短編8話

雪雅ゆきまさ頼んだぜ!」

「おっしゃあ! でりゃぁーーー!」

 バシィーンッ!

「甘いね雪雅!」

「ぐっそーーー!」

「そろそろ休み時間終わるから戻らなーい?」

「そーすっかー。銘月めいづきボール持ってっからよろしくなー!」

「あ! こぉらぁー! ったくもー」

 男子たちは素早い撤退を見せつけた。

「……雪雅は優しいねぇ~」

「なんだよー、俺も帰った方がいいのかー?」

「そんなわけないでしょっ、行こう行こうっ」

 姫歌ひめかは持っていたサッカーボールを俺にふわっと投げてきた。


 俺、黒部くろべ 雪雅ゆきまさ銘月めいづき 姫歌ひめかはキャッチボールっぽいなにかをしながら職員室前まで並んで歩いている。

 姫歌は女子の中ではやや身長が高い方で、髪をひとつにくくってることが多い。くくる位置は日によって高かったり低かったり。おしゃれに縁遠い俺には高さの基準はわからない。

 明るく活発な性格なんだが、親が習い事をさせまくっていて、姫歌はたまにぶーぶー言っている。休みの日や放課後にあんまり友達と遊べていないようで、そのせいか休み時間は男子と遊ぶこともしょっちゅう。

 ぶーぶー言いながらも塾はまじめに通っているからか成績もいい。運動も得意。顔もきりっとしていて体も太ってない。男子からのモテ度は話題に出ないのでわからないが、女子からはかっこいい存在として見られているらしい。

 ボールが大量に入ったどでかいかごへ一緒にボールを返すと、それぞれ掃除場所に向かった。

 ……ああ俺? ただの男子学生さ。頭の中で普通の男子学生を想像してみ? おぅそれ俺な。


(今日は木曜かー。帰ってなにすっかなー)

 うちの学校は平日でも部活が休みの日を一日以上作りなさいという決まりがあって、俺が入ってる部活は木曜が必ず休みだ。

 遊ぶ派・習い事派にだいたい分かれるこの平日部活休みの日。俺は遊ぶ派、姫歌は習い事派というわけだ。

 でもこの木曜日は姫歌の入ってる部活も休みだ。


 今日の授業が終わるチャイムが鳴り響いた。

 その後帰りの会も行われて、後は帰るだけだ。

「雪雅ー、今日お前休みだったよなー?」

「ああ、それがどした?」

「実は昨日、新しいゲーム買ったんだよー! 四人まで遊べっから雪雅どうよ!」

「お、いいねー!」

「よーっしじゃあこのままオレん家来るか!?」

「お?! あ、いやー一回家帰るわー」

「なんだ家で用事でもあんのか?」

「いや、ちょっとな。ま、まぁ帰ったら行くからさ!」

「そか? じゃ後でな!」

「おう!」

 沖野川おきのがわ 健三朗けんさぶろうはダッシュで教室を出ていった。さっき昼休みに速攻撤退したやつらの一人。

「さて、俺はっと」

 俺もカバンを持って教室を出た。

「あ、雪雅ー」

 今日もこの木曜この時間、廊下に姫歌がいた。

「おう、行くかっ」

 姫歌と一緒に歩き出した。


 校門を一緒に出た俺たち。ひとつに結ばれた姫歌の髪が元気に揺れている。今日は高さが普通くらいかな。

 七月に入って少し経っているので、あと二週間もせずに夏休みがやってくる。姫歌は冬より夏が好きだと言ってたな。

「雪雅ー、テストどうだったー?」

「ぐっ。俺にそんな話題振るなよ……」

「まーまー。雪雅もまじめに勉強したらいい点数取れるってー」

 この肩に置かれた手がまた俺のむなしさを引き出してくるっ。

「世の中姫歌みたいな完璧超人ばっかじゃないやい! つぅーん!」

 姫歌は笑ってやがる。くっ。

「まーまー。ひとっ風呂浴びて、気を取り直していきましょうやー雪雅さーん」

「ぬあー!」

 俺は自然と走り出してしまった。


 ある日たまたま下駄箱で鉢合わせたときから、俺たちは毎週木曜日に一緒に帰るようになった。帰るといっても姫歌は塾があるんだが。

 ただ帰るだけじゃなく、直売所に併設された足湯に入っていくのが恒例になってしまった。

 この直売所は結構大きくて、地元でもかなり盛り上がっている場所だ。他の地域から買いにくる人も多いらしい。俺もおつかいを頼まれたらここに来る。

 併設されている足湯は温泉らしくて、ここはおじいちゃんおばあちゃんのおしゃべり場所って感じかなー。奥様直売所待ちと思われる旦那様お子様セットが待ち時間に使ってることも多いかな。

 俺が最初になんとなく誘って入ったら、今や姫歌の方が気に入ってしまったらしい。

「今日も入ってくのか?」

「もっちろん! 私の憩いの時間よ~。雪雅はっ、入りたくっ、ないっ、のっ?」

 姫歌はややフライング気味にけんけんしながら片方の靴と靴下を脱ぎ始めて

「いやー、姫歌が飽きてないならなにより」

 そのまま足湯に到着するなり

「やった~貸切だぁ~!」

「おぉー珍しい!」

 大抵だれかしら入っているもので、一人もいないなんてのは珍しい。直売所の方は相変わらず盛り上がってるのに。

 姫歌は鼻歌を歌いながら両方裸足になった。カバンと靴下を置いて、そのままどの位置で入ろうかうろうろ横移動している。貸切なのは珍しいけどさぁ。珍しいから楽しいけどさぁ。体操服じゃなく制服だからスカートだしで……そのー、なんというか……

「う~ん今日もいい湯加減ですなぁ~。雪雅来ないの?」

 姫歌は雪雅ここに来んかいとんとんをしている。左隣に座れということらしい。

「お、おー」


 これが木曜日の流れなのである。

 姫歌は社交的なので常連アシユラー(すまん適当に言った)たちとしゃべることも結構ある。その時離れて入ることもあるし、隣とはいえ角挟んでいたり、向かい合わせだったりと座る位置がばらばらだ。俺はまぁ隣の人と少ししゃべるくらいはあるけど、姫歌ほどは攻めないなぁ。

 姫歌の気分次第なのか、だれもしゃべり相手がいなさそうなときは俺の隣に入ることがほとんど……だが、俺たち二人だけってのが珍しすぎて、なんか、静かというかなんというか。

 姫歌は両手をついて顔を天井に向けている。さぞリラックスしているらしい。この屋根のおかげで雨が降ってようが俺たちはここに毎週来ているのである。

 そんでもってこの後姫歌には塾が待っている。水曜日なんて部活すら休んで習い事。

 明るく振る舞ってるけど、よくそんなにたくさん習い事できるよなー。詳しい話はそんなにしてないけど。あー水曜はピアノだっけ。

(ちょっと気になるけどー……別に話題にするほどでもー)

 あ、姫歌がこっち向いた。

 と思ったら笑っている。

 なんかよくわからないので俺も笑っておくことにした。

「ぶっ。なーにその顔、あっはは!」

「な、なんだよっ」

 慣れないことをするのはやめておこう。


 俺たちはのんびり足湯につかっていた。うーんなんだかんだで俺も気持ちいいかもしれない。

「雪雅だってそんな気持ちよさそうな顔して毎週ちゃんとここ入ってんじゃん」

「姫歌が毎回寄るからだろー?」

「だってのんびりできる時間が貴重なんだもーん」

「姫歌何歳だよ」

「可憐な乙女なのよっ」

 ウィンクをしているが答えになっていない。ウィンクをしているがっ。

「そういや姫歌はまだ誕生日来てないのか?」

「うんー。といっても来週の日曜だけどね」

(!)

「な、なんだとぉーーー!?」

「うわひぁ! な、なに雪雅?!」

 姫歌はあまりの驚きで右足が足湯から出た。そのまま変なポーズで止まっている。

「俺も! 俺も俺も!」

「は? なにが?」

「だーかーらー! 誕生日! 俺も次の日曜!」

「うっそーーー!?」

 もっと変なポーズになっている。

「ま、まっさか……姫歌と同じ誕生日だった……とはっ……!」

「すっごーーーい! すごいすごいすごいっ! こんなこともあるんだねー! 雪雅ぁ~!」

「ぬあぁ?! だあああ姫歌姫歌ぁ!?」

 突然姫歌が抱きついてきた! なんだなんだおいおいおいおい!?

