探偵はコネクションを活かす

 とりあえずA社の様子を見に行くことにした。

 破産手続に入っているので抜け駆けして資産を持ち出すなんてことはできないはずだけど。アタシと王子様とでA社本社までベスパのサイドカーで走った。


 桜花おうかは幼稚園に行ってる時間帯なのでいないけど、それはまああまり見ていて気分のいいものではなかった。見せずに済んで良かったかもしれない。


 まずは王子様がそこに居た人間たちに質疑応答をする。


「えーと。あなたたちは何やってるのかしら」

「見りゃわかるだろ。仕事だよ」

「でも、破産手続き中で資産に手をつけたりしちゃいけないはずだけど?」

「手なんてつけてねえよ。きちんと分けてあるよ」


 コンサルタント業なのでもともと社員は10人しかいないA社だったけど、事務所ビルを構えてて、そのビルに今は「俺たちはC社だ」と名乗る人間がやっぱり10人ほどいて同じ業態の仕事をしている。

 そして。


「ほら見ろ」


 とC社員と名乗る一人がフロアを指差すと、コピー機やシュレッダーやハスラー(郵便料金計器)やPC群が2つのシマに分かれてて、床に白テープが貼られている。


「こっちがA社。こっちがC社のやつだ。明確に分けてあって、俺たちはA社の資産には一切触ってねえ」

「このビルと土地は」

「所有者はA社の元社長の奥さんだ。その奥さんが個人所有してたのをA社が賃借してた。今はC社が奥さん個人から賃借してる。賃貸借契約書がこれだ」


 辻褄は無理やり合ってるけど怪しさ満載。

 アタシは更に訊いてみた。


「どこの仕事を受注してるんですか?」

「B県だ」


 なんじゃそりゃ。


「つ、つまり、全く同じ場所で全く同じ顧客から全く同じ仕事を、全く同じ事務機器を使って全く同じ人数で別の会社が仕事してる、ってことですか?」

「おい。じゃあA社がポシャったからってB県が進めてた事業ができなくなったら県民が困るだろう」

「ま、まあ隣県のB県民がですね」

「納税者に説明がつかんだろう」

「その納税者のアタシたちが売掛債権の200万円、取りっぱぐれてんですけど」

「事業にリスクは伴うだろがよ」


 腹立つなあ、なんか。


 アタシと王子様はCを出て道路挟んだ向かいのカフェチェーンでヤケコーヒーをあおった。


「10億円なんてアタシの父親が一生かかっても稼げない金額だなあ」

「きっとB県そのものが破綻しそうなのよ」

「県なのに?」

「あらそんなもんよ。市町村レベルだとまだカワイイ予算規模で済むけど県レベルになったら一旦施策に失敗すると穴埋めはほぼ不可能だわ。それでもしトップの知事自身がA社をまるでB県の財布かキャッシュカードぐらいの感覚で使ってたら10億ぐらいやっちゃうでしょ」

「そうなのかな」

「最悪なのは『総合的に判断して県民の利益のためだ』なんて大物ぶって大きな舵取りをしてるって勘違いしてる場合ね」

「自分が泥をいじったんだ、みたいな?」

「そうよ。いい? 企業経営の本当の鉄則はね、『小さな案件1つ1つの採算を収支プラスで完結させること』これよ。どんなに辛くても苦しくてもどんぶり勘定に流れちゃいけない。別のでっかい案件で儲けるから細いのは損してもいいやなんて絶対に考えちゃダメ。だから田代はこの1件の売掛回収にこだわってる。それがまっとうなものだったら王子探偵社がリスク見込みに失敗しただけの話だけど、犯罪行為まではリスクに含んでないわ。無法国家じゃあるまいし」

「そ、そうだよね。ほんとはコンビニやスーパーが『万引きのリスク』を織り込んで経営しなきゃいけないのなんておかしいもんね」

「そうよ。ましてやわたしたちはそういう隠れてコソコソする小悪党のせいで割りを食うことを『まあしょうがないか』って見過ごすわけにはいかないのよ。だってわたしたちは」

「探偵だもの」


 王子様とアタシとで、笑いあったよ。

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