探偵も歩けば棒に当たる

「じゃあ練習初回はカツ丼と豚汁を作りまーす」

「か、監督! なんでそんなことを!」

「そうですよ! 1秒でも多く練習しないと!」

「ははは。腹が減っては戦はできぬ。それに家庭科部の皆さんがご教授くださるからみんな頑張って作ってね」


 アタシが女子柔道部監督に就任して最初にやったのは料理だった。

 それも紅白戦っていう形で。


「はいはいはい。紅組はカツ丼、白組は豚汁。早く作んないと家に帰れなくなるよー」


 家庭科部は内気な女子3人が全部員。

 なんとなく柔道部員に圧倒された感じになる。


「家庭科部! どうやりゃいいんだよ」

「あ。まずは材料をいちょう切りにしてね・・・」

「はー、めんどくせー。代わりにお前が作ってくれよ」

「ねえアナタ」


 家庭科部の子に威張ってる部員にアタシが声をかけるとびくっ、とした。


「な、なんですか、監督」

「家庭科部は今日は師匠でしょう。教えを請うにはきちんと礼を尽くさないと」

「は。監督。こいつら全員自分のクラスでいじめられてんですよ」

「そうなの?」

「だから行き場がなくて家庭科部に集まってる。有名なキモ系トリオなんですよ」

「エイン!」

「はい!」


 アタシは家庭科部に文句を言ってるその部員を無視してエインを呼ばわったんだ。


「エイン、アナタはどういう指導をしてるの?」

「は、はい! ウチの柔道部の部訓、『自分に厳しく、相手にはあたたかく』を常に心に持って指導してます!」

「なら、もっとそうしてね」

「は、はい!」

「じゃあ、続けて」


 アタシは家庭科部を責めた部員を直接は叱らなかった。エインのことも、改めて確認するだけで叱ったりはしなかった。ううん、叱れない、って言う方が正確かな。

 アタシはずっと昔にあるお医者さんが書いた仕事に関する本を読んだことがあって、そこにはこんなことが書かれてた。


『私は看護師さんたちがミスした時に責める気にはなれない。「先生はどうして私たちが失敗しても怒らないんですか?」「怒った方がアナタたちは仕事をするかな」「いいえ。きっと萎縮しちゃうと思います。それよりも怒られるって思ったところを話し合いで済まされると次からはもっと気をつけようって思うでしょうね」』


 これをアタシはいじめやパワハラをなくすひとつの有効な方法と感じている。因みにその本は父親が勧めてくれた本だったんだ。


 アタシは調理作業を見ながら部員ひとりひとりの性格や人間関係まで観察していった。


 これも探偵稼業のお陰かな。


「んでーきた!」


 カツ丼はフルバージョンという訳にはいかないから肉は一切れずつの小盛りで、その代わり豚汁はお代わりできるぐらい大量に作った。


「いただきまーす!」


 紅組も白組も互いの力作を褒め称え合う。


「おー、見た目はイマイチだけど美味しいよー」

「うん。カツ丼も初めてにしてはよくできてる」

「いやいや。アンタはそもそもキッチンに立ったことがないだろ?」


 ワハハハ、と場が盛り上がってきた頃合いでアタシは切り出した。


「では、ここで家庭科部のみなさんから講評をいただきます」

「講評?」

「なにそれ」

「お願いします」


 柔道部員たちから文句の素ぶりは見えたけど無視して、アタシは家庭科部の部長に始めてもらった。


「あ、あのっ。まずカツ丼ですけど・・・」

「声小っちゃいよ!」

「あー、イライラする!」

「あのあの・・・えっと。カツ丼は出汁が薄すぎます」


 一瞬ざわめきが消えた。


「わ、わたしはきちんと出汁の分量をお教えしました。それを守っていただければ失敗しなかったと思います」

「失敗だって!?」

「そ、それから豚汁は副部長が講評します」


 副部長が豚汁の講評を始める。


「えっとー、豚汁はー、はっきり言って不味いです」

「なんだとこいつ」

「ま、不味いものは不味いです!」


 家庭科室が、しん、となった。


「具材の大きさをきちんと一口大に揃えて切るよう実演してお教えしました。でも、みなさんはそれを全部無視してバラバラな大きさで適当に切っています。これでは食べる人がたまったもんじゃありません」


 副部長が毅然と言い放った後、鋭い声が上がった。


「クソ子のくせに!」

「近藤!」


 アタシが声を上げる前にエインが、クソ子と家庭科部の子を呼ばわった部員を叱責した。


「近藤。アンタは次の市の予選会、出なくていい」

「な、なんだと!?」

「アンタが今のままだったら団体戦でみんな萎縮してしまう。みんなが技をスムースに出せなくなる」

「だ、だってよ、クソ子がよ」

「彼女の名前は『澤野さん』よ」

「さ、澤野がよ、ウチらの豚汁不味いってよ」

「事実を言われて逆上する選手が試合で勝てるはずないよね」

「・・・っ!」


 近藤は無言で家庭科室を出て行った。


「澤野さん、ごめんなさい」

「い、いえその・・・」

「それから田中さん」


 エインは家庭科部部長の田中さんにも声を掛けた。


「家庭科部は見事ね。本気で料理に打ち込んでるわ。わたしたちも勉強になった」

「あ、ありがとう・・・」


 うーん。

 エイン、すごいな。

 いい部長だよ。


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