探偵はプロ意識を育む

 アタシは久し振りに祖母のカフェ友達だったラン美さんを訪問した。


 場所は、グループホーム。


「こんにちは、ラン美さん」

「あらあらあら。緋糸ひいとちゃん、よく来てくれたわねー」

「お元気でしたか? これ、ホームの皆さんでどうぞー」

「あらー、悪いわねー。そこの『よしや』で?」

「はい。近くにスーパーがあって便利ですよねー」


 アタシはラン美さんに愛想を振って、元気ですね・元気ですね、を連発した。ご機嫌麗しいことを確認してから切り出した。


「あの・・・祖母をちょっと・・・」

「え? またかい?」

「いえいえ。前回は2年前でしたから、そこまでしょっちゅうっていう訳じゃ・・・」

「まあいいわよ。で? 今回は何を訊きたいの?」

「えーと。『仕事の心構え』です」

「また難しいのを持ち込んで来たわねー。あ、スタッフさーん、この子にお茶淹れてねー」


 グループホームは一応談話室的なところがあってそこで食事とか入居者同士の社交とかをやって、それ以外のプライベートな時間は自分の部屋で過ごすという介護施設。ラン美さんは実際の所はこういう所に入居するほど介護が必要というわけじゃなかったけど、ご家族が早めに、ってグループホームを探してた。

 ラン美さんはおじいちゃんももう亡くなってしまって孤独だ、って言ってる。だからアタシがやってきたのはまあ迷惑という訳じゃないと思うんだ。


 それが証拠にラン美さんは手際よくの準備をした。


 それはアタシの死んだ祖母を呼び出す儀式。

 ラン美さんはイタコだったんだ。


「え、お出でませ! さ、出ておいで! あらよっ、出やがれよ、と!」


 祭壇と言ってもラン美さんの亡くなったご主人の遺影が飾られているだけだ。そのご主人の遺影をどけてアタシのばあちゃんを呼び出す準備をする辺り、やっぱりプロだ。


「緋糸・・・元気だったかい?」

「お、おばあちゃん?」

「ああ・・・何か相談ごとかい?」

「う、うん。あのね・・・仕事についてなんだけどね」

「ふんふん。緋糸、上司の悩みかい」


 うーん。いつやって貰っても緊張するな。それに毎回本当に本物かを確認したくて一応ダミーの質問とか入れてるけど、今日もやろう。


「ね、ねえ、おばあちゃん。今朝のアタシの体重って分かる?」

「ああ、分かるよ。○○kgだろう?」

「わっ、当たってる。じゃあ、身長は?」

「○○○cmだろう?」

「うん。見てたの?」

「ああ。アタシ自身の瞼に自然と映るんだよ」


 アタシ、と自称するのが祖母だ。

 アタシもそのアタシというのがうつって、アタシと自称している。

 ああ、何言ってんだ、アタシ。


「あのね、おばあちゃん。職場でキャリアプランの選択を迫られててね」

「ああ。探偵社だったね」

「すごい。全部お見通しだ。でね、よりレベルの高い仕事に特化するか、人情派で行くか」

「なんだいその探偵で人情派っていうのは」

「あ、いやその。社長が人情派?」

「緋糸。それはちょっと違うようだよ」

「え?」

「二人とも基本人情派だけど、社長は仕事には厳しい人だよ」

「あー。確かに田代さんもクールだけど実は優しい、って感じがするし・・・え! 社長とかそういう具体的な所まで分かるんだ! おばあちゃん、すごいね」

「なになに。死人の特権さね。あら。そろそろ時間だよ」

「え。もう?」

「じゃあね。またね、緋糸」

「おばあちゃん、バイバイ」


 ラン美さんが入れ替わりでアタシに話しかける。


「30分、500円ね」


 グループホームは未だに慣れないなあ・・・まあラン美さんがお金にシビアだっていうのもあるけどね。

 イタコがどういう仕組みなのかはアタシはわかんないけど、まあ今日の話は結局役に立たないな。

 おばあちゃんが元気なのが分かっただけでいいか。


 どうしようかな。

 最初はニート抜けのバイト感覚で始めた仕事だしね。

 一旦、辞めちゃおうかな、って王子様はアタシも事業計画の数値面に織り込んでるって言ってたしな。

 アタシの責任てなんだろ。

 指示された仕事をやること?

 確かにまだ部下とかいないからそれでいいのかもしんないけど、もしアタシが成人したら?

 会社の中堅になったら?

 それどころか今すぐの時点でもうアタシも桜花おうかだって零細企業の王子探偵社の中では貴重な戦力。

 じゃあ、社会的意義は?


 うーん。


 もはや終身雇用は崩れてるしさ。


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