2章 油屋のこども食堂

2章 油屋のこども食堂(1)

 三ツ世善悠には特に仲のよい幼馴染が複数いるが、鳴島朔なるしまさくもその一人だ。

 どのくらい仲がよいかというと、鴉原空港で足止めを食らったから迎えに来て欲しいと深夜一時に電話を鳴らされても、悪態つきながらちゃんと車を飛ばしてやるくらいには、仲がよい。

 一般用の送迎エリアに車を寄せてやれば、正面玄関の端で体育座りしていた朔が駆け寄ってきた。

 七月の終わりともなれば夜は蒸し暑く、車内から出ると温度差が肌を刺激する。

「あーごめんゼンユー、急に呼び出して悪かったね」

「別にいいけど、どうして毎回事前に言ってくれないんだ」

 引きずるようにして持ってきた大きなスーツケースを取り上げて後部座席へ放り込み、助手席を開けて乗れとジェスチャー。

「いや、なんかいつも荷物が行方不明になるんだよね。今日も探し回ってやっと見つかって。元々到着が少し遅れたせいもあるんだけど」

「ったく、あんまり頻繁だと通常の料金体系適用するからな」

「ひどいなあ、友達サービスだってゼンユーが自分で言ったくせにー」

「ベルト締めろ、さっさと帰るぞ」

 手早くギアをDに入れ、すいと発進。

 鴉原空港のある人工島は港都島、通称マリンコートアイランドといって、大部分が港湾施設と住宅街。空港周辺から埠頭回りの道路を使っていけば、しばらくはコンテナトラックくらいしか出くわさない。それをいいことに、ゼンユーは法定速度を超えていく。

 三ツ世善悠が便利屋であるのと同じように、鳴島朔は油屋だ。

 菜種油やヒマワリ油などの定番食用油はもちろん、オリーブやらココナッツやらの流行りもの、果ては超稀少な果実種の油まで。

 上質な油を探して年中世界を旅するオイルハンター、それが朔。

 稲荷町メインロードに面した間口の狭い二階建てでオイルショップ兼カフェを営んでいる。もっとも社長は各地を飛び回って油探しに明け暮れているので、店のことはパートナーに任せきりである。

 それでいて店の一番の人気ポイントは朔本人。

 オイルソムリエの店を売りにしている以上、資格持ちがいないと嘘になるというのもあるが、どちらかというと朔のルックスに引き寄せられた客が多い。

 ふわふわした喋り方だけは気にかかるものの、中身は冴えた実業家、見た目は上々も上々。ひょろりとした長身に人懐こい垂れ目が印象的な整った顔がついているから、彼目当てに数少ない出勤日を狙う女性ファンもいるほど。

 あっという間に港都島を出た車は、鴉原市の中心部、澤ノ井の街中へ入っていく。

 賑やかに栄える澤ノ井もさすがにこの時間は大人しい。一部電気がついているのは平穏な日々を守る隠れたヒーローたちか。

 二十四時間開館の市立中央図書館を横目に見ながら、新湯山トンネルへ入る。この先すぐに高速の入り口があって、三十分も走れば稲荷町手前の湯山出口が見えてくる。

「そういえばさあ、ゼンユーにお土産があるんだよ」

「また得体の知れない缶詰か」

「違うって。今度はちゃんと気に入るだろうもの。後ろに積んだスーツケースに入れちゃったから、明日っていうか今日持って行くね」

「あー、弁護士会の仕事があるから、夜でもいいか」

「そっか。じゃあ悪いけど閉店後に来てよ。夜はキッチンに立たないと季子きこに怒られる」

 パートナーの名前を出しては面倒そうにしてみせるのがただの惚気だということをゼンユーは知っている。店を開いてから二年弱、日常的に聞いてきた。

「はいよ、ワインくらいサービスしてくれよ」

「まかないでよければ食べていって」

 ETC専用ゲートを通り、加速して合流。

 夜間工事中の電飾表示を横目に右へウインカー。

 右車線でオービスを過ぎたら、アクセルを踏み込んで北上。

 少しだけ窓を開けて夜風を呼び込めば、その心地よさに助手席の朔は眠りに落ちかける。

「おい、じきに着くんだから、ちゃんと歩けるくらいには起きてろよ」

 かくんとなったのを見て小言を飛ばすが、意味はなさそうな声が返ってくる。

「うーん……がんばる」

「頑張るじゃなくて、寝るな」

「着いたら起きるから、迷惑はかけないよ……」

 こういう言葉は大抵あてにならない。


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