最終話:探偵はカーテンコールができない

 死者11名。

 負傷者23名。

 行方不明者2名。


 王子様と田代さんが、消えた。


 警察が約束を反故にして若い頃からの『余罪』を問うてくることを察したらしい。


 シックは海外の生まれながらのテロリストだった。彼女にテロを手ほどきしたのは、彼女の父親。どのエリアかは治安上の機微情報であり、アタシにも教えることができないと加納さんが言葉少なに言った。

 そして、シックの日本におけるテロ行為は、父親譲りの圧倒的なテロ技術を裏付けにしながらも、政治的思想も特に何もなく、平和に暮らす日本人の若い人間たちに対して、「ムカつく」という彼女の嗜好が動機だった。


 アタシは殺人者にならずに済んだ。

 明らかに殺意を自覚したアタシで裁判では弁護士が止めるのも聞かずにそれを裁判員裁判の裁判員たちに伝えたけれどもアタシを有罪にするだけの覚悟は彼女・彼らにはなかったんだろう、全員一致で正当防衛で無罪という判決だった。


 シックは死んでいない。


 でもいつ死ぬかわからない危険な状態が続いている。

 だからもしアタシが有罪だったならばシックが死んだ時点で殺人未遂犯ではなく、殺人犯となる。


 でも、シックが死んだら、どのみちアタシは殺人だ。


「お姉ちゃん」

「なに? 桜花」

「なんでもない。少し一緒にいさせて?」

「うん・・・」


 アタシは今まで以上に桜花と一緒にいる時間が増えた。ううん、増やした。


 時折意味も無く桜花を抱きしめてしまうことがある。

 抱きしめて、まるで愛玩動物のように頭を撫で、頰を擦りつける。


 ハヤテは捜査上の資料として警察に押収された。

 マウスを捌き、血液と体液を含んだ新鮮な餌をハヤテに与えてくれる、管理者としての義務を果たす警官がいてくれるだろうか。


 それからアタシと桜花は犠牲者の方々のお通夜と葬儀にすべて参列した。無言のご遺族もおられれば、皆さんを巻き添えにしたという事実は逃れられないアタシと、それだけでなく桜花にも厳しいお言葉を下さるご遺族がおられた。


 当然のことだ。


 原因があれば結果がある。

 そしてその原因を人間は自覚できないし特定もできない。

 知ることすらできないぐらいに突拍子もないことが原因だというい現実がある。


 現にアタシが人を殺める寸前まで傷つけた格闘術は、その大元を辿ればいにしえの日本で繰り広げられたその内戦が原因のひとつではある。

 そしていじめで死んだ男の子やそれから派生してアタシが高校に行っていないこと、王子様、田代さんとの出逢い、冗談みたいな現実の事件のか数々・・・それから、桜花との愛おしい『家事手伝い』の日々・・・


 そうだよね。


 さあ、桜花を抱きしめるだけの毎日はそろそろ終わろう。


 桜花と一緒に、もう一度駆けよう。


 ベスパで。


「桜花。アタシ決めたよ。王子探偵社を引き継ぐよ」

「うん・・・わかった」


 響さんたちに相談して、王子探偵社が響探偵事務所を吸収合併する形となった。アタシは響さんに代表取締役に就任して欲しいと頼んだ。けれども、アタシがやるべきだと響さんが強く推してくださり、アタシが社長となった。


 ただ、リストラは同時に断行せねばならず、年端もいかぬ小娘のアタシが、ベテランの調査員さんのクビを切った。


 新体制が稼働したばかりで業務は多忙を極めたけれども、いくつかの補習を受けることで中学校の修了証書だけは出して貰えた。


 そしてアタシは消えた王子様も田代さんをも毛ほども恨んではいない。


 だって王子様はなんの躊躇もなく桜花の命を助けてくれた。田代さんもクールにけれども熱くアタシたちを助けてくれた。


 自殺した子を救えなかったことでアタシが自分で自分を苦しめてることを王子様は実は気にかけてくれてた。分かった上で三都くんの手助けをさせてくれた。


 それから、ビジネス探偵のコスプレをさせてくれてマフィアとのぶつかり合いも経験させてくれた。

 田代さんからハヤテっていう人間以上に誠実な出会いも頂いた。

 響さんたちとも会えた。


 最後に何人も人が死んだけど、シックももしかしたらアタシの父親のような人間から生きる術を学び、王子様のような上司から社会人としての手ほどきを受けたのならば、テロリストのまま大人になることはなかったかもしれない。


 すべての言動とくぐらせて貰えた事実が愛おしいものに思えてくる。


 感謝しかないよ。


 そして、アタシは16歳になり、バイクの免許を取った。


「桜花。腰、痛くならない?」

「若いもん、平気だよ!」

「あー。なんだかアタシが年寄りみたいな言い方」

「ふふっ。お姉ちゃんはわたしよりもお年寄り。介護だってしてあげる」

「桜花は結婚してダンナさんを介護してあげなよ」

「うん・・・お姉ちゃん」

「なに?」

「いつまでお姉ちゃんと一緒に居られるかな?」

「・・・そうだね」


 アタシは、答えを、言えない。

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