます。ご案内させていただきますのでどうぞ付いて来てください」
ガロンは一礼すると歩き出した。二人はそれに付いていく。窓口には多種多様な海の特産品や世界中の伝統工芸品が展示されており、天井にはシャンデリアが、壁には絵画や芸術品が展示され、スタッフが観光客に案内や聞き取りを行っていた。
ラリクスは初めて見る全てに興味を抱きキョロキョロしていたが、以外なことにクルルスも視線を彷徨わせていた。
「ここに来たことがるんだよね?どうしてクルルスもそんなにキョロキョロしているの?」
「何度か来たんだけど前来た時と何か違うなって思って」
「はい、より御入港されるお客様に、より素晴らしい一日を満喫していただけるように先月改修工事をし明かりの配置や窓口の数を変更させていただきました。こちらの窓口にてご登録してください」
「ようこそお越しいただきました。こちらVIP専用の受付窓口で御座います。まず個人情報を登録させていただきますのでこれから幾つか質問を致します。可能な範囲内でお答えください」
業務用の洗練されたスマイルを浮かべ女性は言った。ラリクスは頷くことで返事とした。別に照れてしまったから返事できなかったと云う訳ではない。ないったらない。だからクルルスに腕を抓られたのは完全に冤罪である。
「では初めに御名前と年齢、出身大海域と海域をお教えください」
「ら、ラリクスと言います。今年で17になります。
公式の場では海の事は海域扱いするのが一般的だ。慌てながらそのことをきちんと理解し出来返答できたのは奇跡とも言える。女性はメモを取りながら質問を続ける。
「では許可証ですが、毎回発行の一般許可証、数か月おきに更新する定期許可証、恒久的に持続するVIP専用の永久許可証の以上3点が個人のお客様に提案できる様式になりますが、何かご不明な点はございますでしょうか?」
「毎回発行は訪れる度に発行するということでいいんですよね?これだけです」
「はい、そのような認識で合っています。ではご不明な点はもう無いとのことですので次の質問に移らせていただきます。どちらの許可証を発行いたしますでしょうか?」
そこでラリクスはクルルスを見やる。当然ながらラリクスはお金を持っていないのだ。クルルスは徽章を窓口に提出するとさらに黄金の法螺貝のような物の見せつけ、口を開く。
「永久許可証を発行してね。私が払うから」
女性は恭しく黄金の法螺貝を手に取ると、カウンターに置いてある箱に翳した。すると何やら文字の書かれ小さな紙が出てきた。
女性はそれを切り取るとクルルスに手渡した。
「登録料15万
クルルスが紙に著名したり必要事項を記入している間、ラリクスはは張り紙を眺めていた。
『
『10年連続お客様満足度85%突破!!』
適当にぶらつき暇を潰していたラリクスであったが、終わったのだろうクルルスに呼ばれて戻ると、黄金で出来た徽章を手渡された。よく見るとラリクスの名前や出身、今日の日付と国旗が刻まれていた。
「こちらラリクス様の永久許可証となります。―当然ながら提携先の都市でも有効ですが、紛失した際は再発行できませんのでご注意ください。盗難にあったり紛失した場合は速やかに関係者に申し出てください。当港の方で権限を停止させていただきます。くれぐれも許可証の管理にお気をつけてください。―私からの説明は以上になります。最後にガロンが入港管理局駅までご案内させていただきます」
そう言うと女性は一礼し、ガロンが二人の前に躍り出て来た。
「ではクルルス様とラリクス様、入港管理局駅までご案内させていただきます。付いて来てください」
ガロンは歩き出し再び二人がその後ろを付いていく。しばらく歩くと何やら門に辿り着いた。門の脇には二人警備員が立っており、通行人の許可証を確認しては門を開け通す、を何度も繰り返していた。無駄が無く洗練された動きである。
ガロンと二人が近付くと二人の警備員は一礼し門を開ける。眩しい光が差し込み素晴らしい光景が二人の目に飛び込んできた。
「ロロースロード王国へようこそおいでくださいました。当港一同皆様の事を心より歓迎申し上げます」
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