短編14話
「ようちゃーん」
「みひめはおれがまもるー!」
「ようちゃーん」
「おれがついてるかぎりだいじょうぶだ!」
「ようちゃーん」
「でたなあくとうめー! このっこのっ!」
「ぐああっ、くっ、やるな……覚えてろよ!」
「あなたっ。連れて帰るのでしょう?」
「そうだったなはっはっは!」
「ようちゃん?」
「これはおれのたからものだ! これでみひめはおれといっしんどうたい!」
「ありがとー」
「ようちゃーん」
「んー?」
「はい」
「これは! ゆうしゃのぱわーあっぷだな! よーし!」
「ようちゃん」
「みひめ! けがないか!」
「ちゅーがっこういったらあおうね」
「おれいくとこしょーがっこうだぞー?」
「またね」
「ばいばーい!」
(……結局、中学校でも会えなかったじゃねぇか)
俺は生徒手帳の表面に二年生ということを書き加えた。
(しまった。何組かは学校行かねぇとわかんねぇじゃん。今書かなくてもよかったな)
いきなりやっちまった俺はケースへ戻し、机の上に置いてあった緑色の折り紙を最後のページとケースの間に挟んだ。半透明のとこじゃなく、ケースの裏の裏に挟むような感じだ。
入れる度に思うこの『みさと』という赤クレヨンで書かれた文字。名前っぽいけど、なんせ幼稚園児が書いた字だからみさとで正解なのかもわからない。とりあえず今のところ知り合いにみさとという名前の人には出会ったことがない。
「いってきまーす」
「いってらっしゃいな!」
母さんに見送られながら俺は家を出た。
中学二年生になっても同じ時間同じ道で登校する。いくつか試したけど、今使ってる道がいちばん早い……気がする。
今日は始業式だ。クラスの張り出しがあるから、掲示板で確認だ。
(……ん? なんか人が立ってるぞ)
学校が近づいてくると、校門のところで一人の女子が立ち止まっている。学校の方を向いてるんじゃなくて、まるで登校する生徒のだれかを探しているように。学校名が書かれたプレートの前に立ってるから、外部の人入るの迷うかも。
(うーん、俺の知ってるやつじゃないな)
同級生は小学生のときから知ってるやつらが多いし、別の小学校から来たやつらも去年一年間あればほとんど覚えられた。とすると上か下か。部活の先輩とかでもないな。あー新入生入ってくっから俺先輩になるのか。
とかなんとか思いながら登校するために校門へ近づいていくと、
(あ、目が合った)
髪は女子の中では短め? 肩にぎりぎりかかるくらい。身長は俺と同じくらいだ。ここで俺は相手のネームプレートを見た。
(ん? 同級生なのか)
俺らの学校ではネームプレートに入ってる線の色で学年がわかる。俺らの学年は赤だ。二年になっても三年になっても同じネームプレートを着けるから、いつの入学生かわかるわけだ。
(水~……ちょっと遠くて読めないや)
さすがに近づいてガン見するわけもいかず。いやしかし向こうは俺のこと結構見てるぞ。
そうこうしているうちに俺の脚は校門に。女子の横を通り過ぎて敷地に入った。
ちょっと歩いてから振り返ってみたが、まだ人探しみたいなのをしているようだった。
(んー。俺じゃなかったのか)
俺は改めて
クラスは四組になった。仲のいい友達もそこそこ集まってるようだ。
俺の名字は「ゆ」から始まるから、出席番号系は後ろの方。クラスのロッカーの位置も最初の席の場所もほどなくして見つけることができた。
(うわー見事に「や」勢が多いなぁ)
これ先生たちは何の基準でクラス決めてんだろうな。あみだくじとか?
「よぉー雪木ー、四組だったんかー」
「よお
こいつは
「部紹介、お前なんかやんの?」
「体育館で演奏するやつもいっけど、俺は渡り廊下の準備だ。渡り廊下でやる」
「お前吹奏楽だもんなー。女子ばっかの部活に入れる勇気すげーよ」
「勇気ぃ? 別に男子は俺一人ってわけでもないし。運動部こそしんどそうじゃん」
「しんどい! けどま、オレ野球しか興味ねぇからな!」
山森は笑っている。一年間このがっはっはを聞くことになりそうだ。
(……お、あれはー……)
さっきの校門女子! ここのクラスだったのか。
教室に入ってきたところで立っているが、クラスの中でも何人かがその女子のことを見ている。校門で見かけたやつらってことかな。
肩から下げた学生カバンのひもを、両手で軽く持ちながら、黒板に張り出されている座席表を確認している。
「雪木ー、あいつだれだ?」
「さあ」
山森も知らないのか。
それにしてもカバンが新しい気がする。学生カバンは全員統一されてるから、新しいかどうかはよくわかる。
(まさか転校生か!?)
俺と山森はその女子を見ていたが、座席表を確認した女子はー……
「こっち来るぞ!」
「お、おう」
その席はー……
(俺の前じゃねーかぁー!!)
女子はカバンを机の上に置いて、
(ぁ)
また目が合ってしまった。
(いや、ちょ、ほんとだれだよ)
部活で女子としゃべることは慣れてるけど……
「や、やぁ」
と切り出すと山森から変な視線を浴びつつも、俺は小さく手を上げた。
「おはよう」
「お、おはよう」
女子はそう言うと、イスを引いて席に着いた。
「知り合いだったのか?」
「さ、さぁ……」
俺たちは小声でやり取りをした。
「なぁお前、だれだっけ?」
がくっ。山森なんだその聞き方は。そのまま山森が女子の前に立った。
「私の名前のことかな? みさとくみ。あなたの名前は?」
「オレは山森将士郎だぜ! どこ小?」
みさとくみ……みさとくみ……
(……みさと!?)
