アグニム編
ガシャガシャガシャ・・・
開けた草原に、敷かれた砂利道を馬車が行く。すれ違うのもまた馬車。馬車が運ぶものは、食料に交易品、そして人。多種多様な荷物を運ぶ馬車がまたここに、1人の人間を乗せてきた。見上げるほどの大きな門をくぐり、街の停車場で馬車は停止した。
「お客さん、着きましたよ」
くたびれた中年の御者が小窓を開き、日光を差し入れ目的地への到着を告げる。馬車の中には若い男が1人、苦しそうに声を上げ、顰めた目を擦った。
「あぁ・・・もう、着いたのか。ありがとう」
「御代は・・・残り500Gです」
男はボーっとしていたが、程なくして財布と思しき革袋からGを取り出し、御者へと手渡した。御者はすぐにGを改めたが明らかに多くのGを貰っていることに気付き、男に返そうとした。
「いや、いいんだ。間違ってない。貰っておいてくれ」
「え?こ、こんなにたくさん・・・」
御者が手にしたGは1000Gを超えていた。前金と合わせると1500Gは受け取っていることになる。
「あんたの馬、もっと良いもの食わせてやんないとだめだぜ。それから蹄鉄も変えてやんな」
「あ、あぁ。しかし」
「あんたの言いたいことは分かってる。俺の勝手なお世話だ」
「いや、この馬はもう・・・」
「分かってるって。長くねぇんだろ。だからさ」
「・・・分かった。済まないね。余計な気を使わせてしまったみたいだ」
「いいっていいって。俺が勝手にしたことだ」
男は身支度を整えると、馬車の外へ出た。身に纏った衣装は赤を基調とし、動きよさを重視した軽装、多くは入らない小さめの鞄を背負い、剣も携えていた。日の光を全身に浴びながら、威勢のよい立ち姿は先ほどまでのやりとりに相応しく、前向きで快活な青年として風を呈していた。
「さて、と・・・」
男が御者へ礼を述べるため、馬車の前へ向き直ると同時に御者が降りてきた。
「礼には礼で尽くさないとね」
「わざわざ降りてこなくてもいいのに。それに気にしなくていいって。Gは俺が勝手に・・・」
「あぁ。分かってるよ。だから私も勝手に礼を尽くすさ。・・・これ、持ってきな」
御者は自分の荷物からおそらくは自分の商売道具と思しき、冊子になっているボロボロの紙を差し出した。
「これは・・・」
受け取った男は、その冊子の価値にすぐに気がついた。
「あぁ、そうさ。私の地図だ」
地図には手書きで色々なことが事細かに記されていた。恐らくは御者が数年に渡り、仕事の為に記してきたものだろう。有用な情報を集める場所や、ショップ、国の外に広がる危険な区域などが、実体験を元に記されている。
「・・・いいのかい?こんな大事なもの」
「あぁ、いいんだよ。私にはもう必要ない。私もこの馬も、いやミジーも覚えているからね」
御者は馬の頭を撫でながら、すっかりと錆びてしまったネームタグを懐かしそうに見つめている。
「そうか・・・。ありがとう。喜んで受け取るぜ」
男は、世界に一つだけのボロ地図を丁寧に懐にしまい込んだ。
「それに、君の言うとおり、ミジーとは長く旅をしてきたんだ。時には仕事抜きで付き合ってみるよ」
「変だな。俺は蹄鉄を変えろっつっただけなんだけどな」
男はわざとらしくにやついてみせた。
「ふっ。ああ、そういうことにするよ」
御者もわざとらしくにやつく。
「さてと、そろそろ行くぜ」
「どこに行くんだい?」
「冒険者ギルドさ。冒険者になるために来たんだ」
「それならこの大通りを真っ直ぐ行くと良い。すぐに分かるよ」
「何から何まで悪いな」
「なーに、お互い様だよ」
「じゃ、行くぜ」
「あぁ。冒険者になってこい」
男は御者に別れを告げ、大通りの真ん中を真っ直ぐに歩き出した。御者はそんな男を誇らしげに見つめていた。
「おーーーい!」
不意に御者が男を呼び止めた。男はまだ何かあるのかと思い、御者へ向き直る。
「冒険者の国へようこそ!」
御者は男へ向けて大きな声でそう叫んだ。男は笑みを浮かべて拳を振り上げた。そのまま背を向け手を振り、歩き出した。
大王国フィーネアメイズ。それを支える冒険者ギルド「ミニオン」。数多いる冒険者の1人が馬車に乗ってやってきた。男の名は「アグニム」。彼の冒険は如何なるものか、運命が交錯する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます