カラス × 結成

ミヤマ × カラス①

「やめるってどういうことだよ? てか、それ、いま言うことかよ?」


 本宮の意見はもっともだった。なぜなら、宮間が「強盗をやめたい」と言ったのは銀行の金庫の中で、宮間たちは今まさに銀行強盗をしている最中だったからだ。


「お前が訊いたから答えただけだ」

「俺は『この仕事が済んだら南の島でゆっくりしたい』と言っただけだ。そうしたら、お前が勝手に『俺は強盗をやめたい』と言った。別に訊いてない」

「これが終わったあとに何をしたいか表明する場かと思った」

「それにしてもだな……」

「おい、話は後だ。ここで捕まったら、南の島も脱退もない」

 入り口を見張っていた渕本が二人を制した。「あと二分だ。行くぞ」

 その言葉を合図に、本宮と宮間がボストンバッグを閉める。渕本も加わり、計八個のバッグを抱え、金庫を後にした。


 路肩に停車していたワンボックスに一斉に乗り込む。すべてのドアが閉まったのを確認して、間渕が車を発進させる。

「異常なしか?」と助手席に乗った渕本が尋ねる。

「何もなしっす。絵に描いたような平和な夜。そちらは?」

「方向性の違いで解散の危機だ」と本宮が後部座席から口を挟む。

「はい? 何すか、そのロックバンドみたいの」

「知らん。宮間がソロ活動したいんだとよ」

「え、宮間さん、音楽やってるんすか? ソロデビューするんすか?」

 間渕が後ろを振り向く。

「前を見ろ」と渕本が苦言を呈する。「本宮も茶化すな。その話はアジトに帰ってからだ」

 渦中の宮間が、ぼうっと窓の外を眺めたまま、「ほんと、平和な夜だな」と呟いた。


    ×  ×  ×  ×  ×


 アジトに戻ると、渕本の提案で祝杯に赤ワインを開けた。例の話はとりあえず脇に置いて、乾杯をする。

 アジトと言ってもただのマンションの一室だ。スパイ映画に登場するような武器も最新鋭の機材もない。テーブルとソファと冷蔵庫と、仮眠用のベッドがあるだけだった。


「で、どういうことだよ、宮間?」

 話を脇に置いておけない本宮が、グラスに口を付ける前に口を切る。三人の視線がベッドに腰かけた宮間に集まる。

「言葉どおりだ。これを最後に銀行強盗はやめようかと思う」

「なぜだ?」

「本気で音楽で勝負してみようかと思う」

 部屋の空気が静まり返る。「冗談だ」

「貴様……冗談言ってる場合か!」

 手にしたグラスを投げつけんばかりに、本宮がいきり立った。

「落ち着け、本宮。宮間もちゃんと話せ」

 テーブルに腰かけた渕本が静かに諭す。


「金を盗むことに飽きたんだ」

 ふん、と本宮が鼻を鳴らす。

「贅沢な悩みだな」

「飽きたっていうのは、どういう意味だ?」

「意味と言われてもな……金を盗んだところで、所詮手に入るのは金でしかない」

「まぁ、そうだろうな。それでは不服だと?」

「不服じゃないが、満たされもしない」

「……なんか、ポエミーっすね。でも、どうするんすか? 強盗やめて、何するんすか?」

「さぁな、わからん」

「ふざけるな! 俺は認めないからな。遊びじゃないんだ。そんな曖昧な理由でやめられちゃ困る」

 そう言うと、本宮はソファから立ち上がり、部屋を出ていく。

「おい、本宮、どこに行く?」

「トイレだよ」

「……紛らわしいタイミングで尿意を催したもんすね」


「渕本よ、俺がやめたら困るか?」

 本宮がトイレに入るのを見送ると、宮間が尋ねた。

「うん?」

「本宮が言っただろ、『やめられちゃ困る』って。困るか?」

「まぁ、そういう意味じゃない気はするが……正直、困りはしないな。お前の腕は確かだが、ほかにいないわけじゃない」

「なら、よかった」

「代わりを探すのは楽じゃないけどな」

 束の間、静寂があった。三人がそれぞれのグラスに口を付ける。


「本宮は、寂しいんだろ」

「寂しい?」と宮間が意外そうに訊き返す。

「あぁ、お前と仕事するのが楽しいんだと思うよ」

「そうなのか?」

「俺も、寂しいっすよ……」

 気がつくと、間渕が涙ぐんでいた。

「おいおい、間渕。お前それでも銀行強盗の端くれだろ? 泣くな」

「だって……だって」

 もうほとんど嗚咽に近い。

「まったく」

 渕本がそばにあったボックスティッシュを間渕に渡してやる。

「あり、ひっ……ありゃがと、ごじゃあます」


 そこに本宮が戻ってきた。ソファにどかっと腰を下ろすと、グラスのワインを一気に煽った。

「宮間」

「なんだ?」

「やめて何をするのか知らんが、また戻ってこれるなんて思うなよ」

「……わかってる」

 宮間が渕本の顔を見る。渕本が小さくうなづいた。グラスに残ったワインを空けると、本宮の空いたグラスの横に並べる。

「餞別だ。ベッドの脇のを一つ持っていけ」

 渕本が顎でボストンバッグを指した。

「ありがたく借りておく」


 宮間はボストンバッグを肩に掛けると、出口に向かって歩き出した。途中、間渕の肩に手を置く。嗚咽が一層大きくなった。

「宮間!」

「なんだよ? まだ何かあるのか?」

「……捕まるんじゃねぇぞ。ムショで感動の再会なんて御免だ」

 宮間は笑った。

「お前も捕まってるじゃないか」


 ドアを開けると、宮間は振り返ることなくその場を後にした。階段を降りる乾いた足音が、ドアが閉まるまでのわずかな間だけ部屋の中に響いた。

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