俺の同級生では聞いたことのない名前だ。聞いたことないだけかもしれないが……
「お、お前転入生かよー!?」
山森がそう叫ぶと、クラス中からこちらに注目がっ。
「うん。先生から自己紹介の時間あるって聞いたから、その時に、また」
「いいじゃねぇかおいみんなー転入生来たぜー!」
山森がそうみんなに呼びかけると、こっちに寄ってくるやつもちらほら。
「あ、ほんと、あの、うん」
困ってるってほどじゃないみたいだけど……まぁいっか。
しばらく転入生と寄ってきた連中らとのやり取りを眺めていたら、
「雪じゃん」
「よぉ角橋ー」
俺としゃべってるのは、これまた小学生のときによく野球やったからだ。角橋が地域の野球クラブに入った後はあんまり一緒に遊ばなくなったけど。
「座席表に雪の名前あったからさ。よろしく」
「おう、よろしく。ってなんだよそんな改まって」
座ってる俺は相当な角度で角橋を見上げている。
「それよりさーこれなに?」
角橋は目の前のやんややんやに目を向けている。
「ああ、転入生なんだってさ」
「転入生ー? あの座ってる子?」
「ああ」
角橋は「ふぅーん」と言いながら転入生を見ている。
「野球部入ったらどうするよ?」
「もちろん大親友になるわ!」
燃えている角橋。
「でもあれじゃまともにしゃべらんないわ。じゃね」
角橋はちょっと手を上げながら自分の席に戻っていった。
(……みさと……まさかなぁ……)
俺は生徒手帳を入れている内ポケットの辺りを少し触った。
チャイムが鳴ると先生がやってきて、始業式のために出席番号順で廊下に並ぶことになった。
始業式が体育館で行われたが、転入生の紹介としてさっきの女子がステージに上がった。へー吹奏楽部だったのか。楽器は言わなかったけど。みんなが拍手していた。もちろん俺も拍手した。
俺たちの教室に戻ってくると、先生にうながされて改めて自己紹介を前に出てすることになった。
とりあえず歩く姿を眺める。黒板の前に着くと、一礼。
「はじめまして。私の名前は
(へー、ピッコロかぁ)
横笛のフルートのちっこいやつみたいな。音高すぎて楽譜はみ出しすぎ。
「実は私、この街に住んでたことがあるんです。小さいときだったのであまり覚えていませんけど、早く慣れるといいなと思います。みなさんよろしくお願いします」
教室中から拍手が。
(……ま、まさかぁ……なぁ……?)
こっちに帰ってくるとき、またちょっと目が合った気がする。気のせいかも。
今日は始業式があったので、クラスの室長を決めたり委員会を決めたりなどをしただけで終わった。部活も今日はなし。
チャイムが響き渡るとクラスの何人かが水都のところに集まってきた。
(うーむこいつら動き早ぇ)
「うわーまた集まってるねー」
帰る準備は終わっていたが目の前の様子を眺めていると、角橋が声をかけてきた。
「雪なんか話した?」
「いや、何も」
「そっかー。まーこれじゃーね」
委員会決めてる間とかに話せないこともなかったかもしれないけどさー。でもなんか話せる雰囲気にはならなかったというか。水都の左隣にいた
「帰ろー。じゃね雪ー」
「じゃなー」
角橋はすぐ後ろのドアから出ていった。
(あーあ山森もがっつり)
俺もちょっと話したいことがあったが、(ここは!)諦めて席を立った。
俺はげた箱から校門までの長い直線の途中にあるベンチのひとつを陣取っていた。
水都が通ってきたときに声をかける作戦だっ。
しばらくポーチの方向を見ていると、
(お、来た来た!)
しかも一人だぞ! あんだけ人がいたからだれかと一緒に帰るのかと思ってたがっ。
俺は立ち上がって、水都のところに向かった。もちろん水都も気がついてこちらを見てきた。
「よ、よぉ」
「あ、後ろの席の」
この学校にちょっと慣れたのかな。あんだけ人寄ってきたが、しゃべり疲れてるとかはなさそうだ。
「一緒に帰らねぇか?」
……言ってコンマ一秒で気づいた。俺、女子誘ってんじゃん!
女子としゃべることは慣れてても、帰りに女子誘うとか、一体何年ぶりだっ。幸い周りの下校中の生徒からはほとんど注目されていない。
(あぁーんぬあぁー、そりゃ困ったような顔するよなぁー)
転校初日にいきなり男子に言われたら、なぁ。
「俺さ、き、聞きたいことあるんだよ、あんたに!」
俺はちょっとずいっと出てみた。
「聞きたいこと?」
「ああ。ずっと気になってることがあってさ。と、とりあえず歩かないか?」
水都は少し考えていたようだが、
「うん」
おっしゃ一緒に帰る許可が下りた。
俺たちは一緒に校門をくぐった。
「家はどっちの方向だ?」
「朝はこっちから歩いてきたよ」
水都が指差す方向は、俺が来るときと同じところからだ。途中のルートはまだわからないが。
「俺もそっちからだから、行こうぜ」
「うん」
学校から少し離れると、周りに生徒の姿は見えなくなった。
今日はいい天気だ。クラスの写真撮影もいい写真になっていることだろううんうん。
「私に聞きたいことがあったんだよね?」
「ああ。水都にどうしても聞きたいことがあって」
「もう私の名前覚えてくれたの? ありがとう」
水都はちょっと笑っている。ええやつやな。
「一瞬で覚えた。みさとっていう響きは覚えやすくてさ」
「あんまりいないもんね。よく下の名前と思われちゃうよ」
「俺は雪木だけどさ、角橋が雪って俺のこと呼ぶから、俺もその経験あったぜ」
「そうなんだ。雪木くん……の下のお名前は?」
「ああ、陽大だ。ほら」
俺は制服に着けられたネームプレートを見せながら答えた。
「ようだい、くん……」
水都は立ち止まって俺のネームプレートを眺めている。
「珍しい名前だろ?」
……おろ。水都は黙ったまま止まっている。
「ねぇ陽大くん」
「おんっ?」
急に陽大くん呼びになったぞ。
「陽大くんって……普段なんて呼ばれてる?」
「呼ばれ方? んー。さっきの角橋から雪。
水都はちょっと俺の顔を見てきた。
「さっき教室でしゃべりかけてきた人たちの中で、名前に『よう』ってつくのがわかった男の子に見せてた物があったの。陽大くんも見てくれるかな?」
「物? あ、ああ」
なんだかよくわからないが、水都はカバンを開いて、中からハンカチを取り出した。
(別にどってことないハンカチに見えるけど……)
折りたたまれたハンカチが俺の前に差し出されたが、水都は手の上でハンカチを広げた。
「これっ」
出てきたのは金色のメダルだ。ヒーロー系キャラクターが描かれていて、メダルゲームに使える物だが……
(……ま、まさか本当に!?)
