探偵はサブカル女子としてメガネをかける

 アタシはこんなファッション嫌なんだけど。


「なぜ、伊達メガネを」

「あら。それっぽいでしょ」

「どうして髪にメッシュを」

「それっぽいでしょ」

「なんのために一眼レフカメラを」

「雰囲気に浸るためよー」


 予告されたライブハウスは全く流行ってなくて客が10人しかいなかった。

 いや、今日のバンドのせいなのかな。

 10人の内4人が王子様、田代さん、桜花おうか、アタシだからね。もうちょっとで過半数だ。


「こんばんはー」

 女子だけの3ピースバンドで最近はこういう構成がもてはやされてるんだね、きっと。でも、みんな可愛いな。といっても、サブカル的なかわいさというか、かわいさの基準を変えたいみたいな。

 どっちにしてもかわいさに固執してる時点で相手のコントロール下だと思うけどな。


 演奏が始まったけど、BGMにしか聞こえないよ。

 音楽に詳しくないアタシが、それでも好きで聴いてたバンドは、もっと本気だったけどな。


 そういえば、母親、泣いてたな。

 どうしてそんなテロリストに襲われるって分かってる場所に行くんだ、って。

 さすがに万が一の時に後で知ったら悲しむだろうから桜花も一緒だって言ったら、打たれたもんな。

 父親からはぶちのめせbeat itの鍛錬で打ったり打たれたりはあったけど、母さんから打たれたのは生まれて初めてだったな。

 仕事だから、って一言言ったら後は黙っちゃって。


「伏せろおっ!」


 田代さんが怒鳴った。

 白昼夢に浸っていたアタシは即座に横にいた一般客の頭を押さえつけて無理やり床に腹ばいにさせる。


 アタシたちの頭上を行き交ったのは、ピアノ線だった。


「次、来るぞ! 椅子に飛び乗れ!」


 田代さんの合図で今度は客たちの髪を掴んで引きずり起こし、椅子の上に立たせる。膝下ぐらいにピン、とピアノ線が張られた。地べたに立っていたらアキレス腱ぐらいの位置を切断されていただろうピアノ線は10人が立つパイプ椅子の足を直撃し、全員がバランスを崩した。


「桜花!」

「うん!」


 桜花が椅子の下に置いていたケージを開け、ハヤテを放つ。


「ハヤテ、Seek itシケッ!」


 ハヤテが桜花のコマンドで舞台袖の光を見つけ急襲アタックしようとした時、ちょうど人間の首を切断できる位置に最後のピアノ線が張られていった。

 田代さんが椅子で力任せに叩き、ピアノ線を緩めた。


「三段攻撃で皆殺しか」


 捜査上の総合的な判断から予告があっても事前にイベントを中止することはしていない。だから店側にも事前には伝えていない。

 その代わり開演30分前にアタシたちでチェックした。漏れはないはず。


 とすると、テロリストはその後の短い時間にこれだけの細工をしたってことになるよね。

 しかも、誰にも見られずに。


「王子ちゃ〜ん! 大丈夫だったか!?」

「加納さん。わたしたちは大丈夫だけどお客さんたちがね。相当ショック受けてるわ」

「そりゃそうだよね」

「加納さん、テロリストは?」

「まったく痕跡なし。とにかくそのピアノ線の仕組みを鑑識でチェックしてもらうよ」


「手順を間違えてたら死んでたな」

「ほんとね。さすが田代」

「勘でしかない。次は分からん」

「田代さん、こういうケースは見たことありますか?」

「爆弾テロが似たような手口を使うだろうが、こっちの方が確実だな。なんというか、思想も何もなく無機質に確実に命だけ奪おうっていう意識を感じる」


 結局アタシがサブカル女子に扮した努力はこの日は活かせず、次回も持ち越しとなった。


 アタシもなんだか燃えてきたね。

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