「なーんか一気に雪雅との距離感が縮まった感じだよ~!」

「縮まりすぎだ! てかくっついてんじゃねーかおい姫歌あぁ!!」

 姫歌の腕に丸ごと包まれていて、そして俺の顔の右に姫歌の顔が接触している!

「あはっ、うーれしーいなぁ~」

「そ、そんなにか? 珍しいとは思、うけ、どさ」

 姫歌は腕をそのままに顔だけ少し離した。離したといっても、遠い距離の日も結構あった足湯デーにしてはありえないほど近くに姫歌の顔がある。そして姫歌は視線を俺に向けている。

「……やっと。雪雅との共通点、見つけたね」

「きょ、共通点?」

「うん」

 この姫歌の顔はー……まじめなんだろうと思うけど、でもちょっと笑っているような。

「部活違うでしょー。クラスも違うし、習い事もしてないし。給食だって遠いしー。休み時間にたまに遊ぶけど、共通点らしいこと全然なかったなーって思って」

「今まさに足湯ってるじゃん」

「あ」

 前言撤回。おまぬけな姫歌の顔だった。

「で、でもこれはほら! 一緒に行ってるだけで、こう、もともとの、なんていうかそのー……運命的な、ね……?」

「大げさだなー」

 姫歌はちょっと笑っている。

「しかし共通点だなんて、そのー……こ、ここまで喜ぶもんか、な?」

 俺は顔でこの腕なんなんですか視線を送った。姫歌はちょっと間を置いてから腕を引っ込めた。

「な、なにー。雪雅は私と共通点少ない方がいいっていうのー?」

「は、はぁ? 俺は別に、共通点なくっても……?」

 なんだ姫歌その目は。

「……雪雅薄情だなぁ……」

「おおいおいおいっ、よくわかんないけど……」

 つまりはえっと。

「俺は。姫歌といるの楽しいから、こうして仲良くしてられるだけで、別に……」

 ん? みるみる表情が。

「やっぱ雪雅っていいやつよねー!」

「だーかーらぁーなんで今日そんなくっついてんだよぉーーー!」

「いーじゃんべっつにぃ! なんか無性にくっつきたい気分なのっ!」

「よかないだろおい! てうわわあ姫歌姫歌」

「きゃ! そこまで拒否しなくっても」

 俺は顔ぶんぶん振って、前を見ろメッセージを送った。姫歌はすぐ感づいてくれたようで、

「あ」

 たぶんまた姫歌はさっきのおまぬけ顔になってるんだろう。

「あらあらまぁまぁ、おあついわねぇ」

「ちょ! 芒緑すすきみどりさんそそそんなんじゃないわよ! ね! ねぇっ!?」

「うぇ!? お、おう! おうっ!」

 腕痛ぇ。今度握力の数値教えてくれ。

「まぁまぁ。おばさんが言ったのはお湯加減のことよっ」

 なんという鋭さ抜群のおほほ顔。今度はちゃんと姫歌の顔を見てみた。想像を超えたすごい顔をしていた。何より赤すぎだっ。

「ゆゆゆゆゆ! 雪雅ぁー!」

「んぬぁ!?」

 姫歌はものすごい勢いで足を出し

「げふっ」

 俺の右脚に直撃。したのに関わらずそのまま靴下を手に持ち靴を履き

「ぉおおい姫歌、拭か」

 ちょ俺の靴とカバン乱暴に扱われてんスけど!? おっと俺も靴履かないといけないのか? あー拭く間も靴下履いてる間もない!」

 俺もあわあわしながらなんとか靴履いて立つと、姫歌が息を吸って、

「じゃ! 失礼します!」

「てうわぁぁぁーーー!!」

 靴下とカバンを振り落とされないように左手で握りながらも、右手首は姫歌に捕まえられて俺は問答無用で連れ去られてしまった。


 直売所が建物の陰で見えなくなり、近くの公園に着き

「どふぇっ」

 これまった乱暴にベンチへ俺ぶん投げられた。姫歌は結構息が上がっていて、ベンチに並んで……って言えるような体勢じゃないが、並んで座っ……いや俺横たわってるけど。

「ひ、ふぃめが。なんてらんぼうなんだっ……」

「ん~もおぉぉーーーっ……!!」

 痛い。姫歌のカバンが俺の膝に。

「ちょ、ちょい手加減してくれふぃめがっ……」

「あーもう恥ずかしかったっ……!」

 痛い。カバンって痛いんだね。


 膝を救ってやるべく俺もちゃんとベンチに座り直した。ついでにタオルを取り出し改めて足拭いて靴下を履き直した。あー靴ぬれてんじゃん。

 姫歌は落ち着いたっぽい感じではあるけど、靴下まだ履いてない。

「ひ、姫歌ー。とりあえずー……拭けば? ておいそれ俺の」

 声をかけた途端に俺のタオルが奪われてしまった。

(……み、見続けてんのも、あれかな)

 俺はひとまず公園内を眺めることにした。遊んでるやつがちょいちょいいる。俺らのことを見ているやつはいなさそうだ。


 ちょっと経ってから姫歌を横目で見ると、もう靴下も靴も履き直したようだ。俺のタオルが姫歌のカバンに

「パクんのかーい!」

「……洗って返すわよっ」

「別にそんなのいいぞ?」

「いいのっ。洗って返すわ」

 律儀というかなんというか?


 またひとつ間があったところで姫歌はため息をついた。

「姫歌ぁ、べ、別にそこまで気にしなくてもさー」

「あーーーっ!!」

「うおあっ!」

 一瞬さっきの大声に驚いた姫歌の気持ちがわかったような気がした。

「いっけない雪雅、塾と反対方向来ちゃった! そろそろ行くねっ」

「あ、おう」

 姫歌はスカートを直して学校指定リボンも確認した。

「それじゃ雪雅、明日学校でね!」

「じゃあな……ん? 姫歌は明日部活あんのか?」

「あるに決まってるでしょ。明日金曜じゃない」

「いや祝日だろ?」

「あ」

 なんか今日すげー姫歌のいろんな顔を見た気がする!

「……ありがとう雪雅ぁ~……私明日学校行くところだったわ……!」

 両手をクロスさせてるのはありがとう度アップのためだと思う。

「じゃあ雪雅、朝行っていい?」

「行く? どこに」

「雪雅の家」

「俺ん家? ああ。明日は朝俺一人だしな」

「よし! じゃ今度こそ雪雅、明日ね!」

「おーう! じゃーなー!」

 姫歌は手を上げながら走っていった。

 俺は姫歌が見えなくなるまで見送った。

「そっかー明日姫歌俺ん家来るのかー」

 そっかそっかー。あははのは。

(……ふぅ)

 うん。

(なななななんだってーーーーー!!)

 ちょおぉぉぉ姫歌明日俺ん家来るだと!? なんで!? おいなんでそんな話の流れになった?!

(姫歌、姫、ひ、姫歌ぁー?!)



 次の日


(……さってと……)

 昨日はどたばたした流れでなぜか姫歌が俺ん家にやってくることに。

(にしても姫歌俺ん家どこにあんのか知ってんの?)

 ただでさえ足湯でどたばたったのにその後健三朗んとこでゲームしたせいか、なんかどっと疲れがやってきたような……今日あんま眠れなかったし。

(ここに女子来んのって……初めてか?)

 こっちから女子の家に遊びにいったことはあるけど……呼ぶってのは……。

 とりあえず部屋は片付けた。居間もたぶん大丈夫。なんかお菓子とか用意するもん……か?

(めちゃくちゃ緊張してるぞ俺ーーー!)

 おかしい。姫歌とはクラスや部活が違うとはいえ、休み時間や学校行事とかでしゃべることがあるし、なにより毎週足湯ってる仲間だし。なのにさぁ……なんだこの緊張感は。友達呼ぶだけだってのに。

 祝日って留守番してることが多いんだよなー。土日は遊んだり部活したりなのにさ。

 今日だってだれからも誘いがなかったから家でごろごろするだけのつもりだったんだ。なのになのになのに!

