ロスターカット

孔雀 凌

死神職の御堂が、魂の回収をするべく出向いた客船で待ち構えていた、意外な人物とは?


褪せた頁の隅を細く伸びた小指の爪先で捲ると、御堂はわずらわしそうに呟く。

「今日のメインディッシュは、『Z』か」

御堂の言う、メインディッシュには、ターゲットという意味合いがあるらしい。

彼は、誰もが認める面倒臭がり屋だ。

「男? 女? つか、ターゲットをアルファベット頭文字で呼ぶのはやめな」

薄汚れた黒の衣服を纏う御堂に忠告を入れるのは、この道、ベテラン勤続のシェル。

「また、くだらない内航小型客船が転覆したみたいですね」

人の話を聞いているのか、いないのか、一覧リストに記されたターゲットの情報に目をやりながら吐き捨てる様に言葉を残し『さて、行くか』と、御堂は萎えていた身体を起こした。

今宵、一人の人間が命を落とす。

それを回収するのが、彼等の役目だ。






「あ、そう言えば」

フードを深く被った御堂が、シェルに向き直り、問う。

「リーや、八城。それに柚希はどうしたんです? 最近、見かけませんが」

「ああ。お前の同期か。奴らは転属になった」

「転属……ね」

御堂は一蹴して、自身の姿を眩ます。

見送ったシェルは、溜め息を吐くと再び、死亡者リスト一覧の作成に取りかかった。






小さな島国の平水区域圏内に辿り着いた御堂は、遥か空の彼方から『それ』を見降ろしている。

「まるで、幽霊船だな」

三月九日。

深更、二時十五分。

彼が目にした物は、先ほど沈み始めたばかりとは想えない、激しく損壊した船の姿だった。

御堂は不思議に想って、小さく唸り、首を傾ける。

異様な光景は、それだけではない。

転覆してから一日が経過しようとしているにも拘わらず、何故か慌ただしさは感じられず、救助活動の様子も見受けられない。

大掛かりな事故でありながら、死亡者が一名だけというのも、彼にとっては納得が行かないところだろう。

気流に身を任せ、御堂は徐々に空中降下を始めた。






死亡予定時刻・第三刻三時十五分、霊魂回収期限時刻・三時四十分。

ターゲット名・是翔 惟人(ゼカケ ユイト)。

年齢・二十二。男性。

「ターゲット絶命まで、残り一時間。まずは、状況を把握しとかないとだな。ん? 何だ、これ」

船上に降り立った、御堂が最初に気をとられた物は、そこには似つかわしくない一本の撓い竹だった。

「何に使うんだ、こんな物」

カラン、と音を起てて竹刀が勾配を滑り落ちる。

御堂が無造作に放ったからだ。

さっそく、ターゲットとの対面を成し遂げるために、彼は船内の詮索にかかる。

だが、それは意外にもはやく叶った。

胸元にある、御堂の装飾品が青く点滅している。

船内へと続く階段の最下に血にまみれた姿で踞る、ターゲットがいたからだ。

絶命まで、残り三十分。

その身体に触れようとした時だった。

死を直前に控えているはずの人間が御堂を襲ったのだ。

「どういうことだよ」

ナイフを持って攻撃をかけるターゲットから逃れようと、衣服を翻し御堂は再び船上へと昇る。

是翔に押し倒された御堂は、とっさに傍にあった竹刀で彼の攻撃を遮った。






「今まで御苦労だった、御堂」

無線機の奥から、聞き慣れた声が届く。

その声は、やけに生温く、非情な響きをしている。

「……シェル?」

「お前の正面にいる男は、私が送り込んだ刺客だ。御堂。今宵、この地で永遠の眠りにつくことを許す。それが、お前の宿命だ」

御堂が見せた僅かな隙を、目の前にいる男は見逃さなかった。

是翔の放った長い針金が、黒い衣を纏う死神の首筋を捕らえる。

御堂は潜らせた指先で気道が塞がるのをかろうじて、食い止めた。

「シェル……! 俺を騙したのですか!」

「悪あがきはよせ、御堂」

少しの間を置いて、シェルは言葉を繋ぐ。

「人間社会にもあるように、死神とて同様。棄世させる側にも当然、人脈の入れ替えは存在する。つまり。古株である、お前に与える仕事はもうない」






締め付ける針金が、御堂の指先を無惨にも払い除けた。

ギリギリと歯軋りの様な摩擦音を起てて、その首を鬱血させていく。

「く……!

……八城達は……まさか、柚……希も」

苦しげに呻く御堂を見下げている是翔は、冷淡な笑みを浮かべた。

「その、まさかだよ。僕が始末したんだ」

是翔が操る針金が容赦なく御堂を追い詰めて、その喉元からは言葉を発することが出来なくなっていた。

「恨まないでよね? 僕は雇われて、従ってるだけだから」

たぐり寄せた針金に舌を這わせ、目を細める是翔が真下にある獲物を嘲笑う。






死亡者リストに記された是翔の名が消滅し、代わりに御堂の名がゆっくりと浮かび上がる。

同期生として、共に死神業に就いていた一人、柚希は御堂の元恋人だった。

いつか、もう一度やり直せたらと、彼は願っていたのだ。

最期の気力を振り絞って、御堂は胸元から小型の箱を取り出す。

そこには、柚希との想い出が詰まっている。

彼女にとっては過去の出来事でも、御堂には特別だ。

だが、彼の指先が箱を開くことは二度となかった。

是翔は何事もなかったように、その場を去る。

「さて、次は誰を抹殺するのかな」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

ロスターカット 孔雀 凌 @kuroesumera

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る