第一話  はじめての外海。

 日が暮れ、太陽が海に沈みゆく中一組の男女はそんな事知らんと言うようにただ海を駆け抜けていた。

 海鳥の鳴き声が鳴りを潜め、夜の帳が降りつつある。潮の風も若干冷たくなっている気がする。消えゆく太陽の光を反射し海面は朱色に染まる。


 ラリクスがクルルスに連れられ九つ諸島を飛び出してからもう5時間近く経つ。

 眠る海を抜けて最果ての海に入ってから生物の気配が極端に少なくなってきた気がする。昼が終わり太陽が、大いなる十字海流シーアナクロスの源流がある〈はじまりの海〉に沈んでも仕方がない。空には一番星が輝き出し迷える者を導く準備を始めていた。

 直ぐに眠りの海から出られると思ったが、どうやら想像以上に海は広いらしい。


 クルルスが指を打ち鳴らすと、進むクルルスの目も前に光の球が現れた。光の球は眩く辺りを照らし視界を広げる。迷わず一直線に進んでいくクルルスにラリクスは話し掛けた。


「ねぇ、どこに向かってるんだっけ?」


 何を言ってるんだと云うような表情をしながらクルルスは言った。

「ランゲア大陸のロロスロード王国だよ。海精種と契約する為にね」






 海流万力シーアナ・カルナを使う手段なくして海を旅しようなど馬鹿がやろうとすることで話にならない。大いなる十字海流シーアナクロスに入った瞬間藻屑になるのが目に見えてる。だから海精と契約する必要があるのだが―、


 実はこのやりとり、つい40分ほど前にも行われているのだ。何で同じことを聞くのだ言いたくなるかも知れないが、見渡すばかり青一色のこの大海原を地図や羅針盤リベリア無しで進んでいるのだ。不安になって確認してしまうのも無理もない。

「何も見えないし何も確認してないけど方向と場所分かってるの?」


 二度も同じことを聞くラリクスに、クルルスは安心させるようにもう一度言う。今度はなるべく優しい声音に変えて、心配性で少し焦っている子を宥める為に優しく話し掛けた。


「私達、海廻人シーアナは海で迷うことは絶対に無いよ」


 そう海廻人シーアナ万力カルナの流れを感じる事が出来るらしい。これによりどんなに遠くを流れる海流だとしても感知できるのだとか。万力カルナの流れすなわち海流であるからなのだと言う。

 この力により正確な位置は分からなくても方位や島の位置が分かるとクルルスは言っていた。


「ただ今日は遅いし近くにある無人島に泊まろうと思う。海精反応が少ないからそんなに生き物とかあまり居ないと思うけど夜の海は危ないしね」


 ―と海に詳しいクルルスは仰った。ならば素人同然であるラリクスに出来る事はあまりない。然らば―、


「分かった。夕飯は僕に任せて。僕、料理は得意なんだ」

 適材適所、己が分を弁えるのみである。



 ――そしてそれから10分が経過し二人は草臥れた小さな無人島に辿り着いた。


 ゴツゴツとした岩場が目立つ何もない辺鄙な島である。岩礁に囲われており船の残骸らしき物がちらほら見える。

 だいぶ薄暗くなり星がたくさん輝き始めたが未だに生き物の気配一つもない。クルルスが言うように本当に生き物すらない小さな無人島だ。


 そんな中、ラリクスは上機嫌に料理をしていた。クルルスが海で捕まえてきた魚やクルルスが海で採ってきた海藻を、クルルスが万力カルナを使い熱した石で炒め魚の塩焼きを作っているのだ。

 字面だけ見るならほとんどクルルスが用意したも同然だが初めて人に料理を振る舞えることに感動していたラリクスは気付かない。いやむしろ気付かせない様にしてるっと言った方が正確かも知れない。どちらにしても本人が喜んでいるのならそれが一番である。


 さっき漂流物であるヤシの実を割って作った皿に、ラリクスは魚の塩焼き~海藻炒めを添えて~をよそる。そして最後にたまたま木に生えてるのを見つけ採ってきたきくらげを添えると魚の塩焼きの完成である。


