探偵は八方塞がり
アタシは両手・両足を固定され、王子様たちのベスパも離され、そして未だにこの犯人の目的が見えない。
「じゃあさ、目的地だけでも教えてくれない?」
「広島」
「え。広島? なんで?」
「もみじ饅頭食べたいから」
目が笑っていない。
もみじ饅頭はともかく広島というのは本当のようだ。そこで改めて犯人は運転手に言ったよ。
「広島だから。そのつもりで走ってて」
「は、はい。そのつもりって?」
「邪魔が入るかもしれないでしょ? この子らが警察に通報したりして」
「してないし、しない」
「わかんないわ、そんなの」
「関係者全員で協議して決めたよ。だから少なくともアタシたちの側からはしない。それともアナタが警察に知らせるなって言ったのは、冗談?」
「・・・分かった。仮に警察が入ってきてもアナタたちが通報したんじゃないって考えるわ」
ほ、と少しだけ心に余裕ができた。
不思議だな。アタシこんな状況でも特に焦ってない。多分
それから、やっぱり、アタシの人生においては、中学の時に、結局救えずに自殺した男の子の存在が、いつまでもいつまでも残り続けてる。
「ねえ、アナタ、名前は?」
「
「妹の名前は?」
「
これはアタシじゃなく、桜花が自分で答えた。
犯人は桜花の方を見る。
「ふふ。お利口さんね。わたしの妹もアナタと同じで賢かったわ」
犯人のそれを聞いて、アタシはなんだか嫌な感じがした。
ひょっとしたらこの犯人は、アタシたちにそれほど興味がないんじゃないだろうか。
遠足に向けて出発しようとしてるバスを園児30人ごと拉致してアタシたちの人生そのものを左右する状況を作り出してるけど、さっきの口ぶりは桜花のこともアタシのことも通り過ぎた目線で語っているように聞こえた。
とすると、純粋にアタシたちを何か彼女にしか関わりのない目的を遂行するための『道具』と冷静に捉えているんじゃなかろうか。
これは、探偵としてのアタシの推理。
ただ、この推理が当たっていたとして状況を好転させる役には直接は立たないだろう。
ただ、いざ状況が動こうとする時。
決断するための材料にはなるだろう。
バスは広島方面へ走ってはいる。
「犯行声明するわ」
いきなり彼女が言ったのでアタシは思わず訊いた。
「え? なんで? せっかく警察に言ってないのに、自分からバラすの?」
「ふ。アンタ、可笑しな子ね。まるでわたしの味方みたいな言い方」
アタシはそんなつもりはなくただ素直な疑問として言っただけなんだけど。
「ツイッターに上げる。アタシが声明する相手はたった一人だけ。そいつに向けて死刑宣告してやるのよ」
彼女は運転席の横まで行き、金属バットを左手に持ち代えて運転手の頭上に構えた。
そして右手でスマホを操り始める。送信したようだ。
「ほら、これがわたしの目的よ。読んでみて」
彼女は近くの女の子に自分のスマホを持たせてわたしに見せに来させた。わたしが、ありがとう、と女の子に言って画面を覗くと、ツイートの全文が一覧できた。
・・・鬼畜のクソ野郎へ。妹を穢して殺した罪をこれから償わせる。警察に再度出頭しろ「判断能力がありました」と。30分に一人ずつ園児を殺す。お前が妹にやったように金属バットで。リミットは幼稚園バスが広島に着くまで。以上。 #拡散希望
「悪いね。そういうことよ。アナタの妹が最初、ってことでいいのよね?」
そう言いながら彼女はヘルメットを外した。
若く美しい黒髪が、ぶわっ、と溢れ出た。
「ええ、分かったわ」
アタシはごく簡単に答えた。
『鬼畜のクソ野郎』のリミットは広島に着くまで。
アタシのリミットは30分後。
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