(……とりあえず。全力は尽くした……はずだっ)


 俺は居間でソファーに座って待っている。時計はするする動くやつだからほんと静かだ。ここの家は通りからは奥に入ってるから車が通る音もそれほど聞こえない。小学生と思うキャッキャな声がいちばん響いているかも。

(ていうかほんと姫歌俺ん家わかんの!? 電話でもしてみるか……?)

 たしか電話台のとこに連絡網が~……んーとんーと……


 俺の学校に関わる連絡先が書かれたプリントとかをまとめたファイルが電話台のところに立てられている。連絡網があるとするならここなんだけどなー……

(お、連絡網見っけ。銘月銘月っと……)

 ってばかか俺は! 連絡網はクラスのじゃねぇかー! がくっ。

(いいやまだ諦めるのは早い! 地元密着電話帳もあるのだジャッキーン!)

 普通の電話帳に比べたらその薄さはすごいが、しかし地域密着型の電話帳として、この辺りに住んでいる人に配られている貴重な情報源!

 今度こそ銘月銘月っと………………

(うぉっし銘月見つけた! 一件しか銘月ないけど、まさか別人とかってことはー……ないよな?

 住所も載ってるけど、ふんふんなるほど銘月はあの辺か……学校から歩けば途中までは俺と同じ方向って感じだな。足湯んとこは離れてると思うんだが、塾は足湯の方向に近い感じなんだろうな。たぶん。

 てそんなこと考えてる場合じゃなくってーえーっとえっと。俺はボタンを連打した。


「はい、銘月でございます」

(これは……姫歌じゃないよな?)

「あ、もしも、し!」

 しまった声が裏返った。

「はい」

 うーん、品がいいっていうのはこういうことを言うのかな。

「あ俺、黒部って言います。姫歌ぁ~……ああいや銘月さんのとこですか?」

「はい、左様でございます」

(だれだろう。お母さん?)

「俺銘月さんとクラスメイ……トじゃなかった。クラスも違うし、だー部活も違った! あでも同級生で足湯友達です!」

 足湯友達ってなんだ。

「姫歌のお友達なのですね。いつも姫歌と仲良くしていただきありがとうございます」

「いえいえそんなこっちこそありがとうございます!」

 負けるっ。いや何が負けるとかじゃないはずなんだけど、この人強すぎる……!

「銘月さんはいますか?」

「ごめんなさい、さっきお友達のお宅へ出かけると……あ、ひょっとして雪雅くんかしら」

「はいそうですそうです!」

 そうか俺名字しか言ってなかったや。

「姫歌は雪雅くんのお宅へうかがっているはずなのですが、まだ着いていませんか?」

「あーまーなんてゆーかー、時間とか決めてなかったんで! てか俺ん家知ってんのかなと思ってー」

「昨晩、周辺の地図を広げて旦那とお話をしていましたから、そのことだとしたら、たぶん大丈夫だと思います」

「うわさっすが姫歌だ……ああ銘月さんだ! ありがとうございます!」

「こちらこそ、わざわざご連絡ありがとうございます」

 うーん優しい声だ。……姫歌に言ったらなんか言われそうだ。

「……雪雅くん。今お忙しいかしら」

「え? あいや、銘月さん待ってるだけなんで」

 なんだろう。はっ。姫歌と友達付き合いするのに相応しいかテストします! とかだったらどうしよう。

「普段の姫歌の様子をお聴きしたいと思い……もし雪雅くんさえよければ、少しお話をお聴かせ願えませんか?」

 こ、こんな丁寧な言われ方したことないぞ!

「あ、ははい、よよろこんで」

「ありがとうございます」

「どどういたしまして」

 普段の姫歌かぁ。

「姫歌の~……ぬああ銘月さんのどんなこと聞きたいですか?」

「いつも姫歌のことを呼ばれている呼び方で構いませんよ」

「あー、うんじゃあ……姫歌の、どんなことを?」

「そうですね……お昼の休み時間に遊ばれることはありますか?」

「ある、りますぜ! 昨日はサッカーしたなぁ」

「サッカーを?」

「姫歌ゴールキーパーやってて、昨日もシュート止められたなー。姫歌うまいんだよなぁ」

 ちょっとだけ「まぁ」って聞こえたような。

「サッカーが多いけど、バスケもたまにするかなー。人数集まったときはソフトもやったな! でも俺休み時間と足湯くらいしか姫歌と会わないから、体育とかはよくわかんないな。あでも球技大会はテニスだったっけ。俺サッカーだったから試合観てないけど」

「その、足湯というのは?」

「あれ、お母さ……ん? は足湯のこと聞いてないんですか?」

「それだけでは何のことなのかよくわかりませんが、恐らく聞いていないことだと思います」

 あれだけ行ってて足湯のこと言ってなかったのか。

「俺木曜は姫歌と一緒に帰るんですよー。あ週一の部活休み同士ってことで。そん時に足湯寄るんですよー。ほら直売所んとこの」

 姫歌のお母さんは少し考えたようで、

「はい、ありますね」

「あそこの足湯一緒に入って、そこ出たら姫歌は塾に行くって流れを毎週してます」

「そうだったのですね」

 ……まさか秘密にしてたとか? まさかー。

「俺と姫歌が一緒に帰るようになったのは、直売所寄っておつかいしてくるーって話からだったっけ。塾の方向もそんなに遠くないからってことで。なんかそんな感じ」

「姫歌と仲良くしていただき、ありがとうございます」

「いえいえこちらこそ」

 俺しゃべり方合ってんのかな?

「足湯っていえば、俺姫歌と誕生日一緒なんですよー。今度の日曜ですよね?」

「まあ、そうだったのですか?」

「いやー昨日足湯ってるときに知ってびっくりしたなー!」

「それでかしら……昨日は姫歌、機嫌がよかったようなのです。雪雅くんが関係していたのかもしれませんね」

「ぅえ? ど、どーだろ」

 むしろ後半どたばたってたけど?

「そうだ。よかったら誕生日当日、我が家で一緒にお祝いをいたしませんか?」

「お、俺も姫歌をお祝い!?」

「いいえ、姫歌と雪雅くんご一緒に」

「おお俺もぉー!?」

「誕生日ですから、ご予定はすでにおありでしょうか」

「んーっとー、まぁ父さん母さん兄ちゃんとケーキくらいは食べてるかなー」

「毎年旦那の友人であるパティシエにお祝いのケーキをお願いしているのですが、日曜日ということもあり、今回は我が家に呼んでケーキやスイーツを作ってもらうことになったのです。よかったら、ご家族みなさんもご一緒にいかがでしょうか」

 なんっかすんごい話になってきたぞー!?

「じゃ、じゃー聞いてみます!」

「よろしくお願いします」

「はい!」

 すっかり姫歌のお母さんとおしゃべりしてしまった。とここでインターホンが鳴った。

「あ、インターホン! ちょっと待っててください!」

「はい」

 俺は受話器を置いて……あれ、今のタイミング別に切ってもよかったんじゃ。とにかく玄関に向かった。

 ドアを開けると、

「雪雅ー、おはよー」

 おしゃれな女の子が立ってた。

 白い……ドレス、でいいのか? になんか赤茶色で楕円の帽子……何帽子って言うんだっけ。かぶって、ちっちゃくてひももほっそいオレンジ色のカバン……あれもカバンって言い方じゃないような気がするけど、とにかくそんな姫歌が髪を下ろして立っている。一言でまとめるなら、なんか別人な感じだ。

「姫歌……だよな?」

「私の顔忘れた?」

「いえ覚えてます」

 本物だ。声と顔は姫歌だけど……

「では早速」

 まだ俺が本人認証追いついていない中、姫歌はカバンを開けて、

「はい、ありがとう」

 これはほんとに俺が普段使ってたタオルなのか? すんごく白くてふわっふわしてるように見え……あ、ゴルフショップのロゴ入ってるから間違いないな。父さんがみっつ持って帰ってきたから、俺と兄ちゃんと父さんで分けたんだった。