「お、おい。これどこで手に入れた?」
「昔にもらった物だよ」
俺は……あまりに胸のざわめきがあって、その答えに口を出せないでいたが、右手は自然と内ポケットに向かっていた。
「……なあ、水都。水都こそ、今までなんて呼ばれてた?」
「私は久海ちゃんとか久海がほとんどだったかな。ここは名字で呼ぶことが多いのかな?」
質問しておきながら話半分に聞いてしまっていたが、俺は生徒手帳を取り出した。
「本当に久海ばっかりか?」
「うん? そうだけど……」
水都のおめめぱちぱちしている表情をよそに、俺は内ポケットから生徒手帳を出し。
「……まさかとは思うけどさ。これに……見覚え、ないか?」
ゆっくりとケースを外し、緑色の折り紙を手に取り、赤い『みさと』の文字が見える方向にして、水都に見せた。
それを見た水都は、突然両手を自分の口元に当てた。目も少し見開いた。
「あ、お、おいっ」
そう思ったら水都が泣いてしまっていた。慌てて周りを見回したが、この道で見える範囲には今俺たちしかいない。
「み、水都?」
「……よう、ちゃん……?」
その言葉を聴いた瞬間、俺の身体に電撃、いや稲妻がほとばしった。
「……みひめ?」
水都はもうひとつ、大きな涙をこぼした。
「ようちゃん……本当にようちゃん?」
「ここに盛大な証拠が」
改めて折り紙を水都に近づけた。
「……よう……ようちゃあぁーーーん!!」
「どぅわぶあ!」
突然水都が飛びついてきた! 倒れそうになったがぎりっぎり耐えた。
(おいおいおい!!)
しかもとっさの対応で水都を抱き込んでしまったっ。慌てて離そうとしたが、水都は腕をがっつり俺の首に回してしまっている。
水都がようちゃんようちゃん言いながらわんわん泣いている。俺は自然とまた抱き締めてしまった。極力手に持ってた折り紙にダメージがないように。
水都の泣きが収まってきたが、まだ俺に抱きついたままだ。
「み、水都、向こう向こうっ」
俺が歩いてきた方向を見るよううながすと、すぐさま水都は俺から離れた。遠くから自転車が来るのが見えていたが、こっちまで来る前に曲がっていった。
水都をもう一度見てみると、持っていたハンカチとは別のハンカチをスカートのポケットから取り出して涙を拭いていた。
「そのハンカチは使わないのか?」
水都は小さくうなずいた。拭いていたハンカチはまたスカートのポケットに戻された。その様子を見届けると、水都はこっちを向いた。
「ようちゃん……」
さっきまでとは全然違う笑顔で俺を見ている。そんなに笑顔だとさすがに、まぁ、てれるというかなんというか。
「このみさとって、名前じゃなくて名字だったのか……」
俺は七年越しに真実を知ってしまった。
水都が落ち着いたようなので、再び横に並んで歩き始めた。
「ようちゃんに会えたね……」
「本当にみひめなんだな」
「うん。えへ、私の人生でみひめって呼んできたの、ようちゃんだけだよ」
「俺の人生でもみひめなんて呼んだの水都だけだ」
水都が笑顔で歩いている。俺だってうれしい。変な顔してるかも。
「そのままみひめって呼んでくれてもいいんだよ?」
「あ、あれは! 俺が正義のヒーローごっこにハマってたからってだけだしっ」
「わあ、本当にようちゃんだぁ……」
幼稚園のときだったからほとんどの記憶がなくなっているが、水都と……いやみひめと遊んだ記憶は少し残っている。
この辺に住んでるやつはだいたいふたつの幼稚園のどちらかに行くんだが、みひめはそのどっちでもなかった。しかし親にでかい公園に連れてってもらったときにたまたま出会って、それから何度かその公園で会えばその度に遊んでいた。
なんでみひめって呼ぶことになったのかはよく思い出せないが、姫なのは間違いないはずだ。当時そういうヒーローごっこを友達とやってたからなぁ。
水都の持っているメダルは、通称ヒーローメダル。といってもメダルゲームでたまに出てくる金色のメダルってだけで俺が勝手にそう呼んでただけだが。あのデパートまだ残ってるぞ。
「ようちゃん、元気だった?」
「ああ。みひ……水都は?」
「もぉっ。はっきりしてよぉ」
うーん。それもそうだな。
「じゃあなんて呼ばれたい?」
「決めていいの? えっとー……」
左手人差し指を口元に当てている。お手本のような考えるポーズだ。
「……じゃあ。久海って呼んで」
「わ、わかった」
下の名前で呼ぶことは全然慣れてないが……状況が状況だしな。
「久海は向こうで友達できたか?」
「できたに決まってるよー」
久海がめちゃ笑っている。教室にいたときとは全然違う表情だ。
「なんか、ずっとようちゃんに会いたい、会ったらあれ話そうこれ話そうって思ってたのに、ほんとにようちゃんに会えたら……なんか……」
ちょっと首を下に傾けつつも、口元ははにかんでいる。
「俺なんて、生徒手帳、入れてたしっ」
「ふふっ。ありがとうようちゃんっ」
小学校のときはランドセルに入れてて、中学校でもその流れで生徒手帳に入れることにしていた。
「てか引っ越してったのにどうしてまたこっちに来たんだ?」
「あっ。じゃあ引っ越したことから話すね」
久海の話はいろいろ入っていたが、つまりこうだ。引っ越したのもまた戻ってきたのもお父さんの仕事の影響らしい。
……おしまい。
「じゃあまたどこかに引っ越すのか?」
「しばらくはないって言ってたよ」
「そっか」
あのみひめが今横をこうして歩いてるなんてなー……ほんとなんていうか、こういうことを感慨深いって言うんだろうか。
「ねぇようちゃん、もっとおしゃべりしたいよ。今日遊びたいな」
久海がこっちを見て元気よく提案してきた。
「俺も久海とめちゃくちゃしゃべりたい」
「うんっ!」
笑顔が弾けた。
「じゃあ私のおうちでおしゃべりしようよ。ねっ?」
女子誘ったのも相当珍しいのに女子から誘われたぞ俺ー!
「お、おう」
あくまで表情はクールにな。クールに。
「って久海の家知らないぞ?」
「もう着くよ。ほら見えてるよ。あの青いの」
久海が指差した家は、割と新しめの家だった。
「新しい方の家なのに中古で買ったって、お父さんが言ってたよ」
「へー」
俺たちは水都家に向かった。
近づいて見てみれば、なんかいろいろとおしゃれだ。ポストも塀もガレージも。玄関に入るまでの道すらもおしゃれ。しかも大きさは隣の家の二倍くらいでかいんじゃないか?
