第4話 8月17日(日)

懐かしい音楽が耳に入って来る、私はゆっくりと目を開ける。周りを見ると駅前のファーストフード店の椅子に座っていた、テーブルにはコーヒーが1杯置いてある。横にある自分の物と思われる鞄の中に本を入れる。

懐かしい・・・移転によって閉店した昔通っていた店だ、本当に過去に戻って来たのだ。ポケットを探って携帯電話を取り出す。スマホではない携帯電話だ、日付を確認する。


8月17日(日)13時46分


雪が亡くなる1時間半前だ、ここから私は行動しなければならない。

そしてもう一つ確認することがある。それは、私が『誰』であるかだ・・・

私はまたポケットを探る。財布が見つかった、中を開け免許証を取り出す。

「佐々木先生・・・」

思わず口に出す、トイレへ行き鏡を見る、間違えない・・・私は雪と私の担任である佐々木先生になっていたのだ。これは好都合だ、教師であれば過去の私は若干言う事を聞くかもしれない。


さて、どう動くか・・・佐々木先生は免許をもっているが駅前にいるという事は車を使っていない。だから過去の私を車に乗せて連れて行く事は出来ない。バスの事故を無くす?いや、単なる教師がバスの事故を止める事は不可能だ、考えられることは一つ、手前で乗られてしまった老人がタクシーに乗らないようにすればいいのだ。私はコーヒーを飲み干すと急いで店を出る。


外に出ると駅前広場は想像を超える人で埋め尽くされている。歩くものやっとである。

「おい、バスが横転したらしいぞ」

「回送だったから客はいなくて運転手は無事だって」

「でも道を塞いでいるからしばらくバスは動かないな」

いろんな声が聞こえる。駅前ではこんな事があったのかと思いながら駅前広場を後にする。


住宅街に出る、事故の影響で道も渋滞気味になっている。今頃過去の私はバス停で来ないバスを待っているだろう。でも過去の私には声をかけない、走って病院へ向かうタイミングがずれてしまえばタクシーに乗れなくなる。今は老人を探すのだ。

たしかこの辺りだ、老人にタクシーを拾われる場所に来た。見回してみる。


いた・・・


たしかにあの老人だ間違えない、そう思った途端に老人から声をかけてきた。

「すまんがバスかタクシーに乗りたいのだがどうすればいいかの?」

「バスかタクシーですか?」

私は普通に受け答えをしてしまった。『知らない』と言えば済んだはずなのに・・・

「うちの婆さんが危篤状態らしく『南病院』に早く行かなくてはならんのじゃ・・・」

なんて言う事だ、この老人も同じ運命を背負っていたとは、しかも逆方向の病院で相乗りは出来ない・・・

「もう少し大通りに出ればタクシーが見つかるかもしれませんよ」

「ありがとう・・・」

老人は何度もお辞儀をしながら大通りに向かって行った。今の行動で老人がタクシーに乗る未来が出来てしまったかもしれない。でも、他人に私が感じた苦痛を負わせる事は出来ない。私は暫くその場に立ち尽くしていた。

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