ウォート編

 それは今から約100年前のことであった。大王国フィーネアメイズは大きな内乱により荒れていた。

 24代目であるギャズ王の急な卒去により、王位の継承が困難になってしまった。若干15歳であった24代目の王は、そもそもではあるが、先代のザザンカ王が41歳という若さで世を去ったため、15歳という異例の若さで王位に就いたのであった。

 24代目が王位に就いたとき、国民の間では様々な憶測が飛び交った。

 23代目の死として発表されたのは、寝室にて仰向きに伏せており、給仕の人間が声を掛けたとき、既に冷たくなっていた、というものだった。23代目の王ザザンカは、剛胆と表すに相応しい人物であり、病床にあったという話はなかったが、これを心臓病による発作として処理した王国の人間を訝しんでいた。

 24代目にあたる一人息子のギャズは、元々国民に信用されておらず、王家の位を盾にした傍若無人な振る舞いを23代目にたびたび注意されていた。

 国民の信じた噂とは、24代目が23代目を殺したというものが専らであったが、その手段が説得力に欠けることと、王宮内でも素行の悪い24代目を王宮がかばうのであろうかということだった。

 しかし、国民がそれでも噂を信じて止まないこととは、24代目が嬉々として即位したことに尽きる。ザザンカ王の実子であり、一人息子であるギャズが王位を継承すること自体は仕方の無いこととはいえ、それでも普段の素行や言動を寛容することは出来なかった。国民は24代目に対し、王としての威厳や、大らかな態度を切に願ったが、それは即日裏切られることになる。

 即位のパレードの最中、身分の低い者がパレードに参加していると言う理由で、その参加者を斬ったのである。若王は斬り伏せた者に目もくれず、大声でこう叫んだ。


「身分の低い者が、おこがましくも、王の威光を預かろうとしている!」


そのパレード自体は、王国の様式にのっとり国民総出で盛大に行われたのであったが、そうしたしきたりや行事を知らない若王が己の感情のみで国民を斬った。この事実が目の前で行われた国民は怒りの塊となり、24代目若王に襲いかかった。

 怒号と悲鳴があたりを埋め尽くし、王直属護衛軍と国民との間で剣を交えた戦となったが、5分と経たずに国民は制圧され、11人の国民の死体が転がる中で若王は言い放った。


「弱き者が死に、強き者が生きるこの世界。ただただ弱き者が死んだのだ。弱き者には弱いなりの生き方がある。それは強者に従うか、強者に殺されるかだ。貴様らはどっちだ!?」


あまりにも理不尽な若王の言葉に、国民達は筆舌に尽くしがたい苦しみを味わった。若王はそのまま城へ踵を返し、パレードの行われた広場では、国民のすすり泣く声や、憤怒の名残が見られた。

 その日の夜。後の冒険者ギルド『ミリオン』となる酒場『サウザンド』では、暗に24代目の暗殺依頼が殺到していた。前王23代目は『サウザンド』の有りようについては周知のことであったが、若王が『サウザンド』について知っていることは、身分の低い者が通う酒場、程度の認識であった。暗殺を依頼するものも多ければ、実行せんとする者も多かったが、実際問題として達成を困難とすることが誰の目にも見えて明らかであった。

 23代目ザザンカ王の病死から2日後であり、24代目ギャズ若王が即位して次の朝。


 王国に更なる衝撃が走ることになった。24代目ギャズ若王が卒去されたと王国から発表されたのである。死因について細かな発表はされなかったが、賊が王宮内に侵入、側近の1人と24代目を暗殺した、と伝えられた。その成否について、事実かどうかも分からぬまま、報を聞いた国民は喜びに沸き立った。そして、王宮内では政争という内乱が巻き起こることになった。


 7日間の政争の末、王座に就いたのは、王国の第1貴族である『バロウズ家』の『サダニー・バロウズ』だった。しかし、建国の際の筆頭貴族騎士であり、過去24代も続いた『アメイズ家』の血筋が途絶えることに抵抗を唱える国民や大臣が大いに反対をしたが、血筋等よりも人柄や実質的な力を重んじる風潮に押され『バロウズ家』が強く推された。

 バロウズ家については、他国から流れてきた商人としてフィーネアメイズに在住し、現当主であるサダニーが3代目である。1代目『キユ・バロウズ』はその類い希なる商才で、1代で貴族としての位を手に入れた。そして2代目『ナリー・バロウズ』、3代目『サダニー・バロウズ』が受け継がれた地位と能力で、バロウズ家を最も有力な貴族へと育て上げた。

 王位の継承について、名門騎士貴族『カジャン家』、鍛冶屋一族筆頭『スミノフ家』、王立図書館司書長『リカード家』などが候補に挙がったが、サダニー・バロウズが王宮に召喚され、王位の継承を促された時は、頭を振って断ったという。しかし、その謙虚さこそが今、国民に求められているとして説得され、即位に至る。