「久海ってきょうだいとかいんの?」
「うん、お姉ちゃんがいるよ」
お姉ちゃんいたのか。公園に来たことあったんだろうか?
「そうか、だからこんなでかい家なんか」
「そうなのかなぁ? でもお姉ちゃんは大学に通って一人暮らししてるよ?」
「は? じゃなんでこんなでかい家なんだ」
「お父さん、おうちにお客様を呼ぶことが多くなるかもって言ってたから、もしかしたらそれでかもしれないよ」
「ふーん」
そうこうしているうちに、久海はカバンから家の鍵を取り出し、ドアを開けていた。
「どうぞっ」
「じゃますんでぇ~」
「はーい」
……フッ。お前にも教えなければならないようだな。あの奥義を。
「ちょっと待て久海」
俺は久海の左手を握って家の中に入るのを阻止した。
「え? よ、ようちゃん?」
「久海に教えなければならない奥義がある。心して聴け」
「きゅ、急にどうしたの?」
久海は驚きの表情を隠せないでいるが、伝授せねばならぬ!
「久海と一緒に家に入るとき、俺が『じゃますんでぇ~』と言ったら、久海は『じゃますんなら帰ってぇ~』と言え」
「え~。そんなひどいこと言えないよぉ」
「でそこで俺は『あいよ~ってなんでやねん!』とツッコミを入れるので、ここまででワンセットな」
「なにそれー?」
「まぁまぁ一度やろう。はいテイク2、よぉーい……アクション! カチン! じゃますんでぇ~」
「も、もぉ……えっとー……じゃますんなら帰ってー」
「あいよ~ってなんでやねん!」
ここで握っていた手を離し久海の左腕に軽くツッコミ。
(この角度、完璧に決まった……!)
久海は……なんか、驚いているようななんというか。
「……くすっ。あは、ようちゃんっておもしろいねっ」
久海は笑いながら俺の手を取って、
「いらっしゃい、ようちゃんっ」
家の中に俺を引き入れた。
(……てか俺! 今女子と手つないでんじゃん!)
さっきも勢いで……う、うわー俺何やってんだーっ……! 急に恥ずかしさが込み上げてきたが、久海は元気に笑っているので、気にしないようにしよう。
久海は靴をそろえて家に上がった。ので、俺もそれに続いて……
「久海、家の人は?」
「今いないよ。靴ないもん」
「そっか」
久海と二人か。
(……久海と二人か!)
緊張のせいか自分の靴を久海の靴にぶつけてしまい転げる久海の靴。ローファーって言うんだよなこれ。俺のやつはスニーカーって言うんだよな。
久海は気づいてないが、このまま放っておいてもばれる未来しか待ってないので、久海の靴を……ちょっと手を震わせながらさっと元のようにそろえた。
(女子の靴を持つだけでこんなに緊張するもんなのか!?)
「ようちゃんー? こっちー」
「あ、おう」
俺は体勢を立て直して、久海の声が聞こえたリビングに向かった。
引っ越してきてまだあまり時間が経ってないからか、部屋に物はあまり置かれていないような感じだった。部屋の隅に積まれたダンボール箱発見。
「まだあんまり物出してないんだー。でもお父さんは引っ越し慣れてるみたいで、荷物は少ない方なんだって」
「ふぅーん」
イスの上に久海の学生カバンが置かれているのを見つけた。俺もー……久海のに並べて置いておこう。
俺たちの学校の制服を着た転入生の女の子がおぼんにコップを並べて、冷蔵庫から……ジュース? を取り出している。
その女の子の名前は水都久海という名前だけど、昔一緒に遊んでいたあの女の子で……
(頭ではわかってるはずなんだけど、まだ信じられないような感覚だ)
久海が振り向いてこっちに歩いてきた。
「座ってください」
と言われたので、俺はおもむろにイスに座った。
久海はテーブルの上におぼんを置いて、俺の向かいに座った。そのままの流れで久海はジュースをコップに注ぎ始めた。コップは縦長でひし形の装飾がたくさん入っている物だが、こぽこぽ注がれていく様子を俺は黙って見届けるだけだった。
「はい」
「さんきゅ」
うーん何ジュースだろう。オレンジジュースとかだったらわかりやすいが、色はもうちょっと白に寄ってる。
「えっとー。再会できました記念で。かんぱーい!」
「か? かんぱーいっ!」
笑顔の久海とコップをカチンした。
さてお味は。
「……ん? 桃?」
「うん。おいしいよね」
「ああっ」
おいしいけどさぁ。おいしいけど……この目の前の笑顔の女の子が……なぁ……。
しばらく久海と懐かしい話で盛り上がった。
ヒーローごっこのことから小学生時代のことなど、ほんとに次から次へといろんな話題を久海と楽しんだ。
話を聴けば聴くほど、久海は俺とまた会いたかった気持ちを伝えてきた。幼稚園にも小学校にも俺ほど一緒にいてて楽しかったやつは男子にも女子にもいなかったらしい。
中学一年でまた引っ越すことになるかもしれないとなったとき、お父さんにはどうしてもこの街に来たいということを伝えたそうだ。この辺りで中学校はここだけだから、ひょっとしたら俺に会えるだろうと思っていたらしい。
俺も~……まぁ、会いたかったけどさ。久海がこんなにも俺に会いたがっててくれてたなんてなぁ。
「……幸せ~。ようちゃんとまた会えて、こんなにおしゃべりできてー」
久海はおいしそうに桃ジュースを飲んでいる。
「俺以外にもこっちに友達はいたろー? 幼稚園のやつらとかさ」
「うん、久しぶりに会いたい子はいるよー。でもようちゃんとは絶対会いたかったっ」
力強くコップを両手で握っている。そのまますぽーんと手から抜けたら大惨事。
「てか俺朝久海の横通ったのに気づかなかったろ?」
「探してみたけどやっぱりわかんなくって。みんなから見られて恥ずかしい思いをしただけだったねっ」
てへ顔まで笑顔である。
「ようちゃんとクラスも同じになれて、こんなに心強い味方他にいないよー」
「わからないことがあったらなんでも答えてやるっ。この辺の街も案内してほしかったらいくらでもしてやれるぜ!」
「ほんと? ありがと、ようちゃん」
(てだから俺はぁ! なんでこうも次から次へと女子を誘うようなことばっかやってんだー!)
女子部員としゃべることが慣れてることと久海の過去のことが合わさると、こんな変なキャラになってしまうのか俺は……。
(うーん、しかし久海も素直に応じてくれてるなー)
しかししかしいいのか!? 本当にこれでいいのかっ!? ナンパ野郎に思われてんじゃねぇか?!