「お、おう」

 姫歌からタオルを受け取った。手がちょっと当たった。

「姫歌、どこか出かけんの?」

「雪雅の家に」

「どへっ。そーじゃなくって、これから」

「二時から塾に行くよー。テストこの日を選んだの。四時からはピアノの練習。今度の発表会あるから」

「今日も忙しいんだなぁ……ておい。昨日は今日学校行く気だったんじゃなかったのかーっ?」

「あ、あれはちょっと、その、ま、まあどうでもいいじゃない!」

 ぷんぷん顔になった。どうやら姫歌で間違いないようだ。

「ぷぷっ。まーでも祝日も関係なく忙しそうだな」

「ほんとよー。うあーん、今日こんなことになるんなら、テストもピアノも別の日にしたらよかったよー」

 姫歌はがくっとうなだれている。うんうん見覚えのある姫歌だ。

「こんなことって?」

「だって~……」

 改めてこっち見られた。

「雪雅と……遊べたし」

「うんうん……うんう、うんー?!」

「あ、雪雅とまだ遊んだことなかったよね、あは」

 そういえばそうだ。女子と遊ぶこともあんまりないけど、姫歌とはあれだけ休み時間遊んでて、でも休みの日は会ったことすらなかったもんな。

「ゆ、雪雅はー……今度、休みの日があったら、遊んで……くれる?」

 姫歌は手を自分の前で組んで下ろしている。髪が風に揺られながら、目は俺をじっと見ている。っかしいなぁ。さっきから何度も姫歌だってわかってるはずなのに、どこかで姫歌じゃないようなこの感覚……むむむ。

「も、もっちろん!」

「よかったぁー! 約束よ!」

 姫歌は笑顔と一緒に小指を立てて前に出してきた。

「ゆ、指切り? おぅ」

 俺も小指を出して、姫歌と指切りした。姫歌はセリフを出さなかったので、黙ったままの指切りになったが、なんだかうれしそうである。

「……長くね?」

「ふふん」

 姫歌はそっと指を解いた。

「姫歌二時にテストだっけ? それまでは?」

「だから雪雅のとこにタオル届けに来たんじゃーん」

「あそうか」

 これだけ時間があったら道に迷っても俺ん家に着くのは余裕だろう。まだ九時だし。

「てか九時だぞ!? 早くね!?」

「あ、ごめん、迷惑だった?」

「ああ違う違う、姫歌と会えてよかったよ。てうぇ俺何言ってんだ」

 家知らなかったはずなのに無事着けてよかったって意味で言おうとしたら、なんかこんなこと言ってしまっていた。

「雪雅ぁー……どうしたの急にー」

 姫歌もなんか変な表情してるー!

「だーあれだあれだ、さっき電話でお母さんと……あーーー!!」

 俺は姫歌の手を取って

「え、えっ?」

 玄関に連れ込んでドア閉めて、サンダルぶっ飛ばして受話器に一直線。

「もしもし! もしもし!」

「はい」

 つなぎっぱなしだったー……!

「すすすいません! 姫歌今来たんで! それで話してました!」

「そうでしたか。それはよかったです」

「よくないですよ! ほったらかしてすいませんでした!」

「いえ、わたくしのことでしたら大丈夫ですよ。むしろ姫歌が無事着いたことを聴けてよかったです」

 ほっ。

「あ、姫歌に替わりましょうか?」

「姫歌に? では、お願いします」

「はーい」

 俺はまた受話器を置いて玄関に。

「姫歌、こっち来てくれ」

「え、えっ、あ、うん。おじゃまし、ます」

 姫歌は靴も普段のと違って、なんていうか薄いピンクでおしゃれな感じでつやつやしている。靴下も昨日のと違って、小さなリボンがくっついてる。

 俺は姫歌を電話んとこまで連れてきて、

「ほれ」

「で、電話? あ雪雅ってばっ」

 右手で姫歌の右肩つかんで引き寄せながら、左手で受話器を姫歌の左手に押し付けて、そのまま耳のとこまで持っていった。

「わかったから雪雅っ……お電話替わりました、銘月姫歌と申します……」

 これを見ると、姫歌もやっぱお母さんみたいな感じなんだな、と思った。将来あんな感じになんのかな。

「……お、お母さーーーん!?」

 なんという遠慮ない大声。

「ご、ごめんなさいお母さん。どうしてお母さんが雪雅くんと?」

 俺雪雅くん扱いなのか。俺姫歌っつっちゃったよ。

 たぶんしばらくこの電話の経緯をしゃべってるんだと思う。姫歌は……こう、なんともいえない表情をしている。

「そう、だったの、ね……」

 俺に目でなにかを訴えていたようだったが、よくわからなかった。

「だ、大丈夫ですっ。迷惑なんてかけてませんっ。もぅ」

 ちらちら見られてるけど、やっぱりよくわからなかった。

「も、もう切るよっ、あーもうわかったってばぁ! はい雪雅っ!」

「お俺? もしもし」

 俺に押し付けられたので替わった。

「姫歌の声を聞くことができ安心しました、ありがとうございます」

「あーいえいえ。まー姫歌さすがだなーって感じですよねー、俺ん家知らなかったはずなのに、ぶっ」

 姫歌が無言ですごい表情のまま強くなにかを訴えている。

「これからも姫歌と仲良くしていただけると、母としてもうれしいです」

「それはもちろんですよ! これからも姫歌と仲良くしてくんで、こっちからもよろし」

 ぬあー姫歌人差し指一本で電話切りやがった!

「なにすんだ姫歌ぁー!」

「雪雅こそなんでお母さんとしゃべってんのよー!」

「なんでって………………ああなんでこんなにしゃべってんだろう」

 次の瞬間、姫歌はちょっと笑った。俺もツーツーしか鳴ってない受話器を下ろした。


 ひとしきり笑い合った後、姫歌は改めて俺の家の居間を見回している。

「ここが雪雅の家なんだー」

 まぎれもなく俺ん家だ。俺の父さんと母さんの結婚したときの写真が壁掛けられている。なかなかの大きさ。立派なきんきら額縁で、ずっと飾られ続けている。なのでここは俺ん家だ。

「あの写真、雪雅のお父さんとお母さん?」

「ああ。ずっとあの定位置」

 姫歌はへぇ~と言いながらちょっと近づいて眺めている。あんなでかでかと飾ってるから来る人みんな見ていってるな。

 そんな姫歌を後ろから見ると、下ろした髪がよく見える。学校のときはひとつにくくってるのばっかりだ。てことは髪下ろした姫歌を見るのも初めてってことかな。

「で。あのお父さんとお母さんがいたから、今雪雅がここにいる、と」

 姫歌は振り返って俺を見てきた。髪がふわっとした。

「そうなるな」

 姫歌笑顔だなー。なんかこっちずっと見てる。俺の行動待ち?

「姫歌、二時までひまなんだっけ?」

「うん!」

 な、なんかずいって寄られた。

「ごはん、は?」

「外で食べることも結構あるよ。習い事と習い事の合間に外に出てるときもあるから」

「弁当は?」

「たまに持たせてくれるときもあるけど、お父さんとお母さんが朝からいないこともあるし、それに今日はもともと午前中家で宿題するかもしれなかったから、お弁当のこと言ってなかったなぁ」

「宿題? なんか出てたっけ」

「ううん、家庭教師さんの。学校のじゃないよ」

「家庭教師もいんの!?」

「週に一回だけどね」

「は~。ほんと姫歌って大変なんだなー」

「大変だよー。だから雪雅慰めてー」

「な、慰めるー? なんだそれ」

「じゃなでなでしてー」

「な、なでなでぇ!?」

「わんっ」

 姫歌はわんちゃんポーズを取っているようだ。

「さ、さっきのお母さんになでてもらったら?」

「習い事させてる張本人たちになでてもらっても慰めになんないよっ」

 一転両手を腰に当ててつぅーんポーズになった。

「そんなに嫌ならやめちゃうのとかー、は?」

「うーんっ」

 今度は考えてますポーズだ。いつもよりもポーズの幅が大きいような気がする。

「……たぶんー、やめないかなー」

「えらすぎるなぁ姫歌」

「えらいでしょ」

 ポーズそのままに笑っている。

「お父さんが言うにはね。立派に銘月家を継ぐために力を身に付けてほしいっていうのもあるけど、人とのつながりを増やしてほしいっていうのもあるんだって」

「ふーん」

 人とのつながり、かー。

「なんかね。お父さんは昔塾とかはそんなに行ってなかったんだけど、地域の町おこし隊みたいなのとかボランティアとかはよくやってて、連絡も子供のときからいろんな人と取り合ってたんだって。その時のつながりが今にも生きているから、姫歌にもたくさんのつながりを持ってもらいたいんだよって、そんなこと言ってたー」

「……って言われてもなー。やっぱ遊びたいよなー」

「ほんとほんとー! お母さんだってそんなお父さんの考えに感動したから好きになって結婚したとかなんとか言ってたっけー」

「あのお母さんもかー」

 俺の父さん母さんは高校の同級生とかだったっけ。

「でもねー。思い返してみると、確かにいろんなつながりってあるんだよね。違う学校だけどピアノ友達に塾友達。家庭教師の先生も丁寧に教えてくれるしっ」

 大人の人って、やっぱすごいんだ……な?

