イェロ編
王国外れの森林地帯、モノライト森林。
そこには様々な植物と、多種多様な獣が生息し、無秩序と思える弱肉強食が森林を守っていた。入るモノを拒まず、出るモノを惑わす森林には、色んなモノが捨てられていた。不要になった衣服や食物の残り滓、果ては社会的に不適合と認められた人間までもが森林に捨てられた。捨てられたモノは森林の全てが受け入れた。植物は養分を吸って成長し、獣にとっては餌となる。いつしか森の出入り口付近には浮浪者が溜まるようになったが、それを狙った獣が浮浪者を捕食。死傷者8名、行方不明者7名という事件が起き、人を襲うことに慣れた獣が森林の外を徘徊。王国の騎士や、冒険者ギルドの所属者が討伐を試みるが、大した成果は得られなかった。獣を追い、森林に入った冒険者の多くは帰らぬ死体となり、人々は改めて森林の恐怖を思い知ることとなった。森林に入ることは禁止され、何者も寄せ付けない大きな砦となった。しかし、禁止されれば近づきたくなるのも人の性。森林に関する色々な噂やジンクスが建ち、それを検証するためと、未だ行方不明者が後を絶たない。その噂とは、森林の奥にはエルフが住んでいる、高価な宝物が隠されている等、ポジティブで如何にも冒険者の心をくすぐるものから、犯罪組織の本拠地、人間の捨て場等ネガティブなものまで多岐に渡った。しかして、その森林は未だ様相を変えず、そして何者に教えることも無く今日も静かにざわめいていた。
森林の中では変わらない日常が行われていた。日の光すらも届きにくいほど生い茂った森では、獲物を見つけることが難しく、また狙われていることに気付きにくいという特性があった。故に、獲物を見つけた捕食者は一際気配を悟られぬように、慎重に行動する必要がある。逃げられればまず追いつく事が出来ない。肝要なのは確実、丁寧な仕事だ。
「さてと・・・狩るか」
獲物を見つけた俺は腰を低く落とし、獲物の動向を探った。まだ大人になりきっていないのだろうか、少し小ぶりだが、まぁ悪くないサイズの鹿だ。木の実らしきものをせっせとむさぼっている。獲物は食事中だ。体勢を低く保ったまま、じりじりと獲物へとにじりよる。よし・・・気付くな、気付くな・・・。鹿は木の実を探して周囲を嗅ぎ回っている。
なんと危険な行為だろう。今、油断しきったお前を
ヒンッ・・・・・・
突如として金切音がした。
「よし!やった!」
ザザザと草をかき分け、可愛く整った顔立ちの少女が横たわった獲物を手にした。ふふんと自慢げに鼻をならし、獲物の頭部を確認した。
「脳天必中、だね。良い感じ!」
少女は、自分の身長の半分ほどはあろう獲物の狼を、引き釣り、森の奥へと歩いて行った。
少女の服装はどこかつぎはぎの様に見え、やはりよく確認すると、布を折り合わせて着用していた。輝く金色の頭髪は雑に纏めれられ、はっきりとした目鼻立ちは、どこか気品を思わせる顔作りでエルフの様でもあった。
少女は自信の拠点である巨木に着いた。巨木は見上げるほどに高く、直径は10メートルを超えていた。無数に別れた枝はそれぞれに綺麗な緑を纏い、小さく漏れる日光が殊更巨木を輝かせていた。少女は巨木の下に立つと渾身の力で獲物を掲げた。
「おーーーい!イェローー!捕ってきたよ!」
少女がそう叫ぶと、地上7メートルほどのところにある、大型の木の洞から人間が現れた。その人物とは、明らかに老齢にさしかかっており、伸びきったぼさぼさの白髪に、全く手入れのされていない髭を蓄えた、如何にも浮浪者というに相応しい人相であった。
「おお、おお、よくやったな」
浮浪者はその貧相な体格を木にしがみつけてズルズルと降りてきた。
「よくやったな、イェロ」
トテトテと剽軽に少女に歩み寄り、再度少女を祝福した。少女は獲物を浮浪者に見えるように更に掲げた。
「へへーん。大っきいでしょ。三日ぶりだね。すぐ食べようよ!イェロ、はやく準備準備!」
少女は言い終わるやいなや、無造作に獲物を放り出し、食事の準備を進めた。浮浪者もそれを手伝い、一生懸命に火を付けている少女を横目に、自前のナイフで狼を捌いた。飲み物は雨水を溜めたもの、メインには火で炙った串刺し狼。2人は和やかに、むさぼるように食事を進めた。あらかた食事が済んだ後、浮浪者は少女に改まると、先ほどまでの雰囲気と一変して少女に語りかけた。