(話題を変えよううんうん)
「く、久海は、そういやピッコロ吹いてたっつってたよな!」
「うん、そうだよ」
「久海はでかい楽器や打楽器よりもピッコロって感じだな! 似合ってると思うぞ!」
個人の感想です。
「えーそうかなぁ? クラリネットの方が似合うって言われるよー?」
「あー……」
ちくたくちくたく。
「ピッコロで推せ! 自分の道を貫けぇー!」
俺はぐーを作って力強くキメてみせた。
「あはっ。ありがとう。でもようちゃん楽器詳しいんだね。ひょっとしてようちゃんって……」
「だって俺も吹奏楽だし」
「えーっ! ほんとにー!?」
久海が自分の顔の近くで両手を組んで超喜んでますポーズをしてくれている。
「むしろこの状況でうそつくとか逆に難しいだろっ」
「わぁ~! じゃあ私も吹奏楽部入る! ようちゃんがいるなら吹奏楽部入るー!」
昔遊んだときはようちゃんようちゃんこそ言ってたものの、こんなに喜びを爆発させるようなやつじゃなかったようなー? 昔のことだけどさ。
「ねぇねぇようちゃん楽器は何?」
「絶対一発で当てられない。俺の担当パートを一発で当てたやつはこの世に存在しねぇ」
俺はにやにや顔になった。
「さぁ久海よ。一発で当ててみせよ。もし一発で当てられたら、運命って言葉を信じてやろうクックック」
謎のキャラを演出したら、久海はちょっと笑顔のままでシンキングタイムに入った。
「一発で当てられないっていうことは、ぱっと出てこない楽器ってことだよね。楽器をよく知らない人からしたら名前も聞いたことないような楽器なのかなー。なんだろうなぁ~」
えらく久海は考えている。
「そんな真剣になんなくってもさ」
「だって私ようちゃんと運命感じてるんだもん。一発で当ててみせるから、当たったらごほうびちょうだいねっ」
「ご、ごほうび? おいおい俺女子にプレゼントなんて一度もしたことないぞ?」
「ほんと? じゃあ当てたらプレゼント決定ね!」
「ぐっ、墓穴掘った……」
ふ、ふふっ、しかしまぁ当たるもんか! こんなマイナーな楽器を当てるやつなど、例え吹奏楽部をしてたとしても最初の一発目にこの楽器名を出すやつなんてそうそうこの世界におるまいて!
ましてや相手はピッコロ奏者! ピッコロでもフルートでもないぜへっへっへ。
「ファゴット!!」
ほぉ~らやはり久海は
「なにぃぃぃーーーっ!?」
「うそ、当たった!?」
俺はイスから転げ落ち、床に倒れ込んだ。
「よ、ようちゃん?」
久海が近寄ってきた。足音が聞こえただけで、俺の視界は床しか見えてない。
「……久海……ひとつ。ひとつだけ、お前に……聞きたいことが……ある……」
「なに?」
「……なぜ。その楽器の名前を挙げた……」
「だって、一回目で挙がらない楽器で、名前もわからないような楽器だけどパート分けでありそうな楽器っていったら……この辺かなぁって」
oh。
「なんてこった」
「私のいた中学校では楽器すらなかったけど、合同演奏会のときに一緒に演奏した中学校ではファゴットパートがあるって聞いてたから……もしかしてって思ってー」
……そんな……そんなことが…………
「…………ふっ。久海よ…………見事……だばたっ」
「ようちゃん? ようちゃーん?」
説明しよう! ファゴットとはなっがくてでっかい筒のような楽器である!
吹くとこは植物で作られた二枚のちっちゃい板のとこから息を入れるが、プォーとかプァーみたいな平和な音がする楽器である!
バスーンとかバズーカ砲とかロケットランチャーとかいろんなお菓子の名前とかでも呼ばれてるぞ!
俺が起き上がって改めて正解を告げると、久海はとても喜んで……
(なぜか今こんな状況になっている)
また久海が俺に抱きついていたのであった。いくら昔の記憶があいまいでもこんなに抱きつかれた事実は存在しないはずだぞ! というか俺人生単位でも女子に抱きつかれたことなんて久海しかおらんわい!!
「く、久海、ひとつー、聞いていいか?」
「なに?」
久海は顔を俺の横から離したが、今度はすぐ目の前に久海の顔がやってきた。
「くぅみっのいた中学校じゃー……こうやって抱きつくのブームだったのか?」
「ううん、そんなことないと思うけど……でも演奏が終わった後にぎゅってしたことはあったかな」
「なんだそういう部活の雰囲気だったのか」
ちょっとホッ。
「……でもようちゃんは特別っ」
また俺の顔の横に戻っていってしまった。首に回された腕もちょっと強くなった。もっと力入れたら俺をガクッと落とすことができるだろう。
「特別って……どう特別?」
見えないが久海は微笑んでいるっぽい。
「……特別は特別だよっ」
「なんじゃそれっ」
よくわからない返答だったが、なぜかその言葉を聴くのと一緒に俺も久海の背中に回していた腕の力をちょっと強めてしまった。
「小学校に上がったばかりのときは、仲良かったようちゃんにまた会いたいっていう気持ちだけだったけど……ずっとようちゃんのことばっかり考えてたら、もっともっとようちゃんに会いたい気持ちが強くなっちゃって。そんな中でここに引っ越すことが決まって、そしてようちゃんとまた会えたんだもん。おまけに折り紙を大切にしてくれてたなんて、もう、うれしさが止まらないよ……」
久海のほっぺた当たってますよ……。
「く、久海、ほんとさっきから、なんかその、聴いてるこっちが恥ずかしいようなことばっかりー、さっ」
やばい久海が俺の首を絞めかけている。
「……えへ。なんでだろうね。私もよくわかんないよ」
「わからへんのかーい」
ツッコミを挟んでみるも、久海の腕が解けることはなく。俺の腕からはセーラーの質感と久海の温かさが伝わってきている。
「また一緒に遊んでくれる?」
「そりゃもち」
もち食べたい。
「……ありがとう、ようちゃん。好きだよっ」
…………ちょ待て今久海なんつったと驚きながらも久海の方に振り向くことができなかったのは、俺のほっぺたに背中や頭や腕とは違った少ししっとりとした温もりが触れられてあったからだ。
何秒くらいだっただろう。気がついたらその温もりは俺からゆっくり離れ始めていた。
その感触がほっぺたから離れたはずなんだが、俺の胸はさらにどきどきしていた。スピーカー着けたら重低音を部屋中に響かせられる自信がある。
