2章 油屋のこども食堂(6)

 オープンから二ヶ月、グリーンキッチン二号店――稲荷町こども食堂は大盛況だった。

 もちろんお腹をすかせた子どもたちが増えたのではない。子ども連れの観光客にヒットしたのである。

 湯山温泉郷と湯山稲荷の紅葉に合わせた観光客増加は毎年のことなのだが、その客層のうち若い方にハルノの影響力がダイレクトに伝わったらしく、それがまた子育て世代とかち合っていて、子のアレルギーや偏食に悩む親に大人気となった。

 こども食堂として利用したい子には年間パスを発行し、二階の専用室を開放している。

 これは、一般客と同じ場所で食べさせると席割りが難しくなる上、アレルギーのある子のコンタミを防ぎにくいという問題が生じたためだ。まだ自分のアレルギーをよく理解していない子もいるため、こども食堂の時間を限定して専任の栄養士が常駐できるようにした。

「朔、Aセットの大豆抜きと豚肉抜き、一緒にできるっけ?」

「できるよ。豚肉は鶏に替えてもいいか確認した?」

「OKもらってる。あと二番さんが心配だからごま油使わないでって言ってるらしいけどどうする?」

「了解、一応他は大丈夫なのか聞いてくる」

 ヒアリングしてテーブルごとのカルテを作り、各調理担当へ伝達。

 きちんと研修済みなのはキッチンもホールも全員で、それぞれがきっちりと対応する。

 子ども向けの味付けなのに塩分控えめでバランスのいい栄養価、偏食に効くポップな見た目と、なにより繊細なアレルギー対応。それでいて鴉原・湯山・稲荷町の食材と名物料理を盛り込んだメニュー。

 食材の制約にもかかわらず美味しさが損なわれないのは、油屋としての経験からくるオイルの使い分けと火の入れ方に理由がある。油屋だからこそできる技がいくつもあった。

 細やかなおもてなしは、外食を楽しむ全ての人に好評である。

『旅館やホテルではここまではしてくれない』

『アレルギー品目が多いために除去食では別物になってしまう』

 そんな人にとって稲荷町こども食堂はありがたい存在なのだ。

 全ての原材料を店内掲示とブログで知らせているのは、安心のため。

 安心して味わってもらうため。

 アレルギーを持つ成人もちらほらと訪れて言う。

 ここまでするのは大変ではないのかと。

 朔は決まって言う。これしきのことであなたが美味しいと言ってくれるなら、それで満足です。

 グリーンキッチンではパートも含めた栄養士の採用を一気に進め、朝八時半からの営業時間中は常に複数の有資格者がいる状態を保っている。当初インターン扱いのボランティアで入ってくれていた栄養学科や保育学科の学生たちも、既に正式なバイトとして雇用できている。

 元はグリーンキッチン本店の利益を吸収する形で採算を合わせる予定だったが、今や二号店単独でかなりの利益率になってきた。本店の方も食品の売り上げが好調で、在庫が足りずに困るほど。

「よ、賑わってんな」

 今日はシフトに入っていないゼンユーが二号店の裏口から顔を覗かせた。

「どうしたのゼンユー? あ、そこからこっちは入ってこないで。お前一昨日腹壊してたでしょ」

「はいはい……伝言だけだから、ここから言ってもいいか?」

「なに?」

「会長が、あんまり派手にやるなだのなんだの言ってる」

「だから?」

「別に。言ってるってだけ」

 会長の部下、神泉満月庵の従業員は初日に大勢でやってきてあれやこれやと注文した。

 本当かは分からないものの、色々とアレルギー対応してほしい品目を言うので、その通りに除去や置き換えを実施した。こちらとしては食べて金を払ってくれれば等しくお客様なので通常通りの対応をしたのだが、半分ほど食べたところで急に責任者を呼べと言う。

 一瞬のアイコンタクトの後ゼンユーがホールに出れば、次々に握手を求めてきたのだ。

 曰く、会長の指示でクレームをつけに来たが、とても美味しいものを食べられて満たされたのでそんなことができる気持ちではなくなった、と。

 そして、神泉満月庵ではアレルギー対応が十分に行える環境にないために重篤な症状のお客様は断っていること、それを申し訳なく思っていること、今後はここを勧めることを了承して欲しいこと、を小声で言った。

 特にそれを咎める理由もないので快く受け入れたのだが、どうやら会長はそれを知らないらしい。

 急にやってきてはなんだかんだと文句を垂れる。

 その度にわざわざ朔がキッチンを離れて出てきて煽るのだ。

「神泉満月庵さんほどの規模になると全対応は無理なんでしょう? うちをご案内いただいてもいいですよ?」

 ちゃんと言ってくれればもっと知恵を貸してやってもいいのになあと思いながら、朔は次の夢を叶えに進む。

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