「でもやっぱ遊びてーよなー!」

「遊びたーい!」

 俺が両手を上げると、姫歌も続いて勢いよく上げた。

「雪雅と遊びたいよー」

「昨日サッカーやったばっかじゃん」

「そうじゃなくってー。休みの日に一緒にお出かけしたいってことー」

「俺とー?」

「そうよー。『トムはボブと休日によく出かけます』『今度の日曜日、キャサリンと映画館に行きます』『ジェニファーは友達のスーザンとサーフィンするのが趣味です』……なによ塾通いの私への当てつけ!?」

「ぶふぁっ、たしかになっ」

 やべ、英語ちょっと好きになったかもしれない。

「だからかなー。雪雅と足湯に行くの結構楽しみなんだー」

「そういうもんか?」

「そういうものっ」

「姫歌は雪雅と温泉に行くのが趣味です」

「行こう! 行きたい! おっきい温泉に雪雅と行きたい!」

「だあああ!? うおおいおいおい足湯はともかく温泉に一緒に入るとかだめすぎるだろ!?」

 姫歌の動きはちょっと止まった。

「……い! 一緒にごはんとか卓球とか楽しそうだねって意味よばか雪雅ぁーーー!!」

「あ、す、すまんすまん」

 いや今回はまじですんません。

「お、思わずばかって言っちゃったじゃんばか雪雅っ」

「まじすんません」

 笑ってくれているので許してくれているようだ。

「ばか雪雅っ」

「すんません」

 ここぞとばかりに三連続。

「……ね、ねー雪雅ー」

「あん?」

 姫歌は手を後ろで組んだ。

「ゆ、雪雅、なかなか誘ってくれないから、私から言うけど、さぁ」

「ん? どうぞ」

 なんだろ。

「……じ、時間まで。遊んでほしい……なっ」

 なんだそんなことか。

「姫歌が大丈夫なら」

「やた! 雪雅ありがとー! やっぱり雪雅って私が女の子になれる瞬間よー」

 姫歌はくるくる回ってる。

「姫歌男だったのか?」

「女の子よっ!」

 あ、はい。

「もー。雪雅としゃべってると楽しいから、習い事とかでしんどいのも忘れられるって意味よ」

「そういうもん、か? でもいつかは習い事の時間来ちゃうし」

 姫歌はさっき見かけたようなうなだれ方をしている。

「私。こんなに仲いいの雪雅しかいないんだから。もっと私のこと大切にしてよねっ」

「そ、そうなのか!? 女子は? てかピアノ仲間がーとか言ってたじゃん」

「もちろん友達は他にもいっぱいいるけどー。たぶん雪雅の前がいちばん気楽でいられてると思うよ」

「そう、なのかー?」

「そうよっ。だから……あの……」

 急に姫歌がまじめになった。

「私が本当につらくてしんどくなったら、相談しても……いいかな?」

 これまでたくさん姫歌と一緒にいたけど、そのどの時にもなかったまじめな顔で俺にお願いをしてきた。

「も、もちろん、さ。俺と姫歌の仲だろっ」

 とりあえず親指を立てて顔もキメてみた。

 姫歌は喜んだようで、

「あっりがとー雪雅ぁ~!」

「てうわ姫歌どわはぁー!」

 突然の姫歌タックルに俺はバランスを崩し床に押し倒されてしまった。痛ぇ。勢いそのままに姫歌は俺に重なるように乗っかる形になった!

「うぅ~っうれしいよー雪雅ー。私習い事頑張るよー!」

「だわだわかった、わかったからわかった!」

 なに顔すりすりしてんだよぉー!


 とりあえず体勢を立て直し座った。姫歌がそこにいる。

「ったくなんで昨日から急に飛びつくようになったんだよー。おとといまで全然飛びついてこなかったじゃねーか」

「な、なんでだろねー。いや?」

「い、いやじゃな……い……けど、さ」

「雪雅ぁ~。パワーちょうだーい」

 なんか両手を広げている。

「なんかキャラ変わってないか?」

「さっきの相談に乗ってくれるってお話はうそだったのねしくしく」

「なーわあったわあった塾頑張れ頑張れっ」

 恥ずかしいが、姫歌をぎゅっとした。

「わあっ。なんか……すごく幸せ」

「はぁ~?」

 恥ずかしいので終了。

「おかわり~」

「てかなんで俺なんだよー。俺男だぞー? か、彼氏でも作ったら、いいんじゃ、ないのか、な」

 また普段全然使わない単語が出てきた。

「彼氏……かぁ……」

「てかてかなんでこんな床でしゃべってんだ! 俺の部屋にでも来るか?」

「え!? いいの~!?」

「ああ」

 なにやら探検隊の目つきに感じた。


「おっじゃましまーす!」

「じゃますんならかえってー」

「失礼しましたーってなんでやー!」

 姫歌キレッキレである。改めて部屋に姫歌を入れ

(初女子侵入者!)

 た。

「この部屋に入った初めての女子称号を贈呈しよう」

「ほんとー!? うれしいなー」

 まじでうれしそうな表情をしている。

「あーなにこれー。クッションよね? 私ここ座ろっと」

 あれ名前なんだっけ。お母さんがビンゴで当てた景品で、幸せに包まれしつぶつぶクッションとかそんな感じの名前だった気がする。つぶつぶは表面のことじゃなく中に入ってる素材のことらしい。見た目がとにかくめっちゃまぶしい黄緑色。かなりでかい。