「なあ。イェロや」
「なに?イェロ」
深刻な顔をする浮浪者とは対局に、少女は満腹になったお腹をポンポンと叩きながら答えた。
「おめえ、今日で幾つになった?」
「えー?なにが?覚えてないよ」
まだお腹を叩いている。
「歳だよ。歳。教えてやっただろ。1年の数え方」
少女は眉を潜め、首を傾げながら宙を見る。
「歳?あーーー、なんだっけ?たしか・・・」
少女はスッと立ち、巨木の裏に傷つけてある刀傷を確認した。
「あーーっとね、えっと、18!」
少女は言いながら浮浪者の対面へと戻り、ドサッと腰を下ろした。
「そう。18歳。これはな、人間で言うたら独り立ちする歳だ」
「え。でも私って、人間?なの?」
驚きながら返答した少女に、浮浪者も驚き、つい笑みが溢れてしまう。
「なーにを言うとる。人間じゃ無かったらなんなんだ」
「んーー。考えたこと無かったな。・・・鹿?」
真剣な少女の表情に、浮浪者は吹き出しながらも説明する。
「んなわけあるか!毛皮はあるか?4本足で立つか?わしと見比べてみい。お前はどっち寄りじゃ」
身振り手振りで少女に自分が人間であることを証明しようとする。
「あー、イェロって人間だったんだ。じゃあ私も人間だね!」
「そう!お前は人間!・・・はあ、なんか知らんが疲れたぞ」
「ならもう寝る?」
「そういう意味じゃ無い。はあ、話を戻すぞ。お前は人間で、人間は18歳になると独り立ちするんじゃ。ここまでは分かったな?」
また真剣な表情に戻り、少女に質問する。少女はこくんと頷き、浮浪者は話を続けた。
「つまり、お前は独り立ちするんだよ」
「やだ」
即答。浮浪者としてはそう来るだろうと思っていた。少女が続ける。
「なんで。誰が決めたのそんなこと。人間?イェロ?」
明らかにムスッとしている。浮浪者は諭すように言った。
「これはな、決まったことでは無いんだ。ただ、独り立ちするというのはな、もっと大きな人間になるために必要なことなんだ」
「別に、大きな人間にならなくていい。私はここでイェロと一緒にいれれば・・・」
「それではだめだ」
浮浪者は少女の言葉を遮り語気を強めた。少女はいつもと違う浮浪者の態度に少し怯えていた。
「いいか?お前は俺といるべきではないんだ。お前は頑なに聞きたがらないが俺は過去・・・」
「あーーあーー、また始まった!どうでもいいんだから、そういうのは!今ここにイェロと私が生きている!それだけでいいの!」
18歳になるという少女は、まるで駄々を捏ねる児童のように、自分の耳を叩きながら浮浪者の言葉を遮る。しかし、浮浪者は構わず続けようとした。
「嫌だ!やめて!関係ない!」
少女が叫ぶ。
「イェロがどんなことしてきてても、関係ない!イェロは私に噛みつかないし、襲ったりしない!イェロは私のお父さんじゃないけど、私を育てたの!それだけでいいの!」
少女はその青い瞳に薄く涙を浮かべて訴えた。浮浪者はそんな少女を撥ね除けるように、少女の旅立ちを促す。
「それだけでいいわけがない。いいか?よく聞け」
浮浪者は少女の肩を力強く握り、一呼吸をおき、言葉をぶつけた。
「人はな、いつか、死ぬんだ」
呼吸を乱しながら、苦しそうに浮浪者は続ける。
「いいか?人はいつか死ぬ。歳を取れば取るほど人は死に近付いていくんだ。俺を見ろ!今にも死にそうじゃ無いか!俺が死んだらお前はどうするんだ?1人で生きていくのか?日も差さない暗い森で?話し相手もいない、お前の自慢の獲物を喜ぶ相手もいない!」
浮浪者はそこまでいうと、少女から手を離した。少女と浮浪者はお互いに見つめ合いひとときの沈黙が流れた。少女からは涙が溢れ、浮浪者にもその兆候が見られた。そして少女が涙を拭いながら口を開く。
「・・・分かった。ご飯が足りないんだね。だから、痩せていくんだ。私が全然狩れないから!」
少女は自分の弓矢をサッと取ると、浮浪者に背を向け、暗い森へと進み出した。
「待て、イェロ!」
少女は浮浪者の声には構わずズンズンと歩いて行く。浮浪者は声を掛けながら少女を追いかけた。浮浪者は少女の手を取り、行かないように引っ張るが、少女はすぐにその手を振りほどいた。そして浮浪者へ向き直ると、怒りと悲しみを込めて、浮浪者へ吐き出した。
