探偵は棚からぼた餅を食べる
女子柔道部は市では圧倒的な強さで優勝したけど、その先の県大会では薄氷を踏む思いで、だけど一勝ずつ丁寧に丁寧に守り切って勝ち上がって行った。そしてなんとか決勝までたどり着いた。
「緋糸先輩! ・・・じゃなかった、監督!」
「どっちでもいいよ」
「なんか、不審者が来てるんですけど」
まさか・・・
「ヘイヘイヘイ! みんな、こう、こう、こうよ! ロンドンブーツで足払いすると勢いがついて面白いぐらいに決まるのよ! だからみんなもケガしたフリで足首にグルグルにテーピングしてそれで相手の足を思い切り蹴飛ばすのよ!」
「王子様っ! やめて!」
「あら。
「ダメに決まってるでしょ!? 反則取られたら王子様のせいだから!」
「そんなに怒んないでよー」
「お姉ちゃーん!」
「あ。桜花! スタンドからみんなにアドバイスしてあげてね」
「贔屓だわ」
「ごめんなさい。桜花の方が王子様の100倍センスあるから」
くだらないやりとりで緊張するのを忘れてた。
まあ団体メンバーもなんとなくリラックスできたみたい。
「じゃあみんな。よくここまで来てくれたわ。ほんとにみんなはアタシの誇りよ」
「監督のおかげです」
「ううん。みんなの努力、プラス、運」
「え? 運?」
「そう。だってみんなは柔道に集中できたでしょ? 普通は人生の中でそんな状況って無いから」
「はい・・・」
「 んで、つまりはみんなは運を持ってるってこと。ええとね・・・『神は人の敬によって威を増し、人は神の徳によって運を添う』。威力増し増しの神社でおみくじひいたら大吉だったからみんな安心して」
「はい!」
実はその大吉って三年前のお正月のだけどね。
「先鋒、前へ」
「ミミ子、行っけー!」
先鋒のミミ子は運動能力は素晴らしいし、出し惜しみしないスタイルが強みだけど、それを更に最大限に引き出す方法があるのよねー。
「ミミ子! 勝ったらアイス!」
「えっ!? やった! 部長わたし頑張ります!」
うーん。中学生。
ミミ子は初っ端からガンガン攻めて判定勝ち。順当順当。
ところがね。
次鋒は接戦の末判定負け。
中堅は実力伯仲して引き分け。
副将も優勢だったものの決め手を欠いて引き分け。
同点のままエインの大将戦にもつれ込んだんだ。
「監督」
「エイン。アタシから言うことは何もないよ。エインはキャプテンとして技術面でもマネジメントの面でも本当によくやってくれた。ありがとうしかないよ」
「監督・・・緋糸先輩の背中を1年生の時からずっと追っかけて来ました」
「ありがとう」
「卒業保留となってくださったお陰で最後の年を一緒に選手として戦えるかと・・・それは無理でしたけどこうして一緒に決勝まで来られて幸せです」
「うん。エインのやりたいようにやっておいで。エインはね」
「はい」
「自分のやりたいことが結果的に相手を幸せにする、そういう子だから」
「はいっ!」
「始め!」
「さあ、来い!」
「行くぞおおっ!」
東欧系ハーフのエインは決して骨格が図太い訳じゃなくて痩せてて上背があるタイプ。バランスを崩されやすいけどその分スピードとなにより『決断力』がずば抜けている。
「せやせやせやせやあっ!」
「ヘイヘイヘイ!」
相手の子もすごい。顔つきが精悍、ていうかほんとに集中してる。
でもエインはもっと凄かった。
「シュッ!」
「てっ!」
相手の技をことごとく返す体制に瞬時に持ち込む。最初はガンガン攻めて来てた敵も1分を過ぎた辺りから徐々に慎重さを増して来た。
ただ心配なのは返しに重点を置いてるエインの試合運びが消極的と取られないかだ。
でも、エインはしたたかだった。
審判が教育的指導のジェスチャーをしようとして、相手の子もそれを視認し、やや脱力したしたその瞬間、
「ええええええいっ!」
「うわあっ!」
エインは高い背を一気に沈み込ませて畳に両膝をつき、そのまま相手を背負った。
そして乗っかった瞬間、強引に骨盤を、グイ、と渾身の力で持ち上げて、相手を、くるん、と回転させた。
「技ありぃっ!」
うおおおおっ! とアタシたちの陣営からどよめきが起こった。
アタシも思わず立ち上がっちゃったよ。
そしてエインはそこからが更にすごかった。
「せっ!」
「ぐわ!」
「ヘイ!」
「わわっ!」
ポイントを取られて相手が捨て身の攻撃に転じるだろうと読んでそれを上回る気迫で猛攻撃を始めた。
審判の心証もぐっと上がる。
「もう大丈夫だね」
「うん、でも、締めてけよっ! エイン!」
掛け声をかけたのは副将の近藤。
豚汁をけなされた後、家庭科部の副部長・澤野さんに謝罪し、その後はきっちりと柔道に集中してレギュラーの座を守った。
あと10秒。アタシたちが優勝を意識した時。
「ああっ」
相手の足がもつれ、予測できない態勢で倒れ込んできた。
相手の大将の子は重量級。
その体幹の一番重い腰の部分からエインの上に崩れ落ちてきた。
「うーっ!」
普段苦悶の仕草など決してしないエインが右足首を押さえて蹲っている。
見る見るエインの顔が白くなっていくのが分かった。
「待て!」
ストップ・ウォッチが残り10秒で止まる。
エインの息遣いが尋常じゃない。
「エイン? 立てる?」
アタシが訊いても返事しない。どうやら声が出せないぐらいの激痛のようだ。
「キミ、やれるか?」
審判が問いかけるとエインは顔から大量の汗をこぼしながら顎だけでコクコクと頷こうとする。
「これは・・・」
アタシは正直言って迷っている。
もし片足だけででも立てて、10秒間だけ相手の攻撃から逃げられれば優勝だ。
ただ、もし逃げきれずに組まれたり技をかけられたりしたら、手負いの状態で怪我を更に重篤なものにする危険が高い。
確率だけの判断で言えば、アタシなら棄権させる。
でも、部員一同、それこそ家庭科部の子たちの応援ももらって勝ち上がって来た経緯がある。それをこの時点で終わらせていいのか。
ドクターはエインの応急処置をしているが続行可能な程度の怪我なのかどうかということは、本人が痛みを隠し通すならばレントゲン等を撮影しない限り誰にも判断できないだろう。
アタシが考え込んでいると、後ろで声がした。
「監督、棄権しましょう」
近藤だった。
「いいの?」
「はい。今、部員みんなで話し合いました。重要なのはエインの将来です。エインは高校でも全国へ行けるだけの選手になるでしょう」
「みんな・・・」
「組織として総合的にベストの判断をする。そういう『マネジメント』を監督から学びました」
アタシは大きく頷いた。
「棄権します」
審判に伝えると、相手の棄権勝ちがコールされ、相手校の全中行きが決まった。
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