「あぁーいいねーこれー。雪雅またこの部屋来ていいー?」

「いいけど、そんなひまあんのか?」

「作るっ」

 言葉はすごいきりっとしてるのに、姿はぐでーっとなっている。だからよぉ脚……。

 俺はとりあえずベッドの横に座ってひじをベッドについて姫歌を横から眺めている。髪が妖怪みたいに広がってる。すまんいい言い方思いつかなかった。

「……眠くなっちゃいそー」

「人の部屋来て早々寝るんかいっ」

「そういえば昨日、今日のテストのために勉強してたんだったー。思い出したらもっと眠たくなっちゃったよー」

 いつもこうしてさらっと言ってるけど、ほんとに眠そうだし、やっぱ習い事の連続はしんどいんかな。

「なのに朝っぱらから俺んとこ来てよかったのか? 二度寝でもしてたほうがよかったんじゃ」

「じゃーここで二度寝するー」

「それは二度寝とは言わないぞ。昼寝だ」

 あーあ腕もだらんとしちゃってよー。

「姫歌ー。そんな眠いんならここで寝てくかー?」

「ぅー……せっかく雪雅が私と遊んでくれるって言ったのにもったいないなぁー」

「また元気なときに遊べばいいじゃん」

「ぅーぅー……」

 あ、顔こっち向いた。

「……雪雅がそう言ってくれるんならー……ほんとに寝ちゃおうかな」

「何時に起こしたらいい?」

「ん~……十一時半にしよっかー。それからごはん食べて、テスト頑張る」

「よし。どこで寝る? 布団持ってくるよ」

「そこにベッドあるじゃん! そこがいいー」

「俺のベッドだろうが!」

「ちぇー」

 見事なまでにちぇっ顔だ。

「お願い雪雅ー。ベッドで寝かせてよー」

「はぁ~? んぬー……」

 しかし姫歌はテストの点数とピアノの発表会がかかってるわけだしな……

「……わっ、わあったわあった! 好きに使えっ」

「やーったー! 失礼しまーす!」

 なんという瞬足だ。あっちゅーまに布団に包まれし姫歌。眠気とは一体。

「昨日張り切って勉強しすぎちゃったー」

「よく頑張りました」

「もっとほめてー」

「とっても頑張りましたー」

「えっへんー」

 枕の位置も完璧らしい。その枕はいとことおそろいのやつだ。

「……自分から言い出しといてあれだけど……雪雅、ひまになっちゃうね」

「もともとごろごろするつもりだったし、問題なし」

「雪雅優しー」

「どーも」

 もう完璧に俺のベッドを使いこなしている。

「ほら寝なよ。テスト頑張るんだろ?」

「うん」

 掛け布団から指先だけ出している。布団位置微調整かっ。

「ね、雪雅」

「なんだよっ」

「手、握って」

「だからキャラ変わりすぎじゃね!?」

「雪雅くんはー。私が困ったときー」

「わあったわあった!」

 俺は座ったまま布団に左手を入れると、姫歌の左手をすぐ探り当てた。それと同時に姫歌が手を握ってきた。

 温かくて、正直ちょっとどきっとした。

「ありがとー雪雅ー」

 急に声がふらついてきた。

「姫歌って友達の家に遊びに行ったら、いつもこうやって寝てんのか?」

「そんなわけないでしょー。眠くなることすらないかなぁ」

「じゃ今のその姿はなんだっ」

「いやー雪雅さまさまですねー。ありがとうございまーす」

「いえいえ。ってなんだそれ」

 姫歌は手をにぎにぎしている。

「十一時半だよな。目覚ましかけてやるからはよ寝ろ」

「うん」

 目が閉じられておやすみモードに入っていくようだ。俺は右手だけで目覚まし時計を十一時半にセット。また元の位置に戻した。

「おやすみ、雪雅ぁ」

「あいよー」

 姫歌は休みました。

(しっかしごろごろするつもりだったとはいえ、左手がこれじゃーなにもできないな)

 もし左手を離したことがばれたらまた困ったときはーごにょごにょと言われてしまいそうだし。

(……姫歌がいる)

 寝顔を披露してくれている。いつも元気な姫歌なので、寝ている姫歌は想像もしたことなかったなぁ。てまぁ人間なんだから寝ることくらいあるだろうけど。

「……俺も寝るかー」

 そういえば昨日俺もなんかあんま寝られなかったんだった。このまま突っ伏して寝ることにするか。

(おやすー)



(……ん、んん~……)

 今何時……

(ん!?)

 待て。この状況どういうことだ? 俺はたしかに突っ伏してる。だが頭になにか当たっている。あれ左手に姫歌の手がない。けどなんか当たってる。とりあえず姫歌の体が俺に当たってるだろうという予想はつくが……寝てるってことはまだ時間来てないのか。

(……まぁいいや。もうちょっと寝るかー)



(……んっ。んん~っ……)

 右腕痛ぇ。寝方が悪かったかも。

(んん!?)

 俺は顔を上げると

「のわ! あっ」

 姫歌の顔がとんでもなくちか……いや……あ……あいや…………

(これ、って……さ…………)

 一秒? 二秒? 何秒止まってたかわからない。けどなんか動けなくて。止まっていた。

 まばたきをすると覚めたような感じがして、俺は急いで姫歌から顔を離した。ぐぇ腕そのままに顔引き離したから肩がっ。

 それよりも。俺がさっきいた顔の位置に寝ている姫歌がいる。つーか左腕と右腕の位置もおかしいことになってんじゃねーか! つーかつーか姫歌なんでこんなこっち寄ってんだよ! 寝相悪すぎじゃね?

 ああでも布団めくれてるとかじゃないから寝相悪いわけじゃないのか。だーでもなんで俺の左腕が姫歌の背中に、右腕は姫歌の首元に回ってんだよぉー! んでなんで姫歌そんながっつり寝てんだよおぉぉーー!!

 という心の声もむなしく、姫歌はさぞ気持ちよさそうに寝ている。

(ほんとにこんなんでテスト頑張れるんだろうか)

 姫歌はあんなこと言ってたけどさ……うぇそんなこと思ってる場合じゃない!

(さっきの……さっきのあれは……あれはー……)

 ……くっついちゃった……よな……?

 幸い姫歌には気づかれていないようだ。姫歌起きてたらばか雪雅じゃ済まなかったかもしれないだろう。

 だめだだめだ。もう姫歌に顔を接近させてはいけない。目も覚めた。おはよーございます。

 目覚まし時計に目をやると、十一時ちょうどだった。まだ三十分あるのか。

 起きてしまったが、姫歌を起こすのはかわいそうだし、しかもなんで腕がこんな位置にあんのかさっぱりわからんが、動かせば姫歌を起こしてしまうだろう。

 左手には姫歌の服の、右手には姫歌の首や髪の感触がある。右手ちょっと痛ぇ。

(き、きっとこの痛みの何倍も姫歌は習い事に苦しんでいるはずだ!)

 妙な正義感が宿ってきた。ここは耐えよう。俺だってやっぱ姫歌がちょっとでも元気になれるんなら手伝えることで手伝いたいし。

 改めて姫歌の寝顔を見てみる。うん、姫歌の寝顔です。警戒心ゼロ。

(ぬぉだめだだめだ。姫歌の顔を見るとさっきの感触を思い出してしまう)

 しかもそれはただ思い出すだけじゃなくて、同時に胸の中のなんかがわちゃわちゃうごめいてるような感覚まで襲いかかってくる。平常心平常心。

 俺はまだ姫歌と仲良くしてたいんだ。そうだそうだ。

 ……俺はさっきから何を思ってんだろう。はぁ。

 とにかく。俺が今できることは、腕を動かさないことだ。脚はちょっと体勢立て直すとして、さて俺自身、というか顔はどうしておくか。

 俺の部屋なんて見回してもただの俺の部屋だしなぁ。ワークが壁にかけられてあるわけでもないし、ましてや視力検査のやつがかかってるわけでもない。

 これは~……ごろごろとは似て非なるものだっ。正直ちょっとひまだ。

 とはいえ腕を動かすつもりはない。一点でもテストの点数がよくなればこんな腕の痛みなんぞうんうん。

(……あぁ。やっぱひまだぁ)

 こうもひまだとどうしても姫歌の顔を見てしまう。んで姫歌の顔を見てしまうとぐるぐる。

(姫歌ぁ。自然と起きてくれないかなぁ)

 起きてくれそうにないなぁ。超寝てるよ。

(……しゃーない。寝るっきゃないかー)

 また……その……くっついてしまうと大変なので、今度は顔は左に向けて寝ることにしよう。


(……眠れなかった)

 今何時だ。見てみたら、後十五分だ。微妙すぎる。

 しかもさ。この間目を閉じてたけどさ。どうしてもさっきのあの感触が思い出されまくって……

(姫歌はっ)

 寝ている。だからぁ寝顔を見てしまうとさらにさっきのを思い出してしまうってば。

(くぁーなんだこれは! なんでまたもっかいくっつけたいって気持ちがぁー!)

 ああ。疲れてきた。こんな体勢じゃなくがっつりベッドで横になりたい。この感覚がいやなわけじゃないんだけど。

(……でも後十五分をこんな気持ちのまま乗り切るのは難しそうだっ)

 とりあえず今から姫歌にごめんなさいごめんなさいを唱えまくっておこう。同じくらい俺のこと嫌いになりませんように嫌いになりませんようにも唱えておく。

(まじすんませんすんません)

 俺はまた姫歌の唇にくっつけてしまった。


(……逆効果だったのだろうか……)

 めちゃくちゃ胸が痛い。しかし痛い痛いと思っていたら気づけば時間がもう目前に! そして!

(きたー!)

 聞き慣れすぎた目覚ましのベルの音が鳴り響いた!