「なんで、なんで死ぬとか言うの!?イェロは死なないよ!?私が、いっぱいご飯を取ってくる、だから、だから、イェロは死なないよ!?・・・もし、もし、死ぬとしても私は側にいるのに、私が、いらないんだ!だから・・・」
少女はもはや自分でも何を言っているのか分かっていなかった。いつかくる死という別れ。少女にはその別れがいかに酷であるか理解はしていたが、向き合う覚悟は勿論無かった。しかし唐突に、浮浪者の死という少女が最も恐れるものを浮浪者自身から聞かされ、無意識まで落としていたその現実を、意識してしまい、少女は混乱の極みに達していた。浮浪者は取り乱す少女をなんとか収めようと、再度手を握り少女に謝った。
「ごめん、ごめんな、そんなつもりじゃないんだ、分かるだろう?お前がいらないなんてそんなこと思うわけ無いじゃないか」
「だったら、なんで!?」
「お前に、お前にもっともっと立派になって欲しいからだよ、ここでは学べないことや・・・」
「うるさい!!」
少女には浮浪者の言うことが理解出来ていた。自分の纏う布や、浮浪者の使う刃物、それらが森の外のものであることを理解し、憧れを持っていることも自覚していた。しかしそれでも、少女の激情は止まることが出来なかった。
「自分では、自分1人で生きていけないのはイェロの方でしょ!?それなのに、私を、私にそんなことを言って・・・離して!」
少女はまたしても浮浪者の手を振りほどき、浮浪者の元から、森へと駆けだした。
「イェロ!そんなことじゃないことは賢いお前には分かるだろう!待ってくれ!行かないでくれ!イェロ!イェロ!」
浮浪者は必死で声を振り絞って少女を止めようとした。しかし、上手く声が出なくなり、吐血を交えた咳が止まらなくなってしまった。少女はうずくまる浮浪者に気付かず森へ消えていった・・・。
少女が森へ消えてから丸1日が立っていた。焦燥や困惑など、少女が感じたことの無い負の感情が、狩りの成立を極めて困難にしていた。次第に少女は浮浪者の言葉をずっと考えていた。浮浪者の今も自分の今もよく考えなければならない、過去はどうでもいい。そして少女は一つの答えを出した。一緒に、独り立ちすればいい。いつか、浮浪者が語ってくれた森の外のこと。森の外には、森にいない人間がいっぱいいる、大きな石造りの建物やおいしい食べ物もいっぱいある。よし!一緒に森を出よう!
少女は自分と浮浪者の住処へ帰った。道とは言えぬ森の道も、少女にとっては庭も同然。自分で導き出した答えを伝えたくて、不思議と足が急いでいた。住処である巨木が近付いてきた。少女はふと、嫌な予感がした。獣の気配がする。巨木の周りには獣の嫌がる香辛料の香水をまいているので、こんなに近くにいるはずが無い。巨木は目の前だが・・・。予感が・・・予感が・・・。少女は目の前の光景を見たとき、一気に血の気が引いた。自分たちの食事場が荒らされ、巨木の下には3頭の狼いた。それぞれ狼の口元は赤く染まり、それが乾いた大量の血液と断定するのは容易かった。
「イェロ!!!!」
怒声。出さずにはいられなかった。狼たちの傍らに血塗れの肉塊と骨。そして鈍く光るナイフがその物体の正体を表していた。
「この!!!!」
脇目も振らず狼たちに飛びかかった。木造りの矢を矢筒から抜き、数本束ね鏃を突き立てようとした。しかし、狼たちは襲われいる事態をすぐに察知し、巨木から立ち退き、散り散りに森へ消えていった。
「あの時、あの時、何で私は・・・私が意地なんて張らずに、言うこと聞いてれば、イェロ、イェロ・・・」
少女は泣いた。自分のせいで育ての親が死んでしまったことが悔しくて、悲しくて大声で泣いた。半時ほどは他に何も考えることが出来なかった。そうしてひとしきり泣いた後、昔、一緒に建てたペットのお墓の横に、亡骸を埋めた。
少女は旅立ちの決意を固めていた。巨木の洞で荷物の整理をしていると、浮浪者の荷物の中に手紙を見つけた。手紙には前置きがしてあり、一人で読め、と書かれていた。
「お前がどうしても聞きたがらないことだから、こうして手紙に書いておく。知りたくなきゃ、捨ててしまってもいい。でも後悔はするなよ。過去を知ることは未来を知ることだ。俺が教えてやることに間違ったことはなかっただろ?だから全部読んどけ。そして、気にくわないなら、それから捨てたら良い。分かったな?じゃあ、書くぞ?