 少ない材料であるのにも拘らず見事な出来栄えである。魚は黄金色に焦げており、塩の香りと海藻の香りが合わさり食欲を非常に誘う。海藻を使う事で料理に色を与えたというのも大きい。流石はずっと一人で料理してきたことはある。店に出しても充分に恥ずかし無い出来だ。


 おいしそうな料理を前にクルルスは食欲を隠せないでいる。ラリクスも初めての一人ではない食事に胸を弾ませそわそわしていた。


「「いただきます!!」」


 そう言って二人は早速食事にありついた。思ったより小ぶりな上に少々青臭い風味にラリクスは眉を潜める。


「思ったより小ぶりな上に臭みが強いな…、あまり生物がいないからかな?―海精反応が少ないから生物があまり居ないとか言ったけど何で?」


 ラリクスは少しでも海について知ろうと質問をした。


「下位海精は生物無生物問わず全ての物に宿りやすいんだけど、やっぱそうすると宿る下位海精が多くなればなるほど流れる海流万力シーアナカルナ万力カルナの量も多くなるんだ。―たくさん万力カルナがあればその分生物が繁殖しやすくなるし、より豊かな生態系も生まれる。

 だからね、島に宿る大体の海精の量が分かりさえすればその島の生態系が大体分かるんだよ。ちなみにその宿す海精の多さによって島や大陸は五つの等位に分類されるんだけどこの島は第一等位、つまり海図に載ってない島だね」


 塩焼きを頬張りながらもクルルスは律儀に答える。同じくラリクスも頬張りながら質問を続ける。


「―もぐもぐもぐ、ごくん。……下位海精って何?」

 一人での食事しかしたことがなく食べながら喋るという芸当は出来そうにないので口に入れては咀嚼し話すを繰り返す。


「下位海精はそのままんまだよ。限りなく万力カルナに近い自我を持たない海精で、万力カルナを溜め込む性質があるんだ。だから超位種族以外の全ての生物に宿って万力カルナを貯蓄するんだけど、私達海廻人シーアナ海神うみがみ族といった超位種族とは相性が悪くてね。本当は万力カルナ使うのなら下位海精でも充分なんだけど私がいるから超位種族にも耐性のある上位海精と君は契約する必要があるんだ。だからロロスロード王国に向かう必要があるの」


「…ふうん。という事はロロスロード王国って上位海精との契約が盛んな国って認識でいいのかな?」


 与えられた情報を自分なりに整理したラリクスはそう問いかける。その言葉にクルルスは感心したような表情になる。


「すごいよ、ラリクス、正解♪。ロロスロードの面する静かな海は相当沖に出ないと魚がいないのに風が弱くてね、古くから上位海精との契約が盛んな世界最大の港市国家なんだ。この辺りの人々の例に漏れずあまり自分たちの海から出たがらないけど、交易が盛んで九つ諸島より遥かに活気がるからきっとラリクスも気に入るよ♪」


「へぇ活気、かぁ。…うんとても楽しそう!ふふ明日が楽しみだなぁ」


 心底楽しそうにラリクスは言った。どうやら明日の事を想像しているだけで楽しくなってきたらしい。

 その様子をかわいいなずっと眺めていたいなとクルルスは思ったが、頭を振るとラリクスに眠る様に促した。


「明日はたぶんもっとたくさんの事が起こるかも知れないから今日はもう寝よう?」


 その言葉に頷くとラリクスはヤシの葉をかき集めて作った即席のベッドに潜り込んだ。ちゃんとクルルスのベッドもある。


 ラリクスは手を取ってよかったと思いながら、クルルスはやっと願いが叶った喜びを噛み締めながら、二人仲良く同時に眠りについた。




―――用語解説―――


海流万力シーアナカルナ:物理現象の源である概念エネルギー。重力等様々な物理法則を司る。マナ的なエネルギーである。個人の場では万力カルナと略して呼ばれる事が多い。口語では万力カルナと、書面等では海流万力シーアナ・カルナと表記するのが一般的だが、守られることの方が少ない。


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