探偵はサブカル女子として推理に耽る

 アタシは分からないなりにサブカルチャーってものに浸ろうとした。


 王子様がバンドや映画や漫画のリストはくれたけど、アタシなりの自己主張で短期間での吸収を試みた。


「わあ。お姉ちゃん、それって猫の本?」

「うん。内田百閒の『ノラや』。現実と虚構を溶け合わせようとするすごい本」


 という風に。


「あら、緋糸ひいとクン。またそれ聴いてるの?」

「うん。耳から離れなくて。ごめんね、王子様。合宿だからそれぞれかけたい曲とかあるだろうけど」

「いいわよ。わたしもそれ好きだから」


 アタシがブルートゥースのスピーカーで調理作業中に流してるのはマシュー・スゥイートの「I’ve been waiting」

 王子様おススメの漫画、「うる星やつら」を辿っていったら、なんとうる星やつらのアニメを使った動画がこの曲だった。


「彼はね、うる星やつらのヒロイン、ラムちゃんのタトゥーをしてるのよ」


 中二病とはこういうことなんだろうか。そしてアメリカでヒットしたアルバムに収録されていながらにしてこれはやっぱりサブカルっぽい。


 ファッションも独自にアレンジした。


「サングラス? 星型の?」

「うん。目立った方が攻撃の目標にされやすいでしょ?」


 星型サングラスはファンクの異才、ブーツィー・コリンズのカッコよすぎるファッションだ。以前王子様がかけていたのを見て教えてもらった。


 そして、アタシはそれを手作りした。

 ギャルがスマホをデコするのに使うラインストーンをレンズに貼り付けて、目のあたりを星型に形取る。


「どう?」

「うーーん。いいよ! 緋糸クン!」

「わー。お姉ちゃん、わたしにも教えて?」

「ダメだよ、桜花おうか。目立つカッコだとテロリストの標的になりやすくなるよ」

「それでもいいよ」


 桜花の並々ならぬ決意を感じ、作り方を教えてあげた。当然ながら桜花の星型サングラスも凄まじくかわいい。


「予告が出たぞ」


 警察のホットラインで連絡を受けた田代さんがみんなに伝えた。


「コミティアだ。場所は東京ビッグサイト」


 あれ?


「ご、ごめん。コミティアって、何?」

「緋糸。俺に聞くな」


 田代さんに冷たく突き放される。

 アタシは王子様に訊く。


「うーん。同人即売会でしょ?」

「え? でも、コミケってのも無かったっけ?」

「うーん。違いが分からないわね。桜花クン、幼稚園でそういう話したりしない?」

「しらない、そんなの」


 しょうがないので全員でネット検索して、つまりコミティアはオリジナルの創作者が作品を持ち寄り、コミケは二次創作も含んだ概念、ということのようだ。


「でもさ。コミティアとサブカル女子って被るの?」


 アタシが更なる疑問をぶつけると王子様がネットで断片情報を引っ張ってきた。


「サブカル女子でバンドやっててついでに小説も書いてて挙句の果てに漫画書いてて。それで全部メジャーデビューしてるってすごい子がいるのね」

「へえ!」

「で、その子が、マーケットをクロスオーバーさせようとして、自分がやってる女子3ピースバンドを主人公にした小説を10万部売った後で自らそれをコミカライズしたらそっちが30万部売れたんだって」

「す、すごいね。というかアタシたちそんな重要情報見落としてるなんてやっぱりにわかサブカルだね。で、その女の子の名前は?」

「シック」


 とにかくもそのシックという子が中心となって、コミティアにもサブカル女子が相当数出没するようになっているらしい。


 テロリストはコミティア会場からサブカル女子だけ選んで駆逐できるのかな?


「テロリストはこれまでは無関係の嗜好の人間を巻き込むようなことはしていない。この間みたいなライブハウスで特定嗜好の人間だけ集まる場所を選んでな」

「でも田代さん。コミティアじゃそうはいかないでしょ? 小説や漫画の創作者にはメジャー・メインの王道路線ど真ん中のデビュー目指した作品を書いてる人もいるでしょ?」

「そうだな。その辺は社長の方が詳しいだろう」

「緋糸クン、嗜好が同じ人間を抽出する方法は簡単よ。サブカル女子を抽出したかったらその協力な磁石がひとつあればいいのよ」

「そっか・・・それがシックなんだね。ということは自分のバンドのミニライブをコミティアでやるとか?」

「いいえ。今回はバンドは封印して小説家・シックとしての参加。新作小説の先行即売会をやるのよ。時間も指定して」

「そっか。じゃあそこにやってきたのをサブカル女子と見なして駆逐すると」

「今日の15:00ジャストからだ。さあ、ビッグサイトに着いたぞ!」


 田代さんの号令でバンから降りる王子探偵社の4人。


 うわ・・・人が集まってきた。


「あ、ねえねえ、キミ。そのサングラスかっこいいね!」

「ええ。ブーツィー・コリンズよ」

「わあ。それ妹さん?」

「ええ」


 桜花はピアノの発表会に出るようなドレス姿のお嬢様、という感じ。

 あっという間に女子からもちやほやされてる。


「写真撮らせてくださーい」


 グラムロック探偵たる王子様と執事風の田代さんが女子たちにせがまれて写真を撮られる。


 そしてアタシたちのバンには『自称巫女・翡翠』という手首に包帯を巻き左目に眼帯をした謎の少女キャラ絵が、バン! とラッピングされてる。

 王子様の同級生で芸術大学に行ってた子になんか描いてって頼んで作ってもらったらしい。


 アタシたちの周囲に人垣さえできてしまった。


「すみません。なんか売ってるわけじゃないんですよー」


 とアタシが言っても誰も帰らない。まあいいけど。


 でもここまでやれば、テロリストの目に入ってるだろう。





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