俺はな、元々は森の外の王国に住んでいたんだ。いわゆる冒険者と呼ばれる仕事をしていた。冒険者ってのは簡単に書くとな、どこでも行けるし、なんでも出来る人のことだ。俺は冒険者として誇りに満ちていた。色んな人間との出会いもそうだし、魔物との命を賭けた戦いなんかもそうだ。(魔物ってのは獣なんか比べものにならないくらい恐ろしい獣みたいなものだ。)でも、ある日俺は間違いを犯してしまった。大きな間違いだ。人を、殺してしまったんだ。森の外では、人間を殺すことは殺人罪と言って、もっとも大きな罪として裁かれることになる。それから王国を追われて、このモノライト森林に来た。ここは恐ろしいところだが、冒険者として慣らしていた俺には苦じゃなかった。そうして森で暮らしだして10年ほど経った後だ、お前と出会ったのは。森には時々人間が捨てられてきた。それは俺と同じく罪を犯した者が大半だったが、お前は違った。森の入り口の近くでお前は泣いていた。そこらにある死体からだったのかもしれない。それとも無責任な親が置いていったのかもしれない。それは分からなかったが、俺はお前を抱いて、その時に決めたんだ。俺が預かろうと。最初はただの興味だったのかもしれない。でも俺はその内お前のことを本当に愛おしく思い、本気で育てた。喋り方から文字の読み書き、それから狩りもな。お前は全部すぐに出来るようになったな。賢い子だよ。俺がこの手紙をお前に渡し、お前が読んでいるってことは、俺はお前を追い出したんだろうな。ごめんな。俺も本当に辛いよ。でもお前にはこの世界を知って欲しいから、こんな暗い森で一生を終えさせたくない。一緒に行きたかったけど、俺も歳だし、外へ出れば犯罪者だ。お前の足手まといにしかならない。だから、お前は外で自由に生きるといい。強くて賢いお前ならきっと大丈夫だ。
あーそれと、ずっと言いそびれてきた事があるんだが、お前の名前のことだ。イェロってのは俺の名前だ。お前が俺と一緒がいいって言うから、仕方なくそう呼んでやってたけどな。それでよ、お前も外の世界に出るんだ。俺と一緒の名前じゃ色々不都合があるだろう。俺が良い名前を付けてやる。『サンタッチ』だ。何のことは無い、太陽に触れるって意味だ。捻りも何も無いだろう?だけど俺の願いとお前の希望を込めた名前だ。王国ではそう名乗るといい。王国に行って好きなことをしろ。お前はお前のために生きるんだ。俺もこれからは俺のために生きるからよ。
あー、えらい長くなってしまったな。じゃあもうこんなもんでいいだろう。お前の旅路の成功を祈る。 イェロ・オニオン」
少女は手紙を読み終え、いつの間にか流れていた涙を拭うと、手紙を丁寧に折りたたみ懐へしまった。そして、荷物を纏め、洞からイェロの墓の前へと降り立った。
「イェロ。受け取ったよ、いっぱい。イェロの手紙も、ナイフも過去も全部。私はイェロに拾われて、イェロに育てられて、イェロの人生を貰ったから、私は全部持って未来へ行くね。私が立派になって帰ってきたとき、自慢の獲物もちゃーんと自慢させて貰うからね!それと、良い名前、ありがとう!きっと、イェロがびっくりするくらい、私たちのこの家よりも大きくなって帰ってくるからね!じゃあ、またね!」
少女は明るく、朗らかに恩師へ別れを告げ、決意を胸に墓を後にした。今まで、森の外へ出ることなど考えたことが無かった。でも確かに憧れていた。恩師の為に自らに課していたその憧れへの封印は、悲劇、というのに他ならぬ惨劇をきっかけに解かれた。少女は過去を振り返らない。しかし、今は過去の大切さを知り、未来へと駆ける術を恩師から授かった。少女は自分の未来を進むため、過去と共に旅に出る。目指すは王国フィーネアメイズ。
「サンタッチ・・・か。イェロ、サンタッチ・・・うーん、イェロ・サンタッチ!良い感じ!」
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