「おい姫歌起きろ頼む起きてくれ姫歌ー!」

 解除された腕制限で姫歌をちょっと揺らしながら声をかけた。

「……ふぁりがとう、雪雅ぁ」

 姫歌は起きたようなので、右手を引っこ抜いて目覚ましを止めた。あーうるさかった。

 姫歌は体勢そのままでゆっくり目を開けて目線だけこっちを見上げてきた。

「お、おはー」

「おはようゆきますぁ~……」

 まだ少し眠そうか?

「ぉおお目覚めはいかがですか」

 ばれてたらどうしようって思ったけど、ばか雪雅が飛んできてないってことは、たぶん……セーフッ。

「……もうちょっと寝てたいかなぁ」

「あんだけ寝てまだ寝足りないのか?」

 姫歌は言葉を出さなかったが、ちょこっとうなずいた。

「寝不足すぎだろっ。俺なんてテスト前でもいつもと同じ時間に寝てるぞ」

「ふふ、そーだねー」

 横向きに寝ている姫歌がそこにいる。思いっきり俺のベッドなのに。

「……また寝不足になったら、寝に来ていい?」

「そこは自分の部屋で寝ろよ」

「だめー?」

「だめだっ。すごくだめだっ」

「ちぇー」

 本日二度目のちぇー入りました。

「おかげでいっぱいエネルギー注入されましたー、姫歌ちゃん元気いっぱふあぁ~」

「あくびしながらそんなこと言われても」

「ふふ~」

 ちょっと笑ってからまた俺を目線だけ見上げている。

「おい動けよ」

「あと五分~」

「だー」

 姫歌は目覚め悪いタイプなのか。

「お願い雪雅。もうちょっと今の気分にひたりたいの。ほんとに後五分だけー」

「まぁその休日の昼寝の後の急いで起きなくていい感にひたりたい気持ちはよーくわかるっ。じゃ五分追加な」

「ありがとっ」

 また目が閉じられた。そういえば左腕の位置がそのままだった。外しとこ。

 姫歌は特になにも言わなかった。

「なー姫歌ー」

「なにー?」

「俺ってさ。そんなに姫歌の習い事頑張る応援につながってるかな」

 姫歌は目を開けることなくしゃべっている。

「うん、とっても。雪雅と足湯に行くようになってから、なんだかやる気わいてる気がする」

「それは単に温泉の効能なんじゃ」

「こんなに心が充実してるんだから、雪雅のおかげなのー」

「はぁ。さんきゅ」

 俺も含まれているらしい。

「……なんかね。今とっても幸せな気分」

「わかるわかる。俺も休みの日の昼寝超好き」

 気が合うではないか姫歌君。

「……うんっ。私も……大好き」

 そんなにまでもなのか! 俺の上をいくごろごろ好きがこんな身近にいるとはな!

「雪雅も……好き?」

「だから超好きっつったじゃん」

「…………好き?」

「好きだ。たまらない。今まで好きだったし今も好きだから、たぶんこの先も好きだろう。てか好きだ。好きだっつったら好きだ」

 ここまで語ったことはなくそこまで深く考えたこともなかったが、改めて思い返すと好きであるっ。だから祝日のごろごろが好きなんだな俺。

「……はあっ。幸せ」

 一級品の幸せオーラだ。

「あのな。そこ俺のベッド。本来だったら俺がそこで幸せにひたっていたはずなんだぞぉー!?」

「あは、ごめーんなさいっ」

 猛烈に謝まる気のない笑顔のごめんなさいだった。

「ほんと元気出たー。これならテスト頑張れそうっ」

「頑張れよ」

「うんっ」

「……俺ならテスト行かずにそのままもっかい寝たいだろうけど」

「それは最高だっ。雪雅代わりにテスト受けてきて。私寝るからおやすみー」

「0点で返ってくるけどそれでいいのか?」

「だめ。怒られる」

「じゃ起きろ」

「はーい」

 ようやく姫歌は体を起こした。ほんとに俺の部屋だったっけここ。

「雪雅、ここ座ってっ」

 姫歌はベッドぼふぼふしたので、俺は上がってその位置に座った。

「ほい」

「雪雅ありがとぉー」

「だから姫歌ぁー!?」

 ものすっごい強い力で抱きつかれた。痛ぇ。

「元気くださーい」

「さっきまで寝まくってたやつが何言ってんだって姫歌ぁー!?」

 痛ぇ痛ぇ。と思ったら姫歌はちょっとだけ顔離した。

「こら雪雅ー。こーんなかわいい女の子が目の前にいるのに、なんとも思わないのー?」

「ここ俺のベッドです。返してください」

「はぁ~」

 姫歌はちょっと笑った。

「雪雅、今私に言いたいこと、ある?」

「ここ俺のベッドです。返してください」

「他にぃー」

「姫歌に言いたいこと? なんだそれ」

「ほーらー。なんかないのー?」

「姫歌に言いたいってー……んー? あー、そっかなるほど、こういうことか!」

「わ! 雪雅やっと気づいてくれた!?」

「ああ! なーんだよそういうこと言ってほしいんならそう最初から言ってくれりゃいいのにさー」

「い、いいじゃーん。はい雪雅が私に言いたいこと、どうぞ!」

「おっけー任せろ!」

 あれ、なんでそこで姫歌は目を閉じた。なるほど俺の魂の叫びをそんなに真剣に聴いてくれるのか。よしよし。

「じゃあいくぞ姫歌!」

「う、うんっ。お願いします」

 俺は深呼吸をした。そして。

「フレーッ。フレーッ。ひーめーかーっ! 頑張れ頑張れひーめーかーっ! いぇーーーーい!!」

 思いっきり万歳で締めくくった。

 姫歌は動かない。そこまで真剣に聴いてくれるとさすがに恥ずかしいなぁー。

「……雪雅?」

「なんだ?」

「今の、何?」

「応援」

 姫歌の目が開いた。

「応援?」

「応援」

 姫歌の目がぱちぱちした。

「雪雅。私に言いたいことって……応援?」

「応援」

 またぱちぱちした。

「……ああ、雪雅っ。私がおばかさんだったわっ」

「うぇー!? なんだそれー!」

 姫歌は布団の上に寝転んだ。

「いえね雪雅。うん。すごくうれしいの。習い事大変っていっぱい言っちゃってる私がだめなんだよね、ごめんなさいっ」

「いやいや意味わかんねっ、俺こそ今まで姫歌は習い事大変そーだなーとかぼけーっと思ってただけで、本当にそこまで大変だったなんて知らなかったし」

「ぐさっ」

「なにがぐさ!?」

 姫歌はよくわからないがダメージを受けている。

「あ、ありがとう雪雅。うれしいっ。こ、これからも私を応援してくれるともっともっとうれしいなっ」

「またあれしろってか?」

「ああううんううん気遣ってくれるだけでうれしいよっ。また足湯一緒に行こうね」

「おう」

 ひとまず姫歌の元気を引き出せたようでよかったよかった。

 姫歌はまた座り直して、俺を見てきた。けどそのまま俺の右手を両手で拾った。

「……こんなに雪雅と一緒にいるの楽しいんなら、もっと早くからここ来てたらよかったね」

「だから休みの日遊ぼってば。俺も……なんか今の姫歌、いいなって思う」

 いいってなんだいいって!

「ゆ、雪雅ぁ、それなにぃ……?」

「ごっほん! とにかくこれからは学校以外でも会おうなっ」

「うんうんっ。私お休みの日少ないから、雪雅予定空けててね」

「空けます空けます」

「お願いしまーす」

 手をさわさわするスピードが上がった。

「ちなみにさー。次丸一日休みっていつだ?」

「次? んとー。誕生日の日曜かなー。あでも塾とかはないんだけど、毎年お父さんとお母さんがパーティ開いてくれてるから、ひまとかじゃないんだけどね」

「ああ電話で姫歌の母さん言ってたなぁ。誕生日同じって言ったら俺んとこの家族も一緒にどうよって誘われたな」

「えぇー!? なにそれ! すごくいい! いいよいいよぉ雪雅おいでよぉ~!」

「だからなぜくっつくーーー!!」

 また強力な力で抱きつかれている。

「雪雅、テスト終わってピアノ終わったらまたここ来ていい?」

「は? なんで?」

「雪雅のお父様とお母様にお話したいからっ」

「俺の!?」

「そっ! ねねぜひみんなで来てっ。私と雪雅の誕生日を一緒に祝えるなんてすっごくいいじゃん!」

 なんというまぶしきおめめ!

