探偵は人殺しを許さない

 港じゃ、なかった。


 日本の海岸線がきわめて長く、上陸地点を捕捉し切れないことを見越してのやり口なんだろう。沖に見える文字通りの小舟から更に迎えの小さなボートに乗り移り、落っこちそうなぐらいの人間が波を上下しながら砂浜に向かって来る。


 因みに、拉致られる時にアタシのスマホは電源を切られた。


「どうせGPSで追尾してたんでしょ。さあ。アナタがわたしたちと一緒なのが分かってもどこに居るかは分るかしらね」

「警察は突き止めるかも」

「無理ね。100回以上密航のオペやってるけどわたしはこうしてシャバに居るわ」


 ボートが砂浜に着いた。


「死亡は15人。15/30で生存率は50%だから良しとしようや」

「そう。思ったより少なかったわね。ご苦労さん」

「ちょ、それ、なに!?」

「あら。魚の養殖業者だって生簀で育てる稚魚を輸入するときはある程度の死亡率はリスクとして想定してるわよ。人間だって同じことでしょ?」

「・・・人殺し・・・」

「おいコラ、小娘」


 エルザがドスの利いた声出した。さっき見せられた銃よりもなぜかアタシは恐怖を感じた。


「お前、自分の身内が餓死したこととかあるのか? 妹が自分の見てる前で病院にもかかれずに目を見開いて死ぬのを見たことがあるのかよ!?」

「う・・・な、ないよ」

「甘っちょろいこと言ってんじゃないよこの平和ボケが。そういやアンタの妹、かわいいよね」

「アタシのこと気づいてたんだ」

「はっ! つくづく目出度いやつら。この取引が終わってアンタを海に沈めたらアンタの妹も同じ目に遭わせてあげるわ」

「嘘だね。殺すんならもっと早くにアタシを殺してるはずだよ」

「バカか。重い死体を運ぶより自分で歩かせて現地で殺した方がラクだろ? 合理的なんだよ、わたしらは」

「アタシの妹を殺すのは合理的じゃないでしょ」

「合理的さ。わたしの妹だけ死んでお前の妹は生きてる。そんな理不尽な世の中おかしいだろ?」


 生きてる人間だけがボートから降りて上陸してくる。

 沖の小舟の死体はどうなるのかな。


「分かったわ。エルザ。アナタは真性の人殺しね」

「バカ。国にそのまま居たって死んじまう15人を生かしてやったんだよ。命の恩人さ」

「人殺し」

「この・・・! じゃあ人殺しらしく今殺すよ」


 エルメスのバッグからサイレンサー付きの銃を取り出す動作に入った瞬間、アタシは右足を大きく蹴り上げる。


「はっ! 空振りだよ!」


 つま先はバッグを掠めて通過し、その後から遅れて振れるヒールにバッグの持ち手を引っ掛けた。


「あっ!」


 エルザが声を上げた時にはもうバッグはアタシの手元に落ちて来て、中から銃を取り出した。


「嬢ちゃんに使えるのかい?」

「さあ。でも、撃つの見たことあるし、なんとかなるでしょ」

「お前・・・小娘のクセに落ち着き払いやがって。なんなんだよ・・・」

「自分だけが重たい人生生きてるって思わないで。ムカつくから」


 アタシが抜け目なく敵たちに照準をローテーションさせてると、砂浜の防風林の向こうから、グバッ、って音がした。


「ヘリ!?」

「ふふっ! 加納さん、来てくれたんだ!」

「な、なんでここが・・・」

「エルザ。これだよ」


 アタシは自分の首に下げたアクセサリーを指でくいっ、と摘んで見せた。


「何? それってガラス工房の作家が作ったガラス玉のネックレスだろ? わたしも買ったことあるから知ってんだよ」

「残念。これは響さんがレストランで転がした集音マイク。車の中でエルザがベラベラしゃべってた情報を拾ってここを特定できたんだね」

「マイクだと? 転がしたって? でもちゃんと革の紐がついてるじゃないか」

「ほら。見て」


 アタシは自分のハイヒールを指差した。飾りのリボンが片方外れている。


「リボンを結びつけてあった革紐をほどいて瞬間接着剤でくっつけた」

「・・・なんで接着剤なんて持ち歩いてんだよ」

「だって、探偵だもの」


 ヘリに乗って来たのは警察以外は響さんだけだった。


緋糸ひいとちゃん、さすがだ」

「響さんこそありがとうございます。お陰で助かりました」

「あいつらがね。俺たちが来なきゃ蹴倒して自力で生還しただろ?」

「うふふ。みんなは?」

「警察が部外者のためにヘリ飛ばすわけないじゃない」

「それもそうですね」

「緋糸ちゃーん」

「加納さん、ありがとうございます」

「いやいやこっちこそありがとうだよ。この密航グループ、警察も随分前からマークしてたけど尻尾を捕まえられなくてねー。これで一歩また日本が平和に近づいた、うん」


 平和、か。

 全員平和って無理なのかな・・・


 ところで依頼の報酬は・・・


「おいこら社長」

「田代、社長に向かって『おいこら』はないでしょう」

「やかましい。もう少しで損害賠償請求されるところだったんだぞ」

「だから謝ってるじゃない」

「でもでっかい企業グループなのに、渋いよな。婚約者候補が犯罪者だったことが分かって長男もスキャンダルに巻き込まれたから調査依頼契約の条項違反だなんてな」

「姫もそう思うでしょ?」

「まあ、大企業なんてそんなもんだろ。一応これまでの実費分だけは払ってくれたんだから。地味に稼ぐさ」


 響さんってやっぱり男前だな・・・ってお姫様にそんな言い方したら怒られるかな。

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