 全国民がサダニー王の即位を称え、それに応える為、王国中を自ら奔走する王が、王国の輝ける未来を予想させた。


「・・・そして、王国は今に至る、というわけだ」


男は『フィーネアメイズ王国記』と書かれた本をパタンと閉じた。夜が最も深くなる頃。定員4名の馬車の中、グラグラと揺れながら、文字を読む為の小さな蝋の明かりのみがぼんやりと2人の輪郭を浮かび上がらせている。互いにフードで顔を隠している。本を持った男はもう1人の男に質問をした。


「理解したか?」


もう1人の男は背を持たれたまま、腕組みした腕を解かず答えた。


「あぁ・・・」


本を持っている男はまだ何か回答を待っているようだった。それを当然の如く察知している腕組みした男は質問を返した。


「・・・解せない点がいくつかある」


「そうか・・・。それは何だ」


これは試験である。いつもの様に、理解力、読解力を試験するつもりなのだ。腕組みした男はゆっくりと質問をした。


「王の血筋・・・『アメイズ家』のだ。23代目ザザンカ王の王妃、24代目を生んだ女はどうなってるんだ。・・・それに、23代目も24代目も死因が曖昧すぎる」


本を持った男はフフッと笑って見せた。それは嘲笑にも見えたが、スラスラと答えだした。


「見事なものだな・・・。全て、答えてやる。

 王妃についての記述は途中から途絶えている。ザザンカ王に嫁いだ女は『プリムラ』という名前の貴族の女だ。プリムラに関して分かることは、『病弱であるためにギャズを出産した後に隠れた』ということだ。

 ここで一つ疑問があるな。王位継承の際のプリムラの立場だ。隠れた後に生死も不明、その後に関する記述も一切不明だ。仮にも王妃であるにも関わらず、だ。そしてこのプリムラという女は、貴族の女であったことに関わらず、王位継承の際にその家の名前が候補にも挙がらなかったことだ。その貴族の名前とは『スターチス家』。

 王位継承の際、国民や大臣が王家の血が途絶えることに反対をするという記述がある。ということは、仮にも王宮へ入り、王家とされたプリムラが生存していたことが予想できる。これがスターチス家のことであるなら候補としていの一番に挙がっているはずだ。・・・王妃が生きていたとするならなぜその後のことが何も書かれていない?」


腕組みの男は黙っている。本を持った男が続ける。


「・・・そしてザザンカ王とギャズ王の死因について、だ。これはこの本に書かれていない以上、推察しかすることが出来ないが、多くの人間が感じるとおり、2人とも他殺であることが察せる。ザザンカ王は息子のギャズが、ギャズ王については怒れる国民か依頼を受けた暗殺者か・・・。

 ザザンカ王については問題では無いだろう。犯人がギャズであるとしたら容易なことではある。ザザンカ王が如何に剛健であろうと、毒を盛られれば死ぬ、それが出来損ないとは言え息子から送られたものであったなら口にするだろう。まぁ、ザザンカ王の方はどうだっていい。問題はギャズ王だ。

 暗殺者がギャズを葬ったとあるが、これは十中八九『サウザンド』の仕業だ。それを根拠とするのは、新しく王位についた『サダニー・バロウズ』という人物だ。

 ・・・この男が王になりまず着手したことは、酒場『サウザンド』の拡張だ。『冒険者』という制度を設け、その所属者に色々な権限を持たせ、王国を内から外から繁栄させるように促した。結果、他国から多くの人間が王国へ『冒険者』になるべく訪れることになり、それをターゲットにした商人達が王国へ貢ぐことにもなる。

 そして、これが先日入手した情報だ・・・」


本を持った男は懐から、一枚の紙を取り出し、それを腕組みした男へ渡した。腕組みをした男は紙を受け取るなり、それまでとは表情を一変させた。そして本を持った男が更に続けた。


「・・・これは旧酒場『サウザンド』、そして現冒険者ギルド『ミリオン』の登記簿の写しだ。まぁ表情を見るに察したようだな。酒場『サウザンド』を作ったのは『バロウズ家』だ・・・」


紙を持った男はその時点で全てを理解した。自分の今回の役割を。本を持った男は腕組みした男から紙を奪い取り、蝋の上に覆うようにして紙を燃やした。そしてこう告げた。


「お前の今回の任務はこうだ・・・。王妃プリムラのその後を探ること、ギャズ王の死の真相を探ること、そして、サダニー王の陰謀を明かすことだ」


本を持った男は蝋の火を消そうとした。しかし、その話を聞いていた男が止めた。


「ちょっと待て。この任務が暗殺者である俺になんの関係がある?」


本を持った男はフフと笑い、火を消した。


「関係があるからお前に依頼するのだ。お前の名前はウォート。任務の成功を祈っている・・・」


本を持った男は言い終わると消えていた。ガラガラと小石を踏む馬車の音だけが聞こえている。残された男は少し、考えるように呆気に取られていたが、すぐに腕を組み直し、背を持たれかけた。


「お客さーん、もうすぐ着きますよ」


御者が声を掛ける。男は馬車の窓を開け呟いた。


「夜明けか・・・」


 男の名前はウォート。職業は暗殺者。誰も彼の本当を知らない。それは彼自身も知らないことであった。自身の事を知るため、王国のことを知るため、大王国フィーネアメイズへと入国した。

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冒険者達 @harunami4

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