探偵は文化を分け隔てない
昼食を摂ることにした。
「お姉ちゃん、採点してね!」
「うん。どれどれ・・・」
今日は
4人全員交代でだよ。
実はお弁当を作った方が時間の短縮にもなるし、食材を使い切っておくことができる。
食材を使い切っておけばイザ、アタシたちに何かあった時に、少しでも身辺がすっきりした状態で終えることができる。
人生をね。
しかし、今日に限って言えばこのお弁当は安息の材料とならなかった。
「すみません、召し上がられる前に写真撮らせてください!」
否も応も無かった。
ギャラリーたちは、わーっ、と一斉に押しかけて来て、他人のお弁当の写真を何百枚と撮っては次の列と交代する。
「かわいー!」
「え・・・これ、タダのきんぴら蓮根ですけど・・・」
「うおー、黄色い〜!」
「出汁巻玉子ですから・・・」
「わー、そのラッピング、センスあるー」
「あの。ハンカチで包んだだけです」
どっと疲れた。
「ほらほら。早く食べないと15:00になっちゃうわよ」
「王子様、意外とサービス精神旺盛だね」
「だって、せっかく桜花クンが和食のお手本のようなお弁当作ってくれたんだから、和の文化をお披露目する絶好の機会でしょぉー」
「あ、なるほど」
「ちょっと大変だったけど、わたしも自分のお弁当褒めてもらえて嬉しかったよ。で、お姉ちゃん、採点は?」
「85点」
「うわ。微妙に厳しいね」
「ごめんね。ひとつだけ。ご飯がやや固め」
「あ・・・そっか。水の量、もうちょっと入れた方がよかったね・・・」
「桜花、釜を持って入れるのがたいへんだったら計量カップとかで最後の調整してもいいからね」
「うん。お姉ちゃん、ご指導ありがとう」
うんうん。
こうしてアタシが桜花と睦じい姉妹の営みをしていると、背後から鋭い声がかけられた。
「あなたたち、それでサブカルのつもり?」
振り返って見上げると、全身サブカル女子の見本のような子が立ってた。
「あ。アナタが・・・」
シックだった。
「和食でお弁当でサブカル? それにそのファッションだってサブカルじゃないよね。」
「シック、さんですよね。今日はよろしくお願いします」
「ねえ。アナタほんとにサブカルのこと分かってる?」
「すいません。分かってるっていうか、特にそういう意識じゃなくて自分が、これいいな、って思うものを集めて行ったらこうなったんですけど」
「ふうん。サブカルはね、メインストリームでは決して得られない優れた芸術性だとかこだわりを持った表現者・創作者の生み出す文化なのよ。本当の意味で文化のクオリティを上げて、維持していく文化なのよ! アナタたちみたいにそういう信念のないファッションだとか心根を見てるとなんだかとても残念な気分になるのよ!」
信念?
アタシはその一言で中学の、いじめをする6人を病院送りにした時のようなスイッチが入ってしまった。
「メインとかサブとか特にアタシには関係なくて。純粋にアタシが聴きたい音楽を聴いて、読みたい漫画を読んで、観たい映画を観た、だけのお話です。こういう服装してますけど、だからと言ってサブカル女子のつもりでもありません」
「それはわたしに対する皮肉?」
「そんな。シックさんはサブカルという切り口で音楽や小説や漫画を連携させて新たな素晴らしい創作物を生み出そうとしておられます。しかもそれを自らがこなしてなんて本当に尊敬します」
「・・・どちらにしてもわたしは今の信念を曲げるつもりもないし、サブカルであるということにこそ誇りを抱いているわ」
「はい。15:00からの新作小説発表。楽しみにしてます」
シックが準備に戻った後、田代さんがアタシに話しかけて来た。
「緋糸。シックはかなり激しい気性だな。ちょっと持ってたイメージとは違ったんが」
「そうだね。創作にすごく真摯で真剣なことは間違いないんだけど・・・」
「さ、みんな。そろそろ配置に着くわよ」
お弁当も食べ終えて気力・体力ともバッチリの状態でコトに当たることができる。
そう思ってたら、シックのブースで大歓声が上がった。
「あれ? なんか偉く盛り上がってますね、田代さん?」
「ほんとだな。まだ14:00なんだが」
アタシはオペラグラスを取り出してシックのエリアを見る。
「あれ? もう販売始めちゃってますよ!?」
「え!? ちょっと待て、今会場から人が集まって来たら防御も反撃も準備なしだぞ!!」
カシュン
田代さんが慌てて立ち上がった時、空からYMOのテクノデリックで聴いたような機械音がした。
それは二回、三回と繰り返され、4回目の音の後。
ガシュ!
何かが解放される感覚の音が一音響き、オリンピック工事中の巨大クレーンからフックが、ストーーンとワイヤーが弛んだ状態で落ちて来て、最長地点で、ビーン、と止まった。
そこを最高到達点として振り子運動が始まった。
「おいおいおい! 本気かよ!」
田代さんが叫んでとにかく救えるだけ救おうという足掻きをみせた。
それほどに甚大な被害を及ぼすことが分かりきった攻撃だった。
このお膳立てされた状況で、これが偶然の事故だと考えるほどアタシたちはお人好しでもうつけ者でもなかった。
目測でもシックのブースを直撃することが簡単に分かった。
「王子様! 行こう!」
「無駄よ」
アタシたちが届く前にシックの小説を買いに並んでいた人たちはフックで頭や胸や足の骨を砕かれ、肉を抉られながら飛ばされて行った。
アタシは『無駄よ』と呟いた王子様を一瞬侮蔑したけど、王子様がバンの運転席に乗り込んでアクセルをベタ踏みして数秒タイヤを空転させ、それから全速力で走って行ったその方向を見て、あっ、と思った。
プロパンガスの展示会だ。
王子様はトップスピードのままプロパンガスが立ち並ぶ前にバンをターンさせた。
タイヤの抉れる有機系の匂いがする。
アタシはスローモーションを見てる思いだった。
おそらく、フットブレーキだけでなくサイドブレーキも使った。
90°でなく、180°バンを反転させ、クレーンのフックの、その振り子運動の真正面に対してフロントが相対する位置関係となるよう、バンを止めた。
その意図はアタシによく分かった。
『横幅じゃフックを止めきれないんだ』
サブカル女子たち十数名の命を奪ったその折り返しでエネルギーを貯めた振り子の先のフックが、ぐうん、とバンに向かって来、フロントグラスに接し、ピシ、とヒビが入った瞬間、王子様は運転席のドアを、ガシン! と開いて外に転がり出た。
べキャベキャベキャというシャーシとフレームを捻り潰す音とガラスの、シャリン、という音が交互に繰り返された。
フックは後部ハッチのガラスを割って少しはみ出た所で、ようやく止まった。
ただ、惨劇だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます