探偵は人生史上最恐の敵に出会う
斜度30°の下り坂。
ううん、シックから見たら上り坂
中学の、いじめで自殺して、結局アタシが救えなかった男の子がまだ元気にクラスのみんなと話せてた頃、彼は映画の話をよくしていた。
どちらかというとポジティブな映画は余り無くって、彼が熱く語っていたこのエピソードを思い出している。
『カーチェイスのシーンが凄いんだよ。音楽も一切無しさ。ものすごい傾斜のキツい下り坂をさ、二台のアメ車がブレーキング無しで駆け下りるのさ。バウン、ってボンネットが開きそうな衝撃を受けながらさ』
シックがなんでテロリストになったのかなんてどうでもいい。
アタシはシックが初弾で見せたローキックだけで彼女がアタシよりも遥かに多い修羅場をくぐって来たことが分かった。
人生を戦いに投じて来た。
それがシックなんだろう。
「シュッ!」
「シっ!」
戊辰戦争で戦死したアタシの先祖は武士で、とても涼しい眼をした人だったと父親は何度も語って聞かせてくれた。その先祖の遺訓で我が家で受け継がれる
だから、アタシの四肢は脳の思考なく戦闘での対応方法を判断できる。
それはハヤテが自ら初飛行した時と同じく、刷り込まれた努力そのものが本能と化すまで繰り返される圧倒的な努力だろう。たとえそれが瞬間に近い短時間だったとしても。
あの子は自分が『いじめられっ子』だということを、本能のレベルまでに刷り込まれてた。
アタシは永世中立国として、彼の地獄を傍観した。
シック。アナタをアタシは傍観しない。
だから絶対、逃がさない。
「ゼッ!」
「えいっ!」
「バオッ!」
「やっ!」
「シャシャシャシャシャア!」
「たっ!」
「ゼオゼオゼオッ!」
「そっ!」
「チャオオオオオォォォ!」
「くっ・・・」
「ウオオオォォォン!」
「ああっ!」
ズシャ
「くぅ・・・」
「エヤアアアアアアアッ!」
「くはっ・・・せっ!」
「ガアアッ!」
「ぜはっ、ぜはっ、ぜはっ」
ド・ド・ド・ド・ド・ド
Pulse:290/min
B.pressure:280
Danger
「ぞうっ!」
「ぐはあっ!」
「せっ、せっ、せえっ!」
「う・ぐぐぐ・・」
「やあっ!」
「シュッ!」
「あっ!?」
「チャシャアッ!!」
「う・・・」
スサササササササ
堕ちて行く
3,000m級の山岳のその頂上の神の場所から突き落とされ滑落するかのごとく嬲られて13階のマンションから飛び降りたあの子。
アタシも、堕ちて行く。
30°の傾斜の、地獄へ続く坂。
右耳がアスファルトに擦れてる・・・
「痛《つ》うっ!」
「な!?」
「はあっ、はあっ、くはー・・・」
「緋糸、何で起きれた!?」
「痛いから」
傾斜30°の坂道のアタシより上の地点にシックは重心をアタシに悟られないように小刻みに踵を上下しながら立っている。
ナチュラルに浮いてるのと同じ状態で。
下からの方がアタシにとってはやりやすい。
アタシはゼロからのダッシュ力を得るために、完全に体を前に倒した。落下、って言ってもいいぐらいに。
そのままの推進力でシックの足首を狙う。
シックはこの態勢で唯一有効な、上から踏み潰す攻撃を取ろうとしたけど、アタシはヘッドスライディングのモーションに入っていたアタシ自身の体を、無理やりに90°スライドさせる。
シックの右の足裏はアタシの残像の上に被さっただけ。
アタシは急坂を上に向かって横滑る。
膝も太腿も肘も顔もアスファルトに擦り付けて砂と小石とに抉られながら。
脳の判断をシャットアウトし、脊髄だけの単純反射で両腕に込める力のリミッターを外した。
段違いになった、けれども全体重が下り坂に対して前方に重心移動してしまっているシックの足首を、鬼の手のごとくの握力で握る。離さないと心に誓って。
そのまま上腕二頭筋と握力の力でもって足首を後ろに引っ張った。
「きゃああっ!!」
シックの悲鳴が女の子のそれに変わる。
シックは両手をつくこともできず、顔面がアスファルトにぶつけられる。
鼻が潰れ、額と顎を打ち、前歯が折れた。
動かない。
アタシには明らかに殺意があった。
よくて殺人未遂。
死んでれば、アタシは殺人犯になる。
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