「遅くなってもいいのか?」

「そんなの習い事で慣れっこ! 私から直接説明させて!」

「ま、まぁ、姫歌がいいんならいいけど」

「やた! よぉ~っしますます今日のテスト頑張るわよー!」

 俺の背中に腕を回したまま姫歌は燃えている。

「頑張れ頑張れひーめーかー」

「はーいっ」

 なんだかんだでこうして姫歌のやる気パワーを俺でアップできてるようだ。ちょっと実感みたいなのがわいてきた。

「もう雪雅私に言いたいことない? 私にしたいことでもいいよっ」

「だからなんだその質問。俺が姫歌にっていうか、姫歌と一緒になんかしたいことはってことならわかるけどさ」

「ないならないでいいんですよー。聞いてるだけー」

「ん~……」

 ……だからさぁ。こうして姫歌を近くで見るとさ。さっきのを思い出しちゃうんだよなぁ。姫歌はもうばっちり起きてるから、またするわけなんていかないし……

(……あ。これも言いたいこと、したいこと、になるの……か?)

 うう、また胸痛ぇ。抱きつかれてないのに。ちょっとそのこと思い出してみたら、またまたしたくなってきたかも。しかあしこんなのしちゃだめだろっ。とか俺が頭ぐらぐらさせてる中姫歌はこっちを見ている。

(んんん~…………ぬおぉぉぉ!!)

「姫歌!」

「ははい!」

「すいませんでしたぁーーー!!」

 俺は瞬時に後ろへ跳ね退き土下座。

「ええ!? ゆ、雪雅!?」

「すいませんでしたぁーーー!!」

 むしろ土下寝。

「え、え? それはなに?」

「すいませんでしたぁーーーっ!!」

 ベッドから降りて土下寝。

「だ、だからそれなにー?」

 ドア付近まで飛んでいき

「すいませんでしたぁーーー!!」

「な、なにってばー!」

 土下寝。ドア開けて廊下出てドア閉めて、

「すいませんでしたあぁーーー!!」

「雪雅ぁ~!?」

 廊下土下寝。

 だめだ。もう合わせる顔はない。フッ。姫歌。こんな愚かな俺を許しておくれ………………完。

「ちょ、ちょっと雪雅ぁ、やだよぅ入ってきてよー」

 俺はドアをわずかに開けて中をちらっ。

「雪雅雪雅っ」

 両手を広げておいでおいでしている。やはりドアを閉め

「ゆーきまさぁ~」

 たら怒られそうなので仕方なくドアを開け、元のベッドの位置まで戻った。

「雪雅くん」

「はい」

「まったく意味がわかりません。説明してください」

「う」

 くぅ……こ、こうなったら当たって砕けよ! 言わない安全より言う正直!

「姫歌、すみませんでし」

「もうわかったからぁ。だからそれなにってばー」

「はい。あの。これから話すことはまじです。冗談じゃありません」

「わかりました。どうぞ」

 うう。姫歌の普通の表情がなんだか怖い。

(……腹をくくろう! もう、この人生に未練はない!!)

「姫歌。俺のこと嫌わないでくれたらうれしいけど、嫌われても……受け止めるっ」

「きゅ、急にどうしたの? 私、雪雅のこと大好きっ」

「俺も姫歌のことが大好きだ。ん?」

 なんだこれ?

「……うれしいっ……」

 姫歌は……え、ちょっと泣きそうなのか!?

「ああいやいやおいおいおい!? 話の腰を複雑骨折させんな! えとな、えとさ、それはともかくだ」

「いやっ。うれしいうれしいっ。こんな共通点、うれしすぎるよぉ……うぅっ……」

 ぬあぁ泣き出しちゃったよー。

「姫歌ぁ!?」

 わっけわかんねーよぉー! なんでこーなったーーー!?

(俺の部屋で姫歌が泣いてるんですけどー?!)

 どうしようどうしよう。わけわかんないことにわけわかんなくてわけわかんなくなってる。

「あの、姫歌。したいこと」

「もうそんなのどうでもいいよぉ……こんなに幸せなことって、あるんだ……」

 えとあとえとその。

「どうでもいい、ことないと思う……ぞ?」

 姫歌は首を横に振りながら左手を目に当てている。

「いやまじでこれは姫歌にちゃんと言わないと」

 そうだそうだ。俺は負の遺産も背負って生きなければならぬ!

「……じゃあ、どうぞっ」

「こほん」

 なんだか状況が変わってしまったが、座り直して、いや正座で座り直して泣いてる姫歌を正面にとらえる。

「姫歌。さっき寝てたとき、その……す、すまん」

「寝てたとき?」

「は、はいです」

 ゆくぞっ!

「わたくし黒部雪雅はー! 銘月姫歌ちゃんの、く、唇に、く、くく、くっつけてしまいましたー!!」

 土下座。

(フッ……さすがだな俺。見事な散り際だったぜ……。おとこってぇーもんはなぁ。生き様が大事ってぇーなもんよぉ……フッ)

「さー姫歌ごはん食べてテストだったなー! ゆきたまえーはっはっはー!」

 俺は正座に戻ったがはっはっはー。

「ごめんなさーい!」

「はっはっはー?」

 えちょ姫歌が土下座、いや土下寝かよ!?

「わたくし銘月姫歌はー! 黒部雪雅くんが寝てるときにー! ちゅーしちゃいましたー!」

「どえーーーーー!?」

 俺は土下寝とは違う意味で倒れ込んだ。


 しばしの沈黙。

 疲れた。

 浮かんだ文字はこの三文字だった。かなり立体的に表示されてると思う。

「……ほんとに、あの、ご、ごめんなさい。き、嫌いにならないでほしいな……」

「すみませんでしたぁ。俺のこと嫌い……になっても受け止めるっ」

「やだっ。好き。私雪雅のこと好きっ」

「俺はもう姫歌さん、いえ姫歌様に顔向けできませんことです」

「いやっ。私は雪雅と一緒にいたい。雪雅がいないと習い事頑張れない」

「そ、それはそれで俺捕らわれてるな」

「ごめんなさいごめんなさい」

 結局お互い土下寝ってなんだこれ。すぐ左に姫歌の足があるだろう。

「私は雪雅のこと嫌いにならない。むしろもっと雪雅のこと好きになっちゃった。だから私のこと、嫌いにならないでほしい。私、ほんとに雪雅のことがとっても大切なの……」

「ひ、姫歌っ」

 すごくうれしいのに、ほんの一瞬姫歌の足がしゃべってるように想像してしまって吹きそうになったが耐えた。

「じゃ、じゃあさ。俺姫歌のこと嫌いにならないから、姫歌も俺のこと、嫌いにならないでいてー………………くれっ」

「うん。雪雅ぁ~っ」

 俺は座り直すと姫歌も座り直していた。

「……えへー」

 ずいぶんでれーっとした顔だ。

「なんて顔してんだ」

「ふふーん、雪雅だって変な顔だよー」

「うげっ」

 再土下寝。

 しかし姫歌に肩をつかまれ起こされた。

「……でも雪雅。それを私にしたいことっていうときにしゃべってくれたって、こーとーはー……」

「ぐっ」

 そこで俺の手を握るなよぉ。

「ああ姫歌ちゃんは急に眠たくなってきたなあ。寝ますねー。おやすみー」

「は!?」

 セリフではそんなこと言ってるが、姫歌は横になることはなく座ったまま目を閉じてる。手を握られているので逃走も阻止されている。それでいてこの一連の流れである。と、いうことはだ……いやいやいやしかししかししかし。

「ひ、姫歌ー?」

「すぴーむにゃむにゃむにゃー」

 そんな寝息は聞いたことない。

 で、でもまぁ……つまり姫歌はー、自らその状況に持ち込んでるってことはー……えとーだなー……

「き、嫌いにならないでくださいね姫歌お嬢様」

「いつまでも大好きだよ、雪雅」

 姫歌はとっておきの本気度で、そう優しく声に出してくれた。

 俺はちょっと近づいて、姫歌の抱きつきに比べたらぎこちなかったかもしんないけど、本日三度目、目を閉じている姫歌の唇にくっつけた。

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