首の安全が確保された安心感の横でまだ自分の腕を離したくない気持ちがあったが、何なのかわからない無意識の命令によって、俺も腕の力を弱めた。
ちょっと上目遣いの久海が口を閉じつつ左手人差しを口元に添えていた。
目線が合うと、久海は少し視線を落としつつも立ち上がった。中腰だ。スカートが揺れている。
「私、着替えるから、今度はようちゃんの家を見せてほしいな」
着替えー……着替えー……
(はっ)
「わ、わかった」
「ここで待っててね」
久海は自分のカバンを取り上げると、リビングから出ていった。階段を駆け上がる音が聞こえる。
俺は……ひとまずイスに座ろうか。
しばらく久海を待ってると……というかぼーっと座っていると、
「お待たせ、ようちゃん」
という声が聞こえたので、振り返ってみると、そこには私服久海がいた。
ピンクのセーターに紺色のスカート、白いポーチを肩から下げていた。
さっきと印象が変わるなぁ。大人っぽく感じるようなー、でも大人っぽいわけじゃないようなー、なんだろうこのよくわからない感覚。
「ジュースもういい?」
「あ、ああ」
久海はジュースとコップをおぼんに乗せてお片づけタイムに入った。俺はまだぼーっと座ってることしかできなかった。
俺と久海は一緒に水都家を出た。久海はしっかりドアに鍵をかけた。キーホルダーを引っ掛けたんじゃなくちゃんとがっちゃんしたって意味だぞ。
俺の右隣で私服久海がるんるん歩いている。制服俺は割と普通に歩けていると思う。
「ようちゃん、さっきから静かだよ?」
「そ、そうか?」
「うん。あ、その……えっとっ……」
久海がちょっとうつ向き加減になっている。
「……い、嫌だった?」
「い、いい嫌なわけないだろっ。よかったに決まってん、じゃん」
何言ってんのか自分でも理解できてなかったが、久海はほんの少し微笑んでいる。
「くぅっ、久海はさ! つ、つつ付き合ってる男子とか、いんのかよ?!」
ものすごい声の裏返りようだった。
「い、いるわけないよぉ。今日ごあいさつしたばっかりでしょ?」
なんか知らんけど久海ウケてる。
「あーだーそーじゃなくってさほら! 前の学校の男子と、遠距離恋愛とかさ!」
「ううん、ありません」
久海は首を横に振っております。
「そ、そかー」
制服俺は割と普通に歩けていると思う。
「そういうようちゃんは……お付き合いしている人、いるの?」
「ぃいいいるわけねぇだろ! お、お付き、おちゅ、おつ、いるわけねぇよ!」
「わかったってばぁもぉ。変な顔っ、ふふっ」
大丈夫、腕と脚は交互に出せている。
「こ、こここ告白されたことは!?」
にわとりのものまねを習得できそうだ。
「それはあったなぁ」
「まじか!?」
告白ってフィクションとか都市伝説とかじゃなかったんだな!!
「うん。でも好きじゃなかったから断っちゃった」
俺は声にならないため息のようななにかを口から吐き出していた。
「……ようちゃんは?」
「ぃいぃいるわけねぇだろぉ!!」
「そっかぁ、ふ~ん」
おい本当に四月か? 始業式って四月に行われるよな? この熱さはなんだ?!
「さっきのは~、告白にー……入らないんだねっ」
「なぁあっ?!」
久海そこ笑うとこちゃくね!?
「転入初日に、なんかいろいろ……ごめんねっ」
「へぁ!? い、いや別に、別に……」
どういう気持ちでもって久海がその言葉を出したのかよくわからなかったが……
「ようちゃん?」
俺はなぜか右手で久海の左手を取っていた。
「い、言っとくけどな! 俺いくら吹奏楽やってっからって女子触ったことねーからな!」
「間接ちゅーもないの?」
…………………………。
「……その言い方はやめろおぉぉぉーーー!!」
「ごめんなさ~いっ」
まじノーカンだから! ほんとノーカンだから! 頼むよそこノーカウントで処理してくれぇーーー!!
「ここが俺ん家だ」
「へぇ~」
うん。見慣れすぎている俺ん家だ。水都家に比べると古さが出ているのは否めない。
俺は普通にドアの前に立ち、普通にドアを開けてみた。開いた。
「ただいまー」
久海をちら見。久海が近寄ってきた。
「おかえり陽大ー。ごはんできてるわ……わ! だれそのかわいい女の子! 部活の子!?」
母さん驚きすぎだ。
「こんにちは。今日ようちゃんと同じクラスに転入してきた、水都久海と申します」
(久海流石すぎる)
「あ、あぁこれはご丁寧に! 陽大の母です……って! あんた陽ちゃんって呼ばれてんのかい!?」
「なんて呼ばれててもいいだろー? 久海がそう呼びたいらしいから」
「んまーいっちょまえに名前で! あんた転入生だっていうのに大胆ねぇ~」
「さー久海もう俺ん家の紹介終わったなじゃー次の場所行こうぜー」
脳内警告音が鳴っている。ここは危険だ。
「じゃますんでぇー」
(久海いぃぃーーーーー!!)
「じゃますんなら公園行こうぜぇーーー!」
「え、あ、ちょっとようちゃん? ようちゃーん?」
「んま! ごはんはどうするんだい!?」
「帰ってから食べる!」
俺は久海の左手を取って走り出していた。
家が見えなくなるくらい走ったら、あとはただ道を歩くだけにした。
「はぁっ……もう、そんなに走らなくってもぉ……」
「人生走らないといけない日もある。それが今日だ」
でも久海のあそこでじゃますんでぇーネタは正直ウケた。
「もぅっ。でもいいの? もうちょっとお話してもよかったよ?」
「久海がよくても俺がだめだ」
「なんで?」
「ぜってーあの流れ、ごっちゃごっちゃ変な質問飛ばしてくるに違ぇねぇ。ドア開けた俺がばかだったぜ……」
考えれば女子を母さんに見せたらあんな流れになることくらい想像ついたろうに……くっ、一生の不覚。
「ようちゃんのお部屋、見てみたかったなぁ~」
「んなもん二人っきりのときに見せてやる」
「……うんっ」
さっきまでの勢いがなくなり、うーん久海のこれは、もじもじ? まぁいいや。
「久海これからどうする?」
「ようちゃん着替えなくていいの? 制服のままだよ?」
「……ちっ。ますます久海連れてドア開けた俺、不覚だったぜ……」
後悔先に立たず。こんな感じの使い方であってるよな?
