探偵はベストを尽くす

 アタシは彼女に訊いた。せめて最低限の情報をと。


「アナタの名前は?」

「ヒロ」

「何があったの?」

「中2の女の子が同級生の女子グループから集団暴行を受けて死んだ事件、覚えてる?」

「ええ・・・去年の夏」

「死んだ子がわたしの妹。事件がどうなったかは知ってるよね?」

「うん。『恒常的ないじめ』の事実は確認されず、計画性もないとして全員情状酌量で不起訴。唯一金属バットで頭を殴ったグループのリーダーの女子は精神鑑定の結果『判断能力なし』の判定で不起訴。裁判員裁判で裁判員たちも同様の判断」

「覚えてくれててありがとう」

「いいえ・・・ヒロが探してるのは金属バットで殴った子なのね。名前は?」

「知らない」

「え?」

「知らないのよ!個人情報やら機微情報やらでわたしにも知らされてないんだよ! だからわたしにとってそいつの本名は『鬼畜のクソ野郎』なのよ!」


 ヒロのスマホが、ヴッ、と鳴った。


「このツイートにDMしてくるのって・・・?」


 ヒロはスマホを読み込む。


「ねえ、緋糸ひいと。『王子』って、さっきのバイクの奴?」

「う、うん」

「社長の方?」

「そう。グラムロック探偵、って自分で言っててあんな格好してるけどね」

「王子は優秀な探偵なのね? 間違いないわね?」

「間違いないよ。決断力もあるし、経営者としても探偵としても、優秀」

「『30分で鬼畜のクソ野郎に謝罪会見させるからそいつの情報をくれ』だって」

「王子様ならできると思う。アタシはそう思う」

「でも、30分だよ?」

「やらなきゃ、アタシの妹は確実に死ぬ。それから、次の子も」

「うん。ごめんね」

「いいよ。情報、教えてあげて?」


 桜花は窓の外を見てる。

 泣きたいだろうに。

 アタシの大切な桜花・・・


 20分経った。


「緋糸。王子からDMだ・・・動画サイトを見ろ?」


 ヒロが画面をタップしてサイトを上げた。ライブ配信なのかな。動画を見て表情が消えていく。

 ヴォリュームを上げた。


『う、あ・・・わたしは、死んだ同級生に「キモブサゲロッパー』というアダ名をつけて毎日いじめていました』


「え!? まさか!?」


 謝罪会見!?


『その日、わたしたちはいつもみたいに彼女を取り囲んで、膝に金属バットを挟ませて「拷問の刑」をしていました。そしたらその子が初めてわたしに反抗的な目をしたんです。ビンタしてもその目をやめませんでした。わたしは、カッ、となって金属バットで彼女を殴ってしまいました。こ、殺すつもりはありませんでした!』

『精神鑑定のことを言え』


 王子様の声だ・・・!


『は、はい・・・母方の祖父が大学病院で精神科の部長なんです。家族で相談して、精神鑑定で有利な判定の出る「想定問答」をわたしにレクチャーしてくれたんです』

『や、やめて! 娘を誘導しないで! なんでこんな非道いことを!』

『お母さん!』

『非道いことだと? 自分の娘をマネジメントできなかったアンタのせいだろ? おまけに罰を逃れるよう卑怯な工作までして。なあ、娘さんよ』

『は、はい』

『ひとりで警察、行けるのか』

『う・うう・・・・』

『自分で始末もつけられない甲斐性なしが他人をいたぶるな、この鬼畜のクソ野郎!』


「運転手さん。車を止めてください」


 ヒロが立ち上がった。

 わたしの方を振り向く。


「約束よ。みんなを解放するわ」

「ヒロ・・・」

「妹の仇がとれた。ありがとう」


 そのままバスのステップを降りて外に出て行った。


「桜花! お願い! アタシの腕と足、はずして!」

「うん! お姉ちゃん!」


 桜花はアタシが持ってきてたお弁当を開いて中からフォークを取り出した。


「えい! えいっ!」


 二撃で見事に外してくれた。

 そのままアタシは立ち上がってダッシュでヒロを追う。


「ヒロ!」

「緋糸・・・」


 追いついて、真っ直ぐにヒロの目を見つめた。


「ヒロ。アナタ、死ぬつもりでしょう」

「・・・・・・ええ」


 アタシはそのまま真正面からヒロを抱きしめた。

 まるで恋人にするみたいに固く、強く。


「アタシはクラスの男の子を救えなかった。アナタまで死なないで? お願いよ」


 更に力を加えてヒロの背中を手のひらで引き寄せ、アタシの胸板で彼女の胸を押しつぶした。


「うん。死なないよ・・・」


 ヒロもアタシの背中に回した腕を締め付けてきた。


 ヒロは重い罪に問われるだろう。

 それは、原因があって結果がある世のことわりだ。


 王子様も、タダで済むはずはない。

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