探偵は仕事に没頭する

 アタシの出した結論。


「本社だろうが洋館 ブランチ支店の案件だろうが、一件一件全力を尽くす」


「社長、すまんが緋糸ひいと、借りてくぞ」

「しょうがないわね。その案件終わったら帰してね、田代」


 早速本社案件のお声が掛かった。

 内容は浮気調査。


「緋糸。恋愛したことは?」

「ないです。田代さんは?」

「一度だけな」


 田代さんとアタシは会社の先輩・後輩っていう設定でターゲットを張り込んだ。まあそのまんまだけど。


 ターゲットは依頼人の奥さん。

 ほぼクロ。

 既婚女性が男性と一緒にイタリアン・レストランに食事に来るというのが恋愛ではなく一般的な社交と仮に捉えることができたとしたら、どこまでが社交?


「田代さんの許容範囲は?」

「メシ食って帰るだけならOKかな」

「えー。アタシはやだなー」

「だって俺と緋糸だってこうしてメシ食ってるじゃないか」

「これは仕事ですもん。あ、出るみたいですよ」


 まだ友達と言い張ったらかろうじてセーフかもしれない男女がそれっぽいホテルに向かって歩いていく。


「あれ? あんな所に」


 この街に住んで長いけど、神社の裏道の真横がこういうホテルだとは知らなかった。


「まあ罰当たりだな。それとも氏子としては優良なのかもな」

「氏子の優良不良ってどう決めるの」

「とりあえず寄進の額だろ」


 そうこう言っている内に2人はホテルの中に入って行く。


「撮れ」


 アタシはさりげなくスマホで二人を撮った。二枚取って、画像を確認したらきちんと顔が判別できるので、今度は出てくるのを待つのみだ。


「ああ・・・どうして結婚してるのに一人じゃダメなんですかね」

「よく寂しくさせた相手にも責任があるとかいうのをドラマや小説なんかで見るが、俺なら絶対そんなことしないぞ」

「昔の相手に対しても」

「もちろん」


 なんか、分かる。田代さんならそうだよね。

 待っている間ひたすら暇なだけなので更に質問した。


「王子様は恋愛とかどうなのかな」


 乙女チックにセリフを吐いたつもりだったけど、田代さんから一蹴された。


「王子は女に冷たいぞ」


 用事が終わった男女が出てきた。

 あ。アタシ、なんて言ってる。

 職業病だな。


「緋糸ク〜ン」

「ただいま、王子様」


 本社の仕事が終わって洋館ブランチに帰ったアタシを王子様はやたらと労ってくれた。


「コーヒーと紅茶とどっちがいい? ザッハ・トルテもあるわよ? それともアイスクリーム食べようか? あ、肩揉もうか? 」

「王子様、そんなのいいから仕事の話しようよ」

「仕事が終わってまた仕事の話か・・・田代も緋糸クンも仕事のどこがそこまで面白いのかしら」

「あ! 王子様がそれ言っちゃダメでしょ」

「いや・・・わたしは基本、残業や不要な業務は極力効率化したい派だから。だって、わたしには最終的には仕事の成果を社員のみんなと社会に還元していく義務があるからね」


 ぽかーん。


「な、なあんだ。王子様、志は高いんだね」

「もちろん。そうじゃなきゃ経営者みたいに儲からない職業につかないわよ」

「やっぱり儲からないの?」

「業績が悪くなったら真っ先に削るのは役員報酬。つまり社長の給料だわね。社員の給料を当たり前のように下げる経営者はそもそも事業を起こしちゃダメなのよ」

「そ、そっか・・・ねえ王子様」

「はい、お嬢様」

「・・・アタシ、給料に見合う仕事してるかな?」

「ええ。十分に」

「どうして欲しい?」

「え?」

「孤独なんでしょ、社長って」

「・・・まあ、そうよね」

「王子様の役に立ちたい」

「・・・ありがとう。ならね。今の通りにしてて」

「今の通り?」

「今の通り、正義感があって、仕事に誠実で、気が利いて、妹思いで・・・」

「それは、褒めすぎ」

「そんなことないわ。それから、今と同じ、カワイくしててね」

「か、かわいくなんか」

「嘘。かわいいって自分でも思ってるでしょう?」

「まあ、仕事でコスプレしたりお化粧したりしたから」

「自惚れが凄い発想を生み出すのよ。自惚れ必要」

「はい」

「じゃあ。これからもよろしくね」

「はい。こちらこそ」


 握手した王子様の手は、男子よりも女子よりもきめ細かくて柔らかかったよ。

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