探偵はコンペティターを愛す

 大型案件が飛び込んできた。


 さる財閥系コングロマリットのオーナーの長男が交際していた相手と婚約する予定となり、その相手の女性の身辺調査が依頼内容。


 報酬の最低基準価格は破格。

 そして入札制。


 でもね、入札とは言いながら低い報酬金額を提示できる探偵社が落札できる訳じゃなくって、その婚約者候補の女性の『弱み』を握るような調査報告を書けるかが選考基準。つまり絶対に長男が尻の下に敷かれるような事態を避けるための情報収集ができる探偵社に依頼するってわけ。


 陰険!


 でもまあそれだけ企業経営に与える女性の力を恐れ、評価してるって点ではコングロマリットのオーナー一族は優秀な経営者たちなんだろうね。


 数多ある同業の中で王子探偵社は順調に選考に残り、最終2社となった。


 残ったのは王子探偵社と響探偵事務所。


 最後まで甲乙つかず、依頼人はこんなことを言い出した。


「2社同時に正式依頼します。そしてより精緻で我々に有利な情報を収集できた探偵社1社のみに報酬の全額をお支払いします」


 つまり、勝者総取り!

 中二病過ぎ!


 辞退するって手もあったけど王子様はなぜかこれに乗ったんだ。


「社長、絶対勝てよ!」

「田代、そんなにがならないでよー」

「響が社長の彼女だからって手抜きしやがったら今期の役員報酬ゼロにするからな!」

「彼女じゃないわよぉー」


 ところがこのターゲットである婚約者候補が普通の女性じゃなかった。


 まず、本名からして分からない。

 え? って感じだけど姓名の確定も依頼内容に含まれてた。


「ターゲットは長男の前では『アサミ』で通してるわ。でもデートで使ったターゲット行きつけのレストランでボーイから『エルザ』って呼ばれたことがあったみたいね」

「なにそれ」

「わー。ニックネームがあるんだねー」

桜花おうかクン。それは源氏名という・・・」

「王子様! 桜花に変なこと教えないで!」

「まあ、かなりしたたかな相手みたいね」


 とにもかくにも調査をスタートした。

 田代さんはこんなバクチみたいな案件本社で扱えるか、と至極当然の経営判断を下したので、暇を持て余している・・・と本社からはバッサリ切られてる王子探偵社・洋館ブランチ《支店》が受け持ったんだ。


「では、桜花クン。まずはアナタがの幼稚園児であることを活かした尾行よ。ターゲットが通ってるジムから出てきたら遊びながら尾行して」

「うん、分かった」

「王子様。アタシたちの追尾方法は?」

「いつもの通りよ。桜花クンのスマホをGPSで追うのよ」

「了解」


 ターゲットが会員になっているらしいトレーニング・ジムは街の中心部立地で駐車場が併設されていないところがポイント。仮に近くのコインパーキングなんかを利用して徒歩で桜花がその後は追えなくなったとしても、行動パターンの一部を把握できる結果となり収穫ありな訳。


 アタシと王子様はベスパのサイドカーを肉眼では見えないぐらい離れた場所に路駐して、そこからジムの前をオペラグラスで覗く。


「なんか、探偵ぽい」

「だって探偵だもの」


 ターゲットがエントランスから外に出て来た。

 桜花はビルの手前5mほどのところで佇んでいたのでごく自然な形で尾行に入った。


 桜花って本当にお利口さん!


 それに合わせて王子様はベスパのエンジンをスタートさせる。

 等間隔の距離を維持するようにゆっくりと街を流し始めた。


「意外と歩くね?」

緋糸ひいとクン、もしかしたらターゲットはとんでもない大物かも」


 短い距離の徒歩での移動だとばかり思ってたけどターゲットは大通りをかなりの距離直線的に歩いた。桜花はぶちのめせbeat itのトレーニングしてるからこれくらい歩いた所でどうってことないけど、普通の幼稚園年中さんだったらへたり込んでしまうぐらいの距離だ。


「王子様」

「ちょっと危ない感じね。もう少し様子を見ていい加減桜花クンを回収しましょう」


 ベスパそのものの走行距離が2km近くなっている。

 桜花はアスファルトの隙間から生えたタンポポの綿毛を飛ばしたり、自動ドアのガラスに映る自分の姿を見てにっこり笑ったりと正真正銘の幼稚園年中さんとして自然な尾行をしている。これを尾行と気づくとしたらターゲットはほぼ素人ではないと断定できるだろう。まあ桜花のあまりのカワイさにチラ見したりということはあり得るだろうが。


 アタシがオペラグラスから一瞬目を外した時、王子様が叫んだ。


「あ! ダメよ!」


 王子様はベスパを急加速させる。アタシは王子様の背中でオペラグラスをもう一度構え直して桜花の様子を確認する。


「あっ!」


 ターゲットは180°反転して桜花が歩いて来ていた方向に向き直って立っていて、桜花は元来た道を全力で走って逃げている。


「王子様! もっと! スピード上げて!」

「アクセル振り切ってるわよ!」


 でも王子様はもう一段の加速を積み重ねてくれた。


 ヴィィィィィン! と差を詰めていく王子様。そのまま大通りをUターンして桜花をサイドカーにピックアップする。


「桜花! 大丈夫!?」

「う、うん。大丈夫・・・」

「何されたの!?」

「あ、あのね、『今すぐ消えないと幼稚園の友達にオマエをいじめさせるぞ』って」

「な!?」

「うーーーむ。陰険ねえ」

「なんて卑怯なの・・・」

「まあわたしたちの動きもすべてお見通し。面も割れちゃったわねー」

「どうしよう、王子様」

「陰険には誠実を」

「?」

「共闘作戦といくわよ」

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