~第五章~
「つーこともあったな。おれの妹たち最高だろ」
「っス!」
まぁこんな思い出話が出来るのも、あきが寝ているおかげだ。起きてたら絶対に怒る。
『あきがこんなに疲れているのも珍しいわね』
「ああ、そいつ、今日江戸に着いたばかりみてぇだからな」
カナに膝枕して貰っているあきは当分起きそうにない。さっきまでの
「そう言えば、あきさんは今までどこに?」
優越感に浸っていると壮碁がそんなことを訊いてきた。質問の内容はわかる。が、
「あ? 『あき』さん?」
ナニ気安く名前呼んでんだ。
「え、ではなんと呼べば……」
「……つか呼ぶ必要なくね?」
『そうね。あきと呼んでいいのはわたくしたちだけがいいわ』
「
こう見えて、叶絵も立派な親バカである。壮碁はまた違う理由で泣けた。
(ほんと、ここまでは良かったんだよなぁ)
――全部は話してはいない。というか話せない部分の方が多い気がする。女将のこと、楼主のこと、こいつらは知らなくてもいい情報だ。……知らないままの方がいい。
おれは
『あの時』、
「どうした。膝なんか抱えて」
ある日、あきが珍しく落ち込んでいた。
「昨夜姉さんが、どこの馬のほねか知れない奴に
「……おまえ、もう少し子どもらしい発言しろよ」
この頃にはカナも
「カナに惚れる奴らが湧いてくんのは今更だろ」
「そうなんですが、何か今までとはちがうんです。ごういんならおしおきもできます。けど、相手がうぶすぎて、しかも……姉さんも気になってるようすなんです」
うう、と膝に顔を埋めるあき。三年も付き合えばこいつの性格もわかってくる。
「で? どこの誰だ」
「
「遠慮します。つか何がどこの馬の骨だよ! 情報揃えすぎて馬もびっくりするわ! え? 一晩で集めたのか?」
「とりひきさきの相手もいましたからね。よわせて聞き出しました」
「相変わらず手際がいいな。大方その取引先の奴に誘われたんだろ。だっておれ、きのした? なんて奴、記憶にねーし」
客の名前なら必ず確認している。どこの誰に当たるのかも。昨夜、カナの座敷の相手は違う名前だった。連れもいるんならそいつの名前も書いとけよ馬鹿。次は見逃さねぇ。
「
しかし、その晩も、次の晩も、木ノ下壮碁とかいう男はカナを指名した。色っぽいことは何もない。ただ会話だけして帰っていく。
(まぁムカつくけど、それでカナが安らぎを得てんなら……あ、やっぱムカつくわ)
今度
……悲報。八歳のガキに殺される
「何がもう来きやしねぇですか。めっちゃ来るんですけど? どっちから先にしまつしたらいいのでしょうか」
「待て!
小さい手が無理とわかり、布を使って首を絞めて来る辺り、こいつの本気を感じた。まさかこのおれが寝込みを襲われるとは。まぁあき相手に油断したのもあるけど。
おれの寝床は一度見世から出て、すぐ隣だ。あれ? おかしいな? 今日の
「おまえ、不寝番に何かしたか?」
「ああ、あの人」
あきはおれから降りると、やれやれと肩を竦めた。
「さいきんのわかものはたるんでますね。すすめられても、きんむちゅうにお酒はだめですよ」
「なるほど。眠らせて来たか」
「ねずの番、おつかれさまです。で、いっぱつです。まぁ少しくすりも、もりましたが」
「おまえなぁ、朝になったら会えるだろ? わざわざ危ない橋渡ってまで話すことか?」
「姉さんがいらっしゃるところで、あんさつのお話ができます?」
「するな。ナニ? 何がそんなに気に
「そのうち、あげ代もつきると思っていたんですけど、思ったよりもじっかがゆうふくで、もしかしたら、姉さんが身うけされちゃうんじゃないかって……」
シュンとする様子はなるほど子どもらしい。だが見た目に騙されちゃあいけねぇ。八つのガキが吐く
「とうとう実家の財産まで調べたのか。おっそろしいなおまえ」
「だって、もう一月近くかよっているんですよ? じめつを待っているのに、そのけはいはありませんし、なんだか姉さんともいいふんいきですし。どうしてくれるんですか」
「だからっておれに当たるなよ」
「他にだれに当たればいいんですか」
「当たるな! 誰にも!」
おれは深い溜め息をつく。とりあえずこいつが見つかったら危ない。
「木ノ下はおれも注意しとくから、おまえは帰って寝ろ」
「……ここで寝ます」
「駄目だ。不寝番が起きたら
「
「ワルだなぁ」
だがやはり、おれにとっては可愛い妹だ。多少性格に
その日は久しぶりに二人で寝た。後日、朝早く見み世せに戻すことも忘れなかった。
(なるほどなぁ。あいつらどう見ても
一応自分の目でも確かめようと思っていたが、さっそく機会が訪れた。座敷には入れないが、外で会う分なら問題ない。カナから見送られて帰ろうとする木ノ下の
「きみが
「え、どちら様ですか?」
「んー?