「ようちゃんさえよかったら、着替えたようちゃんと久しぶりにこの街見たいな」
久海は周りを見渡している。
「そういや久海ってさ、この辺に住んでたのに、幼稚園はどこ行ってたんだ?」
これもみひめ七不思議のうちのひとつ。七かどうかはまた今度考える。
「私幼稚園は車でお母さんに送ってもらってたよ。この辺りの幼稚園じゃないところ」
「なんでわざわざそんな遠い幼稚園にされたんだ?」
「お母さんの知り合いが先生をしてて、音楽に力を入れてたからだって。結構楽器触ってたよ」
「なかなかおもしろそうだな」
俺のとこでも楽器は触ったが、一回か二回くらいしか覚えてないや。
「でも私はようちゃんと同じ幼稚園がよかったなー」
「今一緒になれたから……結果オーライってことで」
「そだねっ」
久海は笑っている。
「ってそうじゃなくって。ようちゃんお着替えは?」
「わ、わあったよ。じゃあここからちょっと歩いたら左に公園見えてくっから、そこで待っててくれ」
「うん、わかった」
俺はここでずっと手をつなぎっぱなしだったのに気づいたが、なんとか表情には出さずに離して走り出すことができたと思う。
家に着くなりそっこー自分の部屋に入って着替え。てきとーにシャツとズボンと小型リュック。おっと久海いるんだから生徒手帳は忘れずにっと。
またお昼ごはんのことについて聞かれたが、デザートのりんごだけほおばって家を飛び出した。
公園まで走ると、久海はベンチに座っていた。ちっちゃい子供三人が砂場と鉄棒を行ったりきたりして遊んでて、ママ友と思われる二人が別のベンチに座っているのが見えた。
「ぜぁぜぁ」
「おかえり、ようちゃん」
「ぜぁぜぁ」
俺はリュック外してベンチに座ると、久海は俺の背中をさすっている。
「ようちゃん、どこを案内してくれるのかな?」
「ぜぁぜぁ」
久海はまだまだ俺の背中をさすっている。
息が落ち着いてきた俺は、久海にこの近所を案内することになった。
が、久海がおなかすいたてへと言い出したので、いったん解散するかどうか聞いてみたが、久海は首を横に振った。今日だけはどうしても俺ん家を避けたかったので、ちっちゃいコンビニに行っておでんラーメンを食べることにした。
おでんの汁にラーメンが入ってるだけなのを想像したあなた! その想像は半分正解である。
残りの半分の正解は……ふふっ。久海よ。やはり驚いてくれたなっ、この魔法の粉の効果で!
なんでこの一緒に渡してくれる子袋の粉をふりかけるとラーメンのスープになるんだろう。いやまじでこれうまいしさ。
軽い腹ごしらえを済ませた俺たちは、続いて集会所・他の公園・文房具屋さん・小学校・幼稚園・役場・食べるとこ複数・駄菓子屋さん・駅などなどを、道なりに順番に。
久海はどこの場面でも楽しそうにしていた。
「前の学校でも友達いたんだろ? 引っ越しとかさみしくなかったのか?」
「もちろんさみしかったけど、小学校は六年間通いきれたから、そこまで落ち込まなかったかなぁ」
「そっか」
「でももしお父さんがまた引っ越すって言い出したら、私すっごく反対すると思う。一人暮らしするって言い出しちゃうかも」
「そんなにかよっ」
「うん。もうようちゃんと離れたくない。ずっと一緒にいたい」
一体久海は何を言ってんだっ!?
「で、でも久海は今日転入してきたばっかなんだし、お互いのことをもう少し」
「胸ポケットから生徒手帳、はみ出てるよ」
「ぐぁ!」
俺はあわてて生徒手帳を入れ直した。久海は笑ってやがる。
「小学校のときはどこに入れててくれてたの?」
「……ランドセルのチャック」
「ふふっ。うれしいなあ。ありがとう」
久海はるんるんしてやがる。
「ねぇ。その折り紙、開けたことある?」
「開ける? いや、破んのはあれだからずっとこのまま」
そりゃ折られた紙なんだから開けることもできるだろうけど……そういや思いつかなかったなぁ。
「そうなんだー。じゃあ昔よく遊んでた公園行こうよ。そこで開けちゃおう」
「これ開けるとなんかあるのか?」
「大した仕掛けとかもないけど……お楽しみっ」
幼稚園のときから仕掛けを作れるほど器用だったのかっ。
「でもあの公園、歩いて行くならちょっと遠いぞ?」
「帰りだけバス乗ろうっ。今はようちゃんと歩きたい気分」
「久海元気だなー」
「ようちゃんのおかげですー」
るんるん久海は俺の右手を取って握ってきた。すべすべしている。
歩いている間、どれほどのことをしゃべっただろうか。俺の方からはネタが尽きてきたから友達から聞いた話とかも入れてきてるけど。久海が行ってた小学校や中学校の話を聞いていると、やっぱり久海はこことは違う場所にいたんだなって改めて思う。なのにまたここに戻ってきてくれてさっ。
俺たちは思い出の公園に着いた。
「ここだ」
久海は俺の手を引っ張りながら、ゆっくり公園に入った。
しゃべりまくってたはずの久海は、この時ばかりは静かに辺りを見回していた。
公園はかなりの大きさで、子供たちはもちろん大人な人もそこそこいる。
今日来るまでに俺はとりあえずこの公園の場所を知るためにここへ来たことはあるが、少し遠いから友達と来たことはないなぁ。おっと久海が俺の手を握る力を少し強めてきた。
「な、なんせ幼稚園だったからさ。正直公園の様子とかあんま覚えてねーんだけどさ。はは」
ここは遊具や砂場とかが置いてあるエリアだが、芝生が広がってるエリアもある。駐車場は隣接してるわけじゃないけど少し歩いたところにあって、そっちには野球ができる運動公園がある。角橋はそこで試合したことがあると言ってたな。
「……ようちゃんと出会えてよかったなぁっ」
「な、なんだよ急にっ」
久海は~……そのー。恥ずかしくないんだろうか?
