探偵は人質にもなり得る

 暴力を振るえるのにやらないということがこれほどフラストレーションが溜まるとは思わなかった。


『エルザはsatisfactionサティスファクションsatisfactioサティスファクショと語尾を省略した。ベトナムの人はこういう英語訛りがある。大勢の人間をベトナムから密航移民させるベトナム国籍のブローカーが彼女だ。ぎゅうぎゅう詰めにした船で日本に漂着した時には全員脱水症状で死亡していたケースもある。しかも今夜取引がある!』


 まるでベタな探偵ドラマのように推理の解説的なセリフを響さんがメールしてきた時にはアタシはVIP用の部屋から続く通路で外に連れ出されてた。

 そして車に乗せられている。


 相手はエルザを入れて4人。


 ほんとはぶちのめせbeat itを使えば簡単に逃れることはできると思うけど、それじゃあ解決にならない。


 解決?


 そもそもエルザの調査がアタシたちへのオーナーからの依頼であって、アタシをこうして拉致している時点で婚約者になり得るはずはないからもう目的としては完全に果たされているし、果たしてどこまでがアタシたちの報酬の範囲なのかっていうことはわからない。


 けどさ。


 探偵としちゃこっちの展開の方が面白いよ!


「ほんとにカワイイ子ねアナタ」

「どうも」

「全然怖がらないのね? それと、アナタ何か格闘技やってるでしょ。それが自信の裏付けかもしれないけど、こういうの見たことあるかしら?」


 あれ?

 銃?

 ああ。

 ハヤテを撃とうとして、でも結局ハヤテに殺された探偵のカイザーが持ってたのはこんなサイレンサー付きの銃だったっけ。

 もう少し大きい奴だったかな?


「驚いた。銃を見ても平気なんてアナタ、どんな修羅場潜ってきたの?」

「特にどうということはありません。ただ、クラスメートが1人、いじめで自殺しただけです」

「ふうん。人の死に触れてる、っていうわけね。じゃあ、30人がいっぺんに死んでる死体とか見たことは? ある?」

「いえ、ないです」

「当然よね。アナタのボスの推理通りわたしはベトナム人よ。見事だわね。それでね、同じベトナム人をちっこいボートで日本に密航させてね、売るのよ」

「え。売る?」

「日本側のブローカーに。日本企業の、工場や製品開発の現場で重宝する労働力なのよ。賃金を安くできるからね。渡航費用は密航者たちの負担。斡旋料も含めてね。わたしがやってるのは平たく言えば人身売買よ」

「楽しいですか」

「えっ」

「その仕事、楽しいですか」

「・・・ふふ。まあ、楽しくはないわね。だからコングロマリットの御曹司と懇意になったのも、そろそろ足を洗いたいっていうのが半分、洗えなかったとしたら人身売買の相手になりそうがグループ企業がいっぱいあったから、ってことかしらね。現実、コングロマリットの中には不法入国者を分かってて雇用してる企業もあるし」

「アタシを人質にして、それでどうするつもりですか? 多分アタシのツレはもう警察に通報してますよ?」

「時間稼ぎにはなるし、お金を受け取らなきゃいけないから。それにね」


 あ。アタシ、この人、怖い。


「警察って、案外弱いのよ」


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