若い男だった。いや自分も十分若いけど! えーっと、確かあきの情報だと十九とか言ってたな。の割に幼く見えんな。まぁお坊ちゃんらしいし、世間に呑まれてなきゃこんなもんか。あきは
(カナは奥手だからなぁ。きっと
じろじろと上から下へと見ていると、
「すみません。貴方はとても
「おれもねーよ」
あ、こいつバカだ。
それが壮碁の第一印象だった。
「お兄様だったのですか! 大変失礼いたしました!」
「マジで失礼だかんな? おめぇさん」
何度もペコペコ頭を下げられる。カナからおれのことは聞いていたようだが、すぐ兄妹だと結びつかないとか
おれも仕事上がりだったし、何なら酒にと誘ったら、
「すみません、自分呑めないんです」
そこは気合で呑めよ。おま、何しにここに来てんだよ。食い物か! そういや最初の夜は呑んだんじゃねーの? 取引先の相手とやらと。あ、そいつ、あきが潰したんだった。
壮碁は真面目な男だった。真面目すぎてからかい甲斐もある。何度かカナと一緒のところを見せたら、
「お兄様は桔梗さんのことが、その、お好きなんですか?」
「大好きに決まってんだろうが」
「く……っ」
嘘だろ泣いたよ。
「ど、どうしたよ?」
「いえ、桔梗さんはいつも貴方と、もうひとりの妹さんのお話をなさいます」
おまえ、そのもうひとりの妹さんから
「ずっと、そうなのかもと思っていて、もしそうなら、
「ごめん。お兄さんにもわかるように話してくんねーかな?」
自分は決して鈍い方ではない。だのに話の先が読めない。
「大丈夫です。自分、
「誰が当人? 偏見ってナニ?」
「どうか、桔梗さんを泣かせないでやって下さい」
「読めたああああ! おまえ! なんちゅう勘違いしてくれてんの? ここにあきがいたら殺されても文句言えねーぞ!」
壮碁はポカンとしている。いや、こっちがポカンとしたいわ! こいつ、よりにもよっておれとカナが恋仲だと思ってやがった! あきがいなくてよかった。殺されるところだった。こいつが。
「違うのですか?」
「
「本当に?」
「当たり前だろ! 馬鹿かおまえ! 馬鹿だったな!」
ホッと胸を撫で下ろす様子を見て、今後からかう人間は選ぼうと心に誓った。
(おれが楼主になるのが先かと思ってたけど、こいつ、カナのことかなり本気っぽいな)
本当に
「おれはカナを好きだから、誰かに貰われて幸せになって欲しい」
壮碁が真剣な表情でこっちを見た。
「この意味、わかるよな?」
悪いなあき。おれは、カナの意思を尊重するよ。
いつしか壮碁はカナを本名で呼ぶようになった。あきは荒れに荒れた。頑張れ壮碁。ぶっちゃけ最大の難関はそいつだから。
また幾日経った頃、ようやくあきが折れた。見事壮碁の
そうして予想していた通り、カナの身請け話が上がった。あきは悔しがっていたが祝福もしていた。まぁおれだって手放しに喜べるかと言えば嘘になる。けれど、結局おれらはカナが幸せならそれが一番だった。
しかし、カナの幸せな未来は無情にも
「おいじじい! なんで勝手にカナを
「楼主様と呼べ。奴は金を持ってる。どうせなら桔梗の身分を高くして、もっと儲けようと思っただけだ」
「……嘘をつけ」
自分でも驚くほど低い声が出た。地を
「おれが気に
「何のことだ? お前はしっかり働いてくれてるじゃないか。むしろ気に入っているくらいだ」
「……っ」
この
その日は互いに火花を散らして終えた。おれと楼主が
「ろうしゅのへやで見つけたものです」
「おまっ、また危ない真似を……っ」
「ちゃんとあとで返します。その前に、あなたにも目をとおしてもらいたくて」
渡された冊子の中身を確認する。なるほどね。そこには徳川幕府
「ろうしゅはあなたを殺すきかいをうかがっています。くれぐれも気をつけてください」
「ああ」
「……おっかさまですか?」
「ほんと鋭いよなおまえ」
楼主に憎しみの一割が、おれが楼主の座を狙っているものだとしたら、残り九割が
「……死なないでくださいよ?」
……まったく、こいつにここまで心配かけてるなんて、おれも不甲斐ねーな。
「大丈夫だ。おまえたちを残して
そう言って、あきの頭に手を置いた。
だがその後、再びあきと会うことは叶わなかった。
同じ日、壮碁が足抜けの相談を持ちかけて来た。楼主が身請けさせる気がないのは知っていたおれは
連れて来られた広場には、既に何人もの人間が輪になって待っていた。身なりからして皆、商家か武家の出だろう。なるほど、暇を持て余した金持ちたちか。更に周りを見る。両手、両足を縛られている為、首しか動かせなかった。
視線の先に牛が見えた時、これから何が始まるかわかった。どうやって殺されるのかも。
(……
四頭いるってことは
(となると、ここにいる奴らは見物人ってとこか)
あの本の内容によると、牛裂きはあまりの
(さっそくあきとの約束を破ることになったな)
化けて出たら怒るだろうな、と
「
――え?
驚いて顔を上げた。すると目の前にカナが立っていた。連れて来られたのか? 嘘だろ。見せるのか? おれの死にざまを、こんな
「じじい! てめぇええええええええ!」
喉元に噛みついてやりたかった。しかしおれの身体は縄で縛られ身動きが取れない。興奮する牛たちの鼻息が聞こえた。直後、全身に走った痛みは言葉では言い表せない。
カナが悲鳴を上げ、滝のように涙を流していた。いつものように頭を撫でてやりたいが、残念なことに、使いたい腕は遠くに持って行かれてしまった。
何度か血を吐いて、無理に笑顔を作る。これで
「生きろ」
ちゃんと言えただろうか? 薄れゆく意識の中、カナの
二人とも、ずっと愛してる――――
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