「私ね。幼稚園であんまりなじめなかったの。引っ込み思案っていうのかな。なんか声をかける勇気が出なくって。でもここでようちゃんに出会ったとき、自然とようちゃんの名前を呼ぶことができてたの。それから人と一緒にいることが楽しいことだって思えるようになったかな」
久海はしゃべりながらも俺を引っ張っていたが、手を離してベンチに座った。俺もリュックを下ろしながら久海の左隣に座った。
後ろから木々のざわめきが聞こえるが、太陽が当たっていてなんともぽかぽかとした空気だ。
「久海はいろいろそういうこと言ってくれっけど……な、なんか俺からは、久海って幼稚園のときに遊んでた女の子ってくらいにしか思ってなくて、なんか~……すまん」
「生徒手帳」
「ぐぬぅ!」
またしても久海けらけら笑いやがってっ!
「ずっと持ち歩いててくれてたことが、どんな言葉よりもうれしいよ。私はメダルなくしちゃいけないから机に入れてただけだったもん。むしろ私こそ持ち歩いてなくてごめんなさいっ」
「別にっ、これはただ単に俺がそうしたかっただけだしっ」
久海は脚を伸ばし気味に座っている。
「ようちゃん、折り紙出して」
「ああ」
俺は生徒手帳を胸ポケットから出し、ケースを外して中に挟んであった折り紙を久海に手渡した。久海は折り紙をじっくり眺めている。
「……ただの幼稚園児の折り紙だよ? ずーっと持っててくれてたなんて、なんだかうそみたい」
「家に取りに帰ったとかなかったろ?」
「昇降口の近くで会うまでに取りに帰ってたりして」
「ぜぁぜぁもしてなかったろっ」
「うんうん」
久海は笑いながら、折り紙を広げ始めた。
「ところでそれ、何の形なんだ?」
「……さあっ」
「知らんのかいっ」
「でもね、中に書いたことは覚えてるよ」
「中に?」
折り紙が広げられると、中からまた折り紙が出てきた。といってもこちらは切ってたたんだだけの物。
「開けます」
「おう」
久海が最後の紙を開けると、それを俺に見せてきた。
(……当時から久海らしかった、ってこと……かな……)
「だいすき」
「こ、声に出さなくてもっ」
久海のおめめがきらきらしている。
「ふふっ。ようちゃんは?」
「お、俺が、な、なんだよ」
「私のこと……だいすき?」
「だ、だからっ、まだ今日再会したばっかだしっ。俺はそんな、好きとか、よくわかんねーし……」
「私ふられちゃう?」
「ふふふるとかふられるとかそういう意味じゃっ」
「じゃあ……お付き合い、しちゃう?」
久海がめちゃくちゃ俺を見ている!
(お、俺今、告白ってやつをされてんのか!?)
「は、早くありません久海さん!?」
「いや?」
「やじゃないけどさぁ……」
「けど、なに?」
「お、俺こういうの言われるの初めてだし、付き合うって何すればいいのかよく知らねぇし……」
おぁぁ直視しづれぇ……。
「私のことを愛してくれたらそれでいいんですよ~」
「なんで久海はそういう恥ずかしいことをそんなにも言いまくれるんだっ」
「ずーっと私の気持ちを大切にしてくれてたようちゃんだから」
「のぐぉっ」
折り紙を持ってにやにやみたいななんというか。
「……どうしてもだめだったら、断ってね」
それも笑顔で言ってきた久海。
「お、俺がもし悪いやつだったらどうする!?」
「悪い人は折り紙こんなに大事に持っててくれません」
「久海のこと好きな他の人が現れるかも!?」
「幼稚園のときにあげた折り紙をずっと持ち歩いてくれる人はこの先一生現れません」
「俺よりかっこいい人他にもいっぱい!」
「ようちゃんはようちゃんしかいません」
(俺のこと持ち上げすぎじゃありやせん……?)
まだ俺はよくわかっていないこの感じ。俺は久海のこと好きなんだろうか? 女子部員としゃべることはたくさんあったし、私服女子と遊ぶことなんて角橋とあったわけだし。でも折り紙を持ち続けるなんてだれからか言われたわけでもないし……みひめの言葉を信じて小学校ずっと持ち歩いて、中学校入ってももしかしたらどこかでと思ってやっぱり持ち歩いてて。
その想いがついに久海に届いて、うれしいはず……だよなぁ……。たぶん久海はこういう気持ちのことを理解できてるから、俺に……そういうことを言ってくれてる、んだろう、し……。
「く、久海はその。友達とか親友じゃなくて、その。その。お付き合い……がいいんだよ、な?」
「うんっ。ようちゃんのことが大好きっ。ずっとようちゃんにくっついてたい」
とってもいい笑顔だ。
「……あっ。そうだ。わかった。きっとようちゃんはこういうストーリーを求めてるんだね!」
と久海が言ったかと思ったら、折り紙は親指と人差し指の間に挟みながらも手は組んで首の近くに置いて、急に目をつぶった。
「……な、なんだ?」
「とらわれのみひめをついに助け出すことができたようちゃんマン」
「懐かしすぎる名前だなおいぃぃぃ!!」
ようちゃんマンを知ってるのも今現在世界中でみひめただ一人だけだろうな……。
「しかし姫の目を覚ますには王子の口づけが必要なのであった!」
「……ぬぇ!? それ、つまり……」
「さあようちゃんマン! 姫を救えるのはこの世界にたった一人、ようちゃんマンだけなのである! 今ここに感動のフィナーレがっ!」
「ようちゃんマンはそんなおとぎ話みたいなキャラじゃないぞ!?」
久海は言い切ってやったと言わんばかりの得意気な表情をしながらも目をつぶっている。
「……つ、つまり、あれしろってことだよな……?」
……久海からの反応はなし。
「……き、嫌いになるなよ? 変態とか言うなよ!? お、俺も久海のことたぶん、好きだから……ておい今動いたろ!?」
思いっきり首振ってんじゃねえか!!
「ま、久海といたらおもしろそうだから……」
俺は久海の両肩に手を置いて……お、置いてぇ…………
「え、えーこほん。こうしてようちゃんマンは、みひめと永遠なる愛を誓い合い、みんなから祝福されるのでした。めでたしめでたし」
横から久海の唇へ重ねにいった。
が、悪い。俺はすぐに久海から離れて、
「久海走れ!」
「えっ?」
「いいから来い!」
「あ、ようちゃん、ようちゃーんっ」
公園中の祝福……いや変な視線から逃れるために、俺は久海に声をかけ